五章 鏡の間 <Ⅲ>水晶の大樹

 鏡の間に飛び込むなり、あたしの体が宙に浮いた。


「はぁおっわきゃあーい!!!」


 自分のものとは思えない叫びが、喉から飛び出したが、墜落したのは1メートル足らずの高さだった。つんのめって転んだところが水たまりだ。くじけてもいいだろうか。


 ニーソックスの膝がめっちゃ痛い。でも血が出なかったら泣かない、という自分ルールにこだわって立つ。

 スカートの濡れた裾を払った指先が、コツンと角張ったものにあたった。


 ――うわ。これはなんだ?


 誰にも抜けない伝説の剣。――みたいな青白く透き通った結晶が、灰色の岩床がんしょうから鋭く突き立っている。おそるおそる触れてみると、ざらりと乾いた石の感触。氷かと思った。


 似たような剣があちこちから生えている。同じ色は一つとしてなく、濃い紫から水色に至るまでの数え切れない青のグラデーション。

 これはもしかしたら「水晶」というものだろうか。


 水晶の剣の林の向こうに、薄暮に抱かれたような洞窟が広がっていた。


 これが鏡の間なのか。想像していたのとは全然違った。

 天井はプラネタリウムのように高くて丸くて、床は中央に向かってすり鉢のように低くなる。全体が大きなおおきな卵の内側のようだ。


 洞窟の中央には、だいだい色の光を放つ幹の太い巨木が堂々と根を張り、洞窟の天井を支えるように梢を広げ伸ばしていた。

 温かそうな光は、その太い幹が枝分かれする手前のあたりから発してした。

 ――飾り窓の灯りはこの光だったのか。


 よく見ると、その大樹は生きた木ではなかった。

 さっきのような水晶が、無数に寄り添って大樹の幹を形作っているのだった。


 天井の高い暗がりから、水晶の氷柱つららが滝のように降りてくる。その真下からは、水晶の剣が山のようにそそり立つ。氷柱が剣の切先と出逢えば、天地を繋ぐ大樹となる。

 地上に届かない氷柱と、天に届かない剣は、天と地のそれぞれに森を形作っている。ふたつの森は鏡に映したようにそっくりだ。あたしは中央の柱に「水晶の大樹」、天地の森にはそれぞれ「天の鏡の森」「地の鏡の森」と名付けた。


 ファンタジーの本の見返しには、必ず冒険の地図があるものだ。

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