第三話 任務内容

 特殊部隊タスクフォースには現在、31の小隊が編成されている。

 小隊の所属人数は平均して約十名。隊長、副隊長、そして実動部隊とバックアップメンバーといった構成が主だ。

 特殊部隊、というだけあってバックアップであろうとも精鋭中の精鋭が集まるこの部隊、行き交う好奇の視線を浴びながら、ユートは割り当てられた部屋へと足を踏み入れた。


 小隊には、各隊ごとにブリーフィングルームが一つ、割り当てられる。

 重要機密にかかわる案件も多いための措置だが、なんとも豪勢なことだ、と内心で思いながら、ユートは必要最低限の設備しかないブリーフィングルームを見回した。

 昼食の時刻まではまだ少しある。ユートは手早く備え付けのパソコンを起動させ、個人識別コードを入力。受信画面から、先ほど追加で送信されてきた資料を開いた。


> セイン・オーウェル

> 学院中等部講師 27歳 男性

> 称号:琥珀の神官プレートル・アンブル

> 階級:特球幻尉

> 任務のため外部より招聘。


> リオナ・サントラム

> 管理局戦闘員 25歳 女性

> 称号:白の魔女ソルシエール・ペルル

> 階級:二球幻士

> 任務のため、戦闘部隊より異動。


> アリア・ノーチェ

> 管理局保護課課員 24歳 女性

> 称号:緑の狙撃手ティラール・エメロード

> 階級:一球幻士

> 任務のため、保護課より異動。


「……簡単すぎるだろこれ……あとで自己紹介必須だな……」

 簡潔すぎるプロフィールに、思わずげっそりとした声が漏れる。

 先ほど説明を受けた内容と同じことしか書かれていないってどういうことだ、と内心で愚痴りながらも、そもそも、任務のためって何だ、と任務内容についての資料を開いた。


> 特殊部隊第32小隊 任務内容

> 研究施設爆発事故の現場に居合わせたプリム・ルクレーア(以下保護対象とする)の護衛。

> また、保護対象は学院に登校できない状況下のため、オーウェル特尉による基礎教養の教授を行うこと。

> 保護対象は深いトラウマにより現状、能力を行使できない状況下にあるため、同じ素養を持つサントラム二士、および保護課員であるノーチェ一士による心のケア及び能力回復を計ること。

> ヒイラギ二尉は主任務である護衛、及び隊の統率、報告義務を担う。

> 期限は無期限とする。

> ただし、評議会からの通達によっては任務期限が制限される。

> 評議会より随時通達される内容には従うこと。


「これ、は……」

 おかしい。おかしすぎる。

 護衛対象に、基礎教養の教授、それに、能力回復を計る。

 常軌を逸している、といってもいいかもしれない。


 護衛任務というものは、「護衛対処が何らかの危険にさらされている状況」でなければ意味を持たない。

 たとえば、要人警護ならその要人が安全なところに行くまで不埒な輩や魔物の襲撃から守る、といった具合だ。

 何から狙われているのかもわからない少女を、ただ守れ、というのは護衛任務ですらない。しかも、その間に基礎教養の教授と能力回復、などというのは保護課か学院の仕事であって、わざわざ特殊部隊を編成するほどのことではないことは、先刻言われたとおりだ。

 そもそも、管理局内にいればほぼ安全が保障されているというのに、というところまで考えた瞬間、ユートは頭を抱えた。


 そう、管理局内にいれば安全は保障される。

 魔物の襲撃にはいつでも即座に対応できるだけの精鋭が、ここには集っている。

 反管理局のマスコミや人間は、そう簡単にセキュリティを突破できない。

 ならば、この少女を狙う敵はどこにいるのか。

 答えは単純にして明快だ。いっそ清々しいほどに忌々しいくらいに。


 ――

 管理局内に、彼女の敵となりうる人間がいるのなら、話は全く変わってくる。

 いわばここは少女にとって、いつどこで害されるかわからない危険地帯。人の皮をかぶった魔物の只中に放り出されるようなものか。

 そして、その「敵」から、少女を守らねばならないのだ。

 たった、四人で。


 問題は、残る三人がそれを把握しているのかどうか。

 局内に敵がいるのだとしたら、うかつに口頭説明するわけにもいかないだろう。

 それならば、と、先ほどエリックより受け取った極秘回線に繋がるプロテクトコードをユートは開きかけ……そして一旦パソコンの電源を切った。

 敵が局内にいるのなら、局の備品であるパソコンに細工がされている可能性が否めない。ここブリーフィングルームがこの任務のために使用されることはおそらく数日前には決定していたことだろうから、それくらいの細工ならできないことはない。

 個人端末ならば、一応は局からの支給品ではあるが肌身離さず持ち歩く、いわば私用の通信機器と扱いはそう変わらない。今しがた受けた任務についてあらかじめ細工をしておくなんてことは不可能だ。

 極秘に繋げと言われた回線コードを、わざわざ抜かれるリスクを負ってまでここで確認するよりは、どこかでこっそりと確認するのが一番いい。


 局から設定された個人識別コードだけで起動する備品のパソコンより、カスタムで別の認証コードを設定できる個人端末の方がセキュリティ精度が高いというのも、いろいろと考えものではあるが、おそらくエリックはそこまで考慮したうえで――と信じて、あえて極秘回線の存在を口にしたのだろう。

 局内の敵は、今まさにその極秘回線をつきとめようと、ユートがうかつに情報を漏らさないか虎視眈々と狙っているはずだ。


 ――舐めるな、とユートは思う。

 階級は高くないとはいえ、ユートはだ。

 本部内での昇進争い、権力抗争、そんなものは飽きるほどに見てきた。

 ことくらい、いやというほど理解している。


 ユートは時刻を確認する。まだ昼には少し早い。

 ならば、先ほど一服していた屋上が一番監視の目も少ないだろう。


 それらしく見えるように、煙草とライターを手に、ユートはブリーフィングルームを後にした。

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