二章 没くした記憶 <Ⅲ>日曜日


 次の日は空の青い日曜日だった。

 あたしはピンクのパーカーに白いジャンスカを着た。大きな胸ポケットがお気に入りだ。髪はツインテール。靴下は紺のニーソックス。

 あたしは学校では基本地味系、家では派手系と決めている。


 朝食が済むと母は慌ただしく出掛けていった。自治会の打ち合わせだって。

 入れ違いに明け方まで星を観ていた父が起きてきた。父は背が高くて、ちょっと太め。のっそりした大きな背中がクマさんみたいなんだ。ふっくらMサイズの母でも、父と並ぶと華奢きゃしゃに見える。


 父は洗濯機を回しながら望遠鏡の手入れを始める。昨夜はなんとか流星群のピークだったそうだ。父の趣味は天文学だ。ブラックマターとかジャイアント・インパクトとか、面白い話をいろいろ教えてくれる。本職は大学の職員をしている。


「お父さん、眠そう」


「3時間くらい寝たんだけどな」


 小さい目をしょぼつかせて父が笑う。


「昨日のコロッケカレーは旨かったな」


「まだ残ってるよ」


「昼飯はまたカレーか」


「二日目のカレーは最高だよね」


「至福だな」


 うちは全員カレーが好物なので、カレーが毎食続いても歓迎される。


「昨日も空き地で徹夜したの? ベランダから観ればいいのに」


「やってみたんだけどな。やっぱり街灯が邪魔なんだよ」


 父の観測ポイントは近所の広い駐車場だ。休日の前の晩になると、いつも愛用の望遠鏡を担いでいって天体観測するんだ。すぐ近くに公園のトイレがあるから便利なんだって。母は観測に付き合わないが、寝る前に熱いコーヒーのポットとおやつを差し入れに行く。


「お父さん。星観てるとき、ストレッチしたりする?」


「ストレッチ? どうだろう。無意識にしてるかな。なんで?」


「ううん。なんでもない」


 するとそれまで黙っていた深雪みゆきがおもむろに立ち上がった。

 こいつはいつも学校に着ていく黄色のラガーシャツと黒の半パンだ。せっかくのオフなのに面白味のない男だ。


「お父さん。俺、公園に行ってくるね」


「おう。行ってらっしゃい」


 玄関のドアがバタンと閉じるまで耳を澄まして待つ。――よし。行った。

 すかさず、あたしもさり気なく立ち上がる。


「そうだ! そうそう! あたしもちょっと出掛けてきます!」


「はいよ。行ってらっしゃい」


 父がなんでか笑う。なんでよ。


 エレベータの表示が下がっていくのを横目で確かめて、非常階段を駆け降りる。

 エントランスの外で追いついた。


「お兄! お化け屋敷に行くんでしょ?」


 深雪の背中は、わかりやすく動揺した。


「行くわけねえし! お前、なんでつけてくるんだよ!」


 振り向いた顔が真っ赤だ。


「だって。公園はそっちじゃないよ」


「うっせえな。ちょっと遠回りすんだよ」


「お化け屋敷、時雨も一緒に行く!」


「ふざけんな! 帰れよ、かき氷!」


 かき氷というのは、深雪が頻繁に使用するが、しぐれ味のかき氷という、イマドキあまりに古臭いというか、洒落として駄作である。


「あっそ。じゃ、帰る!」


「え、マジで?」


 深雪が拍子抜けしたような顔をする。ふ、油断したな。


「このまま1号棟の集会室に行って、お母さんに言いつける!」


「うわああ、待て!」


 兄は母が恐いから実に扱いやすい。ふふん。


 深雪は、歯を食いしばったまま口角を上げた。新たな変顔か。


「一緒に行こうか、時雨くん」


「ほんとに?」 にやり。


「そのかわり、絶対言うなよ! 黙ってろよ!」


「やったー! お兄ちゃん、大好きー!」


「へーい!」 「へーい!」 ハイタッチ。


 お母さんの言うことはよく分かる。だから。ちょっと見に行くだけ!

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