四章 一生に一度ひとつだけ

四章 一生に一度ひとつだけ <Ⅰ>オイデヨ

 咲いたばかりの山茶花さざんかのように真っ白な子猫だった。


「待って!」


 ピンと立てた白いシッポが垣根の穴をくぐっていく。

 輝くような毛並みがくるくるとなめらかな渦を巻いている。固めに泡立てた生クリームみたい。あたしのテンションが跳ねあがる。


「ニャーコったら! 一人にしないでよ!」


 振り返った鼻先がピンク!

 琥珀色の瞳を見開いて、片方の前足がすこしだけ浮いている。

 あたしに興味もあるけど、ちょびっと恐いんだよね。逃げようか近付こうか、躊躇ためらってる表情が何ともいえずに可愛い。


「恐くないよー」


 そっとしゃがんでてのひらを差し出したら、ぴょこんと後退あとずさってやぶの奧に消えた。


「待って、待って」


 追いかけて薮を潜ると、猫はひいらぎの茂みの前にいた。首をななめに伸ばして、未だ堅い蕾の匂いを嗅いでいる。

 近づいたらまた逃げた。でも遠くには行かない。あたしが立ち止まると子猫も止まる。琥珀玉こはくだまの瞳と目が合った。――オイデヨ、って言ってる!


 ネコジャラシが一斉に風に揺れて、子猫が走り出した。


「待ってよう」


 ネコジャラシの草原に白いシッポが見え隠れする。

 一度見失って、周章あわてて探すと、ヒマラヤ杉の下に白い影が見えた。

 ヤブコウジの実を揺らして、玄関ポーチに向かっていく。追いかける。

 細く開いた扉の隙間に、シッポの先が滑り込んだ。


 ――あれ? この扉って開いてたっけ?

 ちらっと浮かんだ違和感を、気にとめる暇もなく、あたしは中に飛び込んだ。

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