2-1 任務

 王都ミスティアの最上部と言われる、プルシア王城。

 いくつもの建物がある城内の南西部に、王立魔道騎士団の本部は存在する。国民の三十パーセントしか魔力保持者がいないこの国では、王立魔道騎士団は非常に希少で貴重な存在だった。そのため魔道騎士団だけは一つの建物を与えられており、兵士の寮から会議室、武器庫や魔法具庫まで、すべて一つの建物に収まっているという高待遇を受けていた。

 その建物の二階にある、この建物で最も小さな会議室で、二人の男性が真剣な表情で話しこんでいた。

 一人は、黒髪に深い緑色の瞳を持つ青年だ。顔立ちは整っており、切れ長の目が少し冷たい印象を与えるものの、女性からの支持は高い。

 もう一人は、茶色の髪の男で、黒髪の青年よりも十歳くらい年上だろうか。年相応の落ち着きがあるが、身体はきっちりと引き締まっている。

 二人は小さな机を挟んで向かい合って座っており、机には王都の地図と、数枚の書類が乗っていた。

「つまり、今回は単独で調査をせよと?」

「そうなるな。とにかく主犯者に関する情報が欲しい。人物の特定と、証拠として押さえられそうなものを探してほしい」

 一週間前、プルシア王国王城では、第一王女失踪により一部騒然となった。しかしその失踪の知らせは、城のごく一部の人間だけに知らされて、ひそかに調査された。

 というのも、捜索の初期段階で王女をさらった誘拐犯の足取りがつかめたためである。しかしながらその後、その誘拐犯が違う組織に王女を引き渡したため、捜索隊は一度王女の行方を見失う。

 そこで、およそ政治的に影響力のない、王都の端にあるアルヴァの兵たちを動員して、捜索した結果、王女は無事保護された。

 平和なアルヴァの兵たちが、初めての箝口令という上からの圧力に、何故か浮足立ったのは本人たちしか知らない。

 とにかく、この事件の一番の功労者は近衛隊長のハイル・オーケルマンとなっており、王女自身の強い希望もあってか、彼は罰せられることなく終わった。

 本当は、真の功労者が存在しているのだが、彼女自身の強い希望によりこういう形に収まることになった。

「捕縛は仕事ではないということですね」

「ああ。ある意味で諜報員的な役割を担ってもらいたい」

 王女誘拐事件は表面上は何事もなかったかのように処理され、裏でも王女帰還により一応の収拾はついたのだが、主犯者が捕まっていないと言う問題が残っていた。

 そう言う事情があって、事件の存在を知り、かつそれなりの地位と自由に動ける身軽さを併せ持つアシュレイに、この仕事が回ってきたのだった。

「王城からアルヴァまでの間にある町で、貴族が統治権を握っているのは四つ……」

 黒髪の青年アシュレイは、机の上にある地図を指で辿る。

「その四つの可能性が高いと私も思う」

 茶髪の男性ハイルは、アシュレイの考えに肯定するようにうなずいた。

「グランフェルト・ベイロン・イェルム・カーラッカ」

「カーラッカではないことを祈るな。あそこは王立図書館と魔道学校のある町だから、留学生も多い。できれば政治的な揺れは起こしたくない」

「……それは私も同感です」

 アルヴァの東にあるカーラッカは、アシュレイにとっては様々な思入れのある町だ。アシュレイにとっても、そこでもめごとは起きてほしくない。

「一番力が強いのは、カートライト侯爵が統治権を握っているイェルムだが……」

「カートライト侯爵の家にはご令嬢はいなかったはずですね」

 王女誘拐の主犯を考えるにあたって、一つ重要なポイントがある。それは、王女が最初に誘拐されたあと、違う誘拐団に引き渡されたということである。しかもその誘拐団は規模が大きくもなければ、王女が王女だと分かってもいなかった。

 つまり最初に王女誘拐を企てた犯人は、王女がいなくなるということそのものに価値を感じていたということだ。王女を人質として扱う気であったのであれば、わざわざほかの誘拐団に引き渡すのはおかしい。

 プルシア王国の第一王女がいなくなることによる利益で、一番に考えられるのは婚姻だ。

 現在、プルシア王国の西に隣接している国は、ベルン帝国という軍事大国だ。しかしながら魔法具を作る技術はプルシアほどではなく、ベルンの資源をプルシアに輸出し、プルシアで加工された魔法具をベルンに輸入している。

 プルシア王国とベルン帝国は、直接的に戦争をしたことはない。しかし十五年ほど前に起きた戦争で、それぞれが敵対する国の同盟国に位置していたため、両国の国交が途絶えていた時期がある。それが十年前に終戦し、貿易のみが再開した。そして貿易をさらに円滑にするためにも、この時期に婚姻という形で両国の国交の正常化を図るのはごく自然なことであった。

ベルン帝国にはユーフェミア王女より二歳年上の皇子がいる。プルシア王国にはすでに王子が二人いるため、ユーフェミア王女に王位継承権はない。そうなれば、誰でもユーフェミア王女がベルン帝国皇太子の婚約者になるだろうと予測できる。

 そして、もし王女がいなければ、プルシア国内貴族の娘を、という話になるだろう。婚姻という確かな形で国交を保ちたいのは、両国ともに同じなのだ。

「令嬢がいるのは他の三つ……。しかし、必ずしもそれが目的とは限りませんよね」

「その通りだ。だから、そういった他の可能性も視野に入れて、今回の仕事を頼みたい」

「……分かりました。全力を尽くしたいと思います」

 結論を出すためには、どの道調査が必要だ。これ以上考えても、真実には近づけないだろう。

「頼む。必要ならば、こちらから捜査のために必要な書類をそろえることもできる」

「わかりました。最善をつくします」






 王都ミスティアで最も平和だと噂される町、アルヴァでは、別段変わったこともなく平穏な日々が続いていた。

 三週間前、王女が誘拐され、この地で保護されるということがあったのだが、それは表向きには存在しない出来事である。

 そんなのどかなアルヴァの町の中心部にある宿屋では、銀髪の母娘が働いていた。

 宿屋の看板娘とも言えるリリーナは、極度のめんどくさがり屋という悪癖を抱えてはいるものの、仕事に関しては誠実だった。

 もちろん無駄を省くことに全力を注いではいるのだが、それが結果的に仕事の効率をあげているので問題ないのだ。

 宿の一階は食堂としてだけでも利用できるようになっており、お昼時は毎日忙しい。

 いつもはくくることのない長い銀髪を、後ろでゆるく一つにまとめ、リリーナはてきぱきと仕事にいそしんでいた。

「リリーナ」

 レーナが娘を呼び止めたのは午後の三時。ちょうど、お昼時の客がすべてはけて、宿に平穏が訪れたころだった。

「どうしたの?」

「これをティルダの家に持って行ってくれる?」

 そういってレーナが差し出しているのは、細長い堤が三つ入っている袋だ。ティルダに渡すものと言えば酒しかないのだが、この時間にお使いを頼まれるのは珍しい。

「今?」

「ええ。実はティルダに頼まれたの。たぶんあなたに渡したいものがあるんだと思うわ」

 ティルダ・ラルセンはアシュレイの母親なのだが、若いころは天才的な魔法具の作り手だった。しかし結婚を機にすっぱり商業的な製作は止めてしまい、その後は家族や自分に近しい人にのみ気が向いたときに気が向いた量だけ作るにとどめている。

「そういうことね」

 そのティルダがリリーナを呼ぶと言うことは、リリーナに何か作ってくれたのだろう。

「わかった。行ってくる」

 レーナから酒瓶三本が入った袋を受け取り、しっかりと抱え込む。

 そのまま持つとかなり重いので、風の力を借りて重さを減らす。アシュレイいわく、少量の魔力を使い続けるのは相当な技量と集中力が必要らしい。

しかしながらめんどくさがり屋のリリーナにとって、魔法を持続して使うことは面倒を回避する一番の方法であり、大した苦労もなくできる技だった。

「あ、今日はそれであがっていいから」

 宿を出ようとしたリリーナに、レーナが後ろから声をかける。

「おつかいは早めに済ませちゃいなさい」

「なるほどね」

 レーナの意図を正しく理解したリリーナは、手を上げる代わりに一度大きく頷いて、宿を後にしたのだった。


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