三章 お化け屋敷 <Ⅱ>秘密の通路

 お化け屋敷は、松林の陰に隠れていた。


 広々とした敷地は色の褪せた竹囲いと、内側のイチイの生垣で二重にシールドされていた。威嚇いかくするように枝を伸ばしたイチイには、カナムグラが鉄条網のように大量に巻きついている。


 生垣の中には庭木が密林のように茂り、奧を見通すことなどできない。ひときわ背の高いヒマラヤ杉の天辺が辛うじて蜜柑みかんの木の梢越しに見て取れただけだった。


 イチイの生垣に埋もれるようにして、墓石みたいな門柱があった。

 真鍮しんちゅうの門扉にからませた鎖と錠前じょうまえは赤く錆びつき、爪で触る先からボロボロと欠片が取れた。一昨日おとといこれを誰かが開けたとはとても思えない。母の推理は否定された。


 門柱の隙間から覗くと、ライオンのたてがみのような月桂樹げっけいじゅが視界をふさいでいた。


「ねえ、お化け屋敷ってどこ?」


 あたしの質問に背を向けて、深雪みゆきは無言で松林に入っていく。その足元からムクドリの群れが一斉に飛び立った。


「おにい。どこに行くの?」


 周章あわてて追いかけていくと、ふいに立ち止まった深雪が、おもむろに親指で示したのは、お化け屋敷の敷地と松林とを隔てている竹囲いだった。


「わあ。トンネル!」


 あたしがうっかり大声を出すと、深雪が恐い顔で口元に人差し指を立てた。


「ごめん」


 そこには竹囲いに大きな破れ目ができていた。内側のイチイもまばらで、人がすり抜けられるほどの隙間がある。足元に露出した地面には雑草もなく、カナムグラも絡んでいない。まるでトンネルのようだった。


 深雪が息をひそめてささやいた。


「これが秘密の通路だ。絶対誰にも言うなよ」


「ひみつのつうろ?」


 背中がぞくっとした。


「そうだ。限られた人間以外に知られてはならないんだ」


「深雪はなんで知ってるの」


「それは聞いてはならない」


 深雪がにらむので、真面目にうなずく。


「親にも青深はるみちゃんにも言うなよ。あと作文にも書くな。誓え」


「うん。誓う」


「よし」


 簡単。


「じゃ、行くぞ」


「え、入るの?」


「なんで」


「だって」


「入らなきゃ、見えねえじゃん」


「あ、そうか」


「油断するな。俺たちが入るところを、誰かに見られてはならないのだ」


「わかった」


 深雪が右を見張り、あたしが左を見張った。誰も来ない。松の高い枝でカラスが鳴いた。


「今だ」


 深雪が慣れた仕草で、すっとかがんだ。だから、うっかりあたしも、すっと後から潜ってしまったんだ。――秘密の通路を。

 コオロギが切れ切れに鳴いている。お化け屋敷が近くなった。

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