第二話 特殊部隊

 ふぅ、と吐息とともに紫煙が風に乗り、霞んで消える。

 ユートは、管理局屋上にいた。

 ここでなら、思考するのにも独り言をつぶやくのにも、そして煙草を吸うことにも適している。おまけに就業時間中に待機を申し渡されたわけでもないのにここに来る人間は、十中八九サボりだ。

 エリートと称されるだけあって、水面下での勢力争いとも切っても切れぬ渦中にいる人間が、わざわざ人に見つかるリスクを冒してまでここに来るわけがない。よしんばきたとして、ユートの姿を認めた時点で去っていくだろう。


 さて、とユートは端末を操作し、メール受信画面を開く。

 内容は簡素な召集の連絡と、パスコード付きの添付資料。

 端末ごとに振り分けられた個人識別番号を入力し、開いた資料には、こう書かれていた。


『管理局特殊部隊タスクフォース 新設小隊の結成および任務内容について』


特殊タスク部隊フォースぅ?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。特殊部隊はその名の通り、通常任務とは違う特別任務を担う部隊。

 各小隊ごとに任務は分かれており、大きな任務を複数小隊で分担して担うこともあるが、どうやら今回は違うらしい。

 任務内容は――要人の護衛。期限は無期限。

 ユートはますます怪訝な顔になる。要人の護衛など、特殊部隊がわざわざ小隊を新設するほどのものだろうか? それこそ、既存の小隊のうち、比較的手の空いてる部隊が担当すればいいものだろう。

 また、護衛期間が無期限、というのも引っかかる。本来護衛任務は期限が決まっているものだが、無期限護衛とはほぼ管理局内での軟禁状態になってしまうのではないか。


 そして何より。


「新設小隊の隊長に、ユート・ヒイラギ二球幻尉を任命する……?」


 本部守護隊の騎士が特殊部隊に抜擢されるのはそう珍しいことではないが、いきなり小隊の隊長におさまるなんてことは前代未聞だ。

 さらに言えば、ユートはつい先月、一球幻尉いっきゅうげんいから二球幻尉にきゅうげんいに昇格したばかりである。

 小隊の隊長を務めるならば、もう一つ上の位、アーデルハイトと同じ三球幻尉さんきゅうげんいが最低ライン。ユートの能力が護衛、守るということについて特化しているとはいえ、あまりにも不自然な人事異動だ。


「……」


 資料にはそれ以上の情報はない。召集の時刻までもうそれほどないのもあって、ユートはいったん考えるのをやめ、召集場所――特殊部隊司令室へ向かうのだった。





「ユート・ヒイラギ二球幻尉、入ります」


 緊張の面持ちでユートは扉に手をかける。やけに扉が重く感じるのは、この先に待ち受けているだろう、辞令に対する緊張と、不安のせいだろうか。


「ヒイラギ二尉、ようこそ特殊部隊タスクフォースへ」


 そう言ったのは、目の前のデスクに座る、見るからに鍛え抜かれた精鋭といった風情の中年の男性。

 エリック・レドモンド三球幻佐さんきゅうげんさ

 特殊部隊司令にして、“剛腕の狂戦士ベルセルク”の異名を持つ、一騎当千の騎士だ。


「早速だが、任務内容についての詳細を説明……」

「ちょっと待っていただけますが、レドモンド三佐さんさ

「……まぁ、お前が言いたいことはよくわかる。特殊部隊の小隊長はどれだけ任務内容に適していようが三尉以上の者が務めるのが通例。三尉の小隊長すら特殊中の特殊だというのに、二尉のお前が抜擢された理由がわからない、といったところか?」

「はい。確かに自分は護衛には適性があると思いますが、小隊長となると」

「それなんだがなぁ」


 エリックはぎし、と椅子の背もたれに体を預ける。その表情はユートと同じ、疑念と不安の顔だ。


「俺としても今回の小隊結成には疑念がある。ヒイラギ二尉の実戦でのデータは見せてもらったが、あくまで隊員として迎えるなら何ら問題はない、ってレベルだ。隊長となると、ほかにも適した奴はごまんといる」

「…………」

「加えて、今回の小隊は四人構成だ」

「……は……? 四人、ですか? それは、自分を含めて?」


 エリックは首肯し、デスク上のキーボードを叩く。フォン、とユートの眼前にホログラムウィンドウが展開された。

 ウィンドウは四つ。おそらく小隊のメンバーだろう、ユートを含めた四人のプロフィールがそれぞれ記載されている。


「まずは隊長、ユート・ヒイラギ二球幻尉。抜擢理由は守護騎士ガルディアンとしての実力を買われてのことと、護衛対象との属性相性も良いと判断されたためだ」

 エリックは、ユートの隣のウィンドウを拡大させた。

「副隊長はセイン・オーウェル。外部からの招聘として、特球幻尉とっきゅうげんいの位階を特別に授与しての小隊入りだ」


 ユートの顔が、ますます疑念に満ちたものになる。


「まぁ疑念は分かるが、とりあえず残り二人の紹介をさせてくれ。一人目はリオナ・サントラム二球幻士にきゅうげんし。二人目はアリア・ノーチェ一球幻士いっきゅうげんし。二人とも管理局一年目の新人だ」

「……お言葉ですがレドモンド三佐、あまりにも人選がおかしくないですか?」

「ああ、おかしい。俺が言うのもなんだがな」


 だが、とエリックは真剣なまなざしでユートを見る。

 ウィンドウが切り替わり、表示されたのは一人の少女のデータ。


「今回の護衛対象はプリム・ルクレーアという7歳の少女だ。そして、魔女ソルシエールの素養を持っている」

魔女ソルシエール……」


 魔女ソルシエール、というのは、ユートのようななんらかのきっかけを持って覚醒したのではなく、生まれつき、もしくは本人が意識していない時期から能力を扱える、まさに生粋の能力者を指す。

 魔女という呼び名から女だけかと思われるかもしれないが、男の場合も呼び方は変わらない。


「サントラム二士にしは魔女だ。そしてすでに知っているとは思うが、オーウェル特尉とくいは学院で教鞭をとっている教師でもある」

「ええ、知っています」


 セイン・オーウェル。彼はユートの同級生だ。

 保持者はその力のコントロールを学ぶべく、専門の教育機関“学院エコール”に通うが、その中でユートとセインはそこそこ親しい友人だった。


「ノーチェ一士いっしは経験こそ浅いものの、狙撃手としての腕前は汎用性も高く、また、彼女自身の経歴から子供の心のケアにはうってつけの人材といえる」


 言われて、ユートはアリア・ノーチェのプロフィールに目を通す。

 覚醒は親からの虐待によって生命が脅かされたことによるもの。現在は“保持者”と思しき子供たちを保護する部門、「保護課」に所属している。


「……ということは、護衛対象は何らかのトラウマを?」

「先日の研究棟の火事は知ってるな?」

「ああ、はい。かなり大きな事件でしたし」


 一週間前、管理局の研究棟一棟が突如爆発炎上、その場に居合わせた人間の多くが死亡したという大事件があった。

 マスコミは管理局の危険性を叫んだが、『魔物』に対する唯一の希望である管理局に対して表だって否を唱える世論は少なく、このまま不幸な事故として処理された、とユートは記憶している。


「護衛対象はその件で双子の姉を亡くして、ショックで心を閉ざし、現在能力が使えない状態にある」

「……それなら、なおさら特殊部隊での護衛ではなく、それこそ、ノーチェ一士の所属する保護課の仕事では?」

「俺も同感だ。護衛にたける能力保持者、教育を専門とする者、魔女、そして保護課の人間。子供を保護護衛するにはそれぞれ適しちゃいるが、わざわざ特殊部隊で新しく小隊を編成するほどのものとは思えない。うちだってそこまで人員不足じゃない」

「なら、この話は」

「だがな、こいつは評議会コンセイユの決定だ」

評議会コンセイユ、の?」


 退魔管理局評議会オルドル・コンセイユ。退魔管理局における最高意思決定機関であり、通常の軍で言うところの元帥クラスの権限を持つ11人の評議員で構成されている。


「うちのヴァルプルギス幻将げんしょうも疑義は申し立てたらしいが芳しくない。ひとまずは護衛対象の保護が最優先と判断した。故に、この人事に関して、お前たちに辞退の二文字は存在しないと思え」

「……わかり、ました。では、ユート・ヒイラギ二球幻尉、謹んで拝命します」

「頼んだ。残りの三人は午後にはこちらに到着予定だ。顔合わせの後、護衛対象を迎えに行く。これは俺も同行するからそのつもりで」

「はい」

「それまでは護衛対象の情報や隊員のプロフィール、任務内容を改めてしっかり頭に叩き込んでおいてくれ。ああ、あと」

「はい?」


 エリックはそれまでの泰然とした態度から、ぐっと声のトーンを落とし、まるで戦場で敵に相対しているかのような緊迫感を纏わせ、口を開いた。


「何かおかしなこと……この際人員や護衛云々については横に置いて、それ以上に何か異常を察知したら、俺に回せ。分かってはいるだろうが、秘匿回線でだ。回線コードについては資料に添付した。何もないことを祈る」


 ともすれば気圧されそうな声に、ユートはまっすぐに向きあい、そしてしっかりと頷いた。


「了解」

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