2-11 埋められてゆく外堀

 アシュレイへ


 久しぶりね。昨日手紙が届いたよ。

 アルヴァとシスクだと二日くらいで届くよね? え、何が言いたいのかって?

 ねえアシュレイ。あなた酷いと思うの。私だってリリーナのこと知る権利があるんだよ。

 私が事情を知ってリリーナに会いに行ってから、もう三日。事件が起きてから二週間近くたってるよね? 

 一応手紙をよこしたのは、リリーナが送ってないことを見越してだとは思う。それに関しては、一応感謝しているの。

 でもね、本来ならリリーナが襲われた次の日に手紙をくれてもいいと思わない?

 親友の一大事を後から聞かされて、私、怒ってる。

 はあ……これ以上このことについて書いても仕方ないよね。終わったことだもんね。

 エーヴェルトさんに教えてもらえてよかった。

 そういえばエーヴェルトさんから、相手がリリーナを狙う理由は、を助けたからだって、聞いたわ。

 どうやらリリーナの父親のことは絡んでないみたいね。でもアシュレイのことだから、一応そっちの路線でも調べてるんでしょう?

 私ねどうしてもしっくりこないの。そもそもなんでを誘拐しようとしたのかしら。

 それに、ただ彼女に城から離れてほしかったっていう風にも見えるよね。うーん分からないな。でもね、彼女がどこに行きつく予定だったのか、確かめてみるのもありかなって思うの。

 犯人はどこに行こうと気にしなかった、きっとそう思われてるんだろうけど、実は二度目の誘拐犯の後をつけていたかもしれないよ。

 って、これはエーヴェルトの受け売りね。

 たぶんエーヴェルトは犯人の目星と動機が分かってるんだと思う。

 でもアシュレイのために待ってあげてるんじゃないのかな? もちろん、エーヴェルトが何かを解決するために動くなんてかなり稀なことだから、よほどのことがないとしないとは思うけど。

 どうせアシュレイのことだから、エーヴェルトから情報を買うことはしないんだろうし、ヒントくらいはあげてもいいかなって。

 アシュレイがそれを調べる仕事に就いていることもエーヴェルトから聞いたから書いてみたの。

 ほんとは、エーヴェルトの話を聞いて私も一つの推測を立てたんだけど、それをここに書いてアシュレイの考えを乱すのはよくないかなと思うからやめとくね。

 あと、アシュレイに伝えてって頼まれたことがあるの。

「月に見惚れて薔薇のとげを見逃すなだって」

 月っていうのはリリーナのこと。

 まあアシュレイならわかるよね。魔道学校時代の呼び名だもんね。それともアシュレイには分からないかな? 

 最初はリリーナのこと大嫌いだったもんね。私はそんなアシュレイを面倒な奴っておもってたの。

 まあある意味、今でも面倒な奴に変わりはないかな。


 そうそう。それで、話は変わるんだけど、ねえアシュレイ?

 どうしてまだリリーナに好きだって言ってないの? 付き合う気はないの?

 レーナさんだってしびれを切らしてるよ。この年になったら、女の子はそろそろ結婚を考えたいお年頃なの。

 もちろんリリーナはちょっと特殊だと思うし、あの面倒くさがり屋が結婚に憧れているかっていうと、そうでもないような気もしちゃうけど。

 でもね、リリーナは美人なの、アシュレイは分かってるんでしょ?

 きっと男の人なんて選び放題よ。それなのにどうしてそんなに悠長なの? どうして告白できないの?

 アシュレイってほんとヘタレよね。意気地なし。

 こんなに長い付き合いなのに、どうして好きだって言えないの? 好きだって言えないにしても、もっと態度に出して、デートに誘うとかしないの?

 一昨日リリーナに会った時に聞いたわ。

 アシュレイと宿以外の場所で会うことなんてほとんどないって。図書館であったのが珍しいくらいだって言ってた。

 きっとリリーナに面倒だって言って断られるのを怖がってるんでしょう?

 そんな意気地なしなこと言ってないで、ちゃんとリリーナを外に連れ出してあげて。あの子、確かに面倒くさがりやだけど、アシュレイのためには、意外と面倒なこともできるんだよ。

 だってほら、毎日あのイヤリングつけてるじゃない。

 毎日何かするっていうのは、リリーナにとってとってもすごいことだよ?

 特別に想われてるって証でしょ?

 なのにどうしてアシュレイはそんなに自信がないのかなあ。さっさと告白しちゃえばすっきりするのに。

 めんどくさいから嫌だ。とか、本気でそんなこと言われると思ってるの?

 そんなことぜったい言わないと思うよ。

 これ以上リリーナを待たせるんだったら、私、あの子に男の子を紹介する。たぶん面倒だって切り捨てられるけど、出会いは絶対に必要だとおもうから。

 だからね、アシュレイ。早く行動して?

 私、そろそろ待ってあげたくなくなってきてるの。


 追伸。薔薇ってなんだろうね?


 リリーナの親友、アシュレイの悪友、ユリアより。






 小さなためいきとともに、黒髪の青年アシュレイは、手紙を丁寧に折りたたんだ。

 魔道騎士団のトロワ以上の階級は、城に個室が用意されており、彼は自分の部屋のベッドの上で寝そべりながらユリアからの手紙を読んでいた。

 天井の方にかざして読んでいた手紙を持ったまま、腕をぱたんと横に倒す。

 その衝撃でベッドが揺れて、アシュレイの身体がわずかにはねた。

「薔薇か……」

 最近薔薇をどこかで見かけた記憶は在るのだが、それを思い出せずにベッドの上で寝返りを打つ。

 きっちりと着こまれた制服が、アシュレイの動きに合わせて少しずつ乱れていく。

「告白」

 さきほどより大きなため息をついて、アシュレイはその言葉を口にした。

 そして勢いよくベッドから起き上がり、鏡の前に立つ。そして、自身の制服を整えて、ぐるりと一周して確認する。

「できれば苦労しねえ」

 四つ折りにした手紙を、封筒にいれることなくそのままベッドに投げると、髪をくしゃりとかいた。

 ふとアシュレイの頭にさらりと流れる銀色の髪がよぎった。

 夜明け前を思わせる深い色の瞳が、じっとアシュレイの心を見つめている。

 そばにいるときに自然と香る香りは、けっして香水のような人工のものではない。面倒くさいからかもしれないがそういう飾らない素朴さも愛おしかった。

 本人を前にしなければ、アシュレイは何度彼女に愛を告げただろう。心の中で鮮明に描けてしまう彼女の虚像に向かって。

 しかしいざリリーナが目の前にいるとなると、彼女の反応が怖くなる。手放したくなくて、いろいろと彼女の周りの虫を叩き落としているわりに、自分が彼女を捕まえにいくに至らない。

 ユリアの言う通り、リリーナを待たせすぎだというのは自分でも自覚している。

 しかしそれと同時に思うのだ。リリーナは本当に自分を待っているのだろうか。自分に対して、自分がリリーナに感じている愛情と同じものを感じているのだろうか。

 彼女の愛は、友愛ではないのか。それがアシュレイは違うとわかったら、リリーナは離れて行ってしまうのではないのか。

 終わりのない思考に囚われていたら、部屋の外から物音がした。

「アシュレイ」

 部屋をノックする音と同時に、聞きなれた声が聞こえてきて、アシュレイははっとして扉の方に向かった。

 一度大きく息をはいてから、扉を開けて尋ねてきた人を招き入れる。

「ハイル殿。どうされたのですか?」

 私室にハイルが訪れてくるのは珍しい。基本的に私室にいるときには勤務時間外なので、会うとすれば私的な用だ。しかしハイルがアシュレイと仕事外で出かけるときは、きっちりと、事前に約束をとりつけておく。

 こんなふうにふらりと現れることはないのだ。

「報告書は読んだ。リリーナ・ファルクの件はもう少し人員をさいて調べようと思う」

 アシュレイの私室に入るなりそう言った上官に、思わずいぶかしげな視線を向けてしまった。

 ハイルは良くも悪くも生真面目な人間で、仕事とプライベートはきっちりと分ける。その彼が、わざわざプライベートな場で仕事の話を持ち出すのは、どういう意図があるのか。

「仕事とも言えるし、君にとっては私的な用とも言える仕事を持ってきた」

「……はい?」

「実は、先日、あのリリーナ・ファルク襲撃事件よりも前に、ユーフェミア殿下が彼女にお礼をしたいと言っていた。それで、最初は、深い意図はなく鉄道旅行を提案したんだ」

「鉄道旅行ですか?」

 話の先が読めずに、首をかしげて問うと、ハイルは無言で座るように促した。どうやら話が長くなるらしい。

 とりあえずハイルには椅子をすすめ、自分はベッドの端に腰掛けた。

「アルヴァの町から、上のほう、つまりミスティア十二区域までを特別列車にて鉄道旅をし、王城のあるアトラス区まで来たところで、一日目は十二区を観光し、そこで宿泊。二日目は十二区から離れて、小さな森に囲まれたシルベリア邸に滞在してもらって、そこで王女と夕餉を共にする。そして帰りは行きとは違うルートで特別列車にのって帰ってもらうという計画だ」

 ミスティア十二区とは、いわゆる王都最上部と言われる場所で、王城を抱くアトラス区を中心に、王都でも一番栄えている十二の町をまとめてミスティア十二区と呼ぶ。

「もちろん王家が出資者だということはふせるが、旅行経費はすべてこちらが持つ。特別列車は、民間のものを使うが、一応、それに乗車できるのは身分の確かなものだけだ」

「……いわゆる貴族たちが使う豪華客車ですね?」

 ようやくハイルが仕事とも私的にもなると言った意味を理解できはじめていた。

「ああ。本来なら、それに深い意味はなかったんだが……」

「今、リリーナを狙う者が貴族であるならば、この旅行は彼女を囮にして犯人を引きずり出すチャンスだということですね?」

「そういうことだ。だからこそ我々としては、彼女にこの提案を受け入れてもらいたい。しかし彼女の気性を知る限り、面倒だの一言でばっさり切られる可能性がある。だが、アシュレイ。彼女と面識のある君なら、囮の件をふせて説得することが可能なんじゃないかとおもった。もちろん、彼女の友人の旅行経費もこちらがもつ。そして、アシュレイは二人に同行して、彼女たちの護衛を任されてくれればいい」

 ハイルの言葉はたしかに正しい。

 リリーナなら、旅行計画など面倒の一言で片づけるだろう。ただ、アプローチの方向性によっては上手くいく可能性もある。

 一つ、完全に公私混同した策を思いつき、アシュレイは顔を上げた。

「何か思いついたか?」

「……旅行の同伴相手は私がつとめます。護衛兼、旅行相手ということで。そして、彼女には、ユーフェミア王女がどうしても会いたがっているという話にしましょう。ハイル殿はそれを無下にできないと彼女に告げてください」

「……もしかして、君たちは付き合っているのか? アシュレイにしては女性を気にかけていると思ったが」

「いいえ。完全なる片思いです。公私混同と言っていただいても構いません。ですが……幼馴染として、彼女の思考を一番理解しているうちの一人だという自負はあります」

 ハイルは意外そうな顔をして、そうしてうなずいた。

「君の女性に対する冷やかさは、嫌悪感よりも、特定の相手が存在するからだったんだな」

「嫌悪感も否定はしませんが」

「そうか……。では君の案を採用しよう。殿下には話してもいいのか?」

「……かまいません。きっととても喜ばれるでしょうね」

 澄んだ青色の瞳をきらきらと輝かせて、詳細を訪ねてくるであろう王女の顔を思い浮かべて、アシュレイはためいきをつく。

 しかしいざというときにこの二人は味方につけておいたほうが便利だ。

「だろうな。殿下はそういう話を好まれるから」

「では、旅行計画の詳細をうかがってもいいですか。リリーナに話をつける前にレーナさん、彼女の母親に話を通す必要もあるので」

「……外堀ばかり埋めても、肝心の中身を捕まえないと、どうにもならないぞ」

「それは、わかっているつもりです」

 ユリアのみならずハイルからも同じことを言われ、アシュレイは少なからず落ち込んだのだった。


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