episode:遺書

最初の違和感はとても小さなものだった。



「今日、楽しかったね!次はどこに行く?」

「うん。……でも、俺とでいいのか?彼氏とか作らないのか?」

「……波瑠はるがそれいうの。」


そう小雨が降る中、私達はショピングが終わった後帰り道でのこと。


私は隣を歩く萩野はぎの 波瑠はるをチラリと見た。

彼は幼馴染であり、私が恋をしている人だ。

私は、幼馴染の新島 羽音ハオン。黒髪茶目だけと、クォーターだ。


アンジェラおばあちゃんからは、茶目を受け継いだ。その他は余り似ていたなぁって思ってたけど、家族からスタイルやふとした表情が似ているらしい。


昔の写真を見た時、膨よかなバストと、綺麗な微笑みが印象的だった。


「あのさ、友人から何の記念日でもないプレゼントを貰ったら、羽音はどう思う。」

「……えっ?」


私は考えにのめり込んでいたせいか、彼が誰にあげるのか前後の話を聞いてなかった。


でも。


もしかしたら。


そんな事を考え、少しばかり私にくれるのではと期待した。


今は、友人だけど。


今度からは。


「俺、会う前から気になっていたんだ。話は合うし、俺ってさ、オタクだろ?しかも俺の好みの分野ってさ、ちょっとばかり根暗というか、余り大声で喋れないマニアックだし。情けないけどさ……でも、期待したんだ。彼奴ってあんま話さないからネカマかなぁって考えたりもしたさ。」


「………そうなの」


でた。


あいつ。


いつもこれだ。


私の淡い期待は掻き消えた。


粉々に、木っ端微塵だ。


「あいつの知り合いと一緒にオフ会したんだ。最近ネットのオフ会ってさ、物騒だからあいつも欠席するかと思ったけどゲーム仲間の人と来るって言ってたんだ。それで実際に会ったら話盛り上がりまくりでさ。後で他の奴に笑われたけどな。でも、やっぱり女性だったよ。紺色のワンピース着てさ。インドアだから肌もまっ白って感じで。恥ずかしがりでモジモジしてたけど、いざ話すと食いついて着てさ可愛いだよな。……だからこそ、仲良いからこそ、告白出来ないんだ。壊したくないし。」


止めて。


ヤメテヤメテ。


もう、私のHPは1なの。


赤くなってるのよ。


ビコーンビコーン警報がなってるよ。


私の頭の中は、そんな事を必死に考えていた。


走馬灯の様に、彼との思い出が思い出した。


私の幸せは、彼の幸せじゃなかった。


彼が久しぶりに会った時に、ショピング行ったのも、夏の日。


例のオフ会は、数週間後だと聞いたけど、てっきり男同士だと思っていた。


あいつに会う為に、ショピングしただけ。


私の服の事に言動は、何もなかった。


あいつに気に入って欲しいから、流行りの合う服を選んで欲しいからショピングしただけだった。


私の為にではなく。



今日も、私が選んだネックレスも私にくれるのではなく、あいつに。


そして、私のこの後に告白しようとしていたのは、するまでもなく失恋だった。


私は。


私は。


彼の為に頑張ってきたダイエットも、志望校も一緒にしたものや、職場を近くにしたものだって。


全部、私の空回り。


私の人生は何だろう。


何の為に、生きてきたの?


その彼は誰が好き?


その時に思い出したのは。


母の言葉だった。


「本当にそれでいいの?未来の夢を諦めて?」


その時はお嫁さんになるのが夢だと言ったけど。

中学生の時には、実はナースが夢だった。


それを諦めるくらい、彼の存在は重要だった。



「そうねぇ。一度告白してみてから考えてみたら?」


その時、私は馬鹿じゃないのと返したけど。


確かに。


それは、それとなく探りを入れてみるべきなのだろう。


「案外、思う通りにはならないものなのよ?」


そう言って母は、ふふふんとソファでゴロゴロとしながらスマホを見る父の後ろ姿を見ていた。



「…………今度、『蒼月のサザルクォーク』っていう発売される時にオフ会の後に告白しようと思うんだけど。どうかな?」


目の前が、真っ暗になる。


「………そんなのあの人とずっと。会わなければばいいのに。」


そんな事を思わず、ポロリと口に出していた。


その瞬間、


《その願い叶えよう。楽しみに待っておれ。但し、対価が必要。それはお主が一番大切なモノよ。……ックク》


幻聴か?


そう思って彼を再び見ると、スマホを見てるのか真剣な表情だ。


「で、何て言ったんだ?トラックと電車の音で全然聞こえなかったんだけど。」


良かった。


聞こえてなかった。


私はふとあの声を思い出したが、辛い事を考えていたせいで幻聴だと決め込んだ。






それから数時間後、私はまだ白紙の遺書をみながら、ペンを握る。


書き出しはこうだ。


そう、私の幸せは彼の幸せではなかった。


と。


もうこの世界には、彼は居ない。


死んでしまった。


心臓麻痺で。


私がトイレに行って帰って来たら、地面に倒れていた彼を発見した。


急で、尚且つ、予告もなく。


いや、そういえば。


予告はあったのか。


あの幻聴が。


私は、まだ白紙の遺書に書き記す。


これまでの無念な想いと、私の空回りな物語をつづる事にした。


『午後3時をお知らせします。現在、日本各地で、死亡が確認された人数は沢山……』


背後にあるテレビから、彼と同じ様にこの世界から消えた人達の読み上げられている。


一度に世界各地で無差別に亡くなっていると、色んなテレビ局で報じられて、評論家達は、新手のウイルスだとか、はたまた宇宙人の仕業だとか論議する声が聞こえる。


「ねぇ、一番大切なものって彼の事かな。それよりも私は大切なものがあるの。それは、私自身よ。なんでもあげるから、出来るなら、彼ともう一回会わせて。」


そんなこと起きないわよね。


そう自嘲しながらも、私は遺書を書き終えた。


《ふふふ。ならば、そうだなぁ。まだ、間に合うか……ならばいいのか?お主はこの先何が起きても文句も言えぬぞ。今ならまだ間に合う。考えはどうだ?》


突如として頭に響いた声に私は驚きつつ、声をあげた。


「私は…」


そう、なんか悪魔に魂を売る様な感じがして恐れ多いと思いつつも、その恐れと威厳と魅惑的な声に惹かれてしまい、色々な感情で訳がわからなくなりながら、私は応えた。






「ナリア様?どうされました?お具合でも…」


ハッとして横を見ると、可愛いらしい系統の美少年がおかっぱの金髪をサラサラと揺らぎながら首を傾げている。


「いいえ、なんでも無いわ。少し、考えていただけよ、トレース。紅茶をお願いしても良いかしら。」

「はい、承りまりました。」


そういって彼は扉から出て行った。


アレから幾日経ったか。


このかなり体を制限された上に、自動的に回る口に、時々思考さえも可笑しくなる。



この聖宮と呼ばれる籠に入れられて。



私は、あの得体の知れない存在に、魂を売ってから、全て変わった。


目を覚まして見ると、跪く人達。


聖女様と呼ぶ声。


それらに名前を聞かれて、私は元の名前ハオンと告げようとしたら、まるで夢の時の様な勝手に口が喋りだした。


口が喋る内容に私自身さえも引き込まれて、眠気の様な微睡みの心地良さを味わい、感情もとうとう狂い出している。


その時思い出しのは、あの存在に言われた言葉を思い出した。


「愛しのナリア。待たせたな。今夜はゆっくり二人で過ごそう。昨日の夜は、四人で激しいかったからな。昨日も、思ったのだが、相変わらず、ナリアの中は気持ちが良いな。」


そんな事を考えていると、扉からのそりのそりと豪華な衣装を着込んだ人が此方へ向かってきた。


「波瑠。そんな、恥ずかしいわ」



#トレース視点#



彼女自身の目には、その豪華な衣装を着た人は幼馴染だった人に見えていた。


「私の名前で呼んでくれ。ほら」


だが、実際には肥沃に太った脂汗をしたらせる別の男にしか見えなかった。


そう、彼女自身。


色々な呪いなど数多の物の制限がある。


それのせいで彼女も見間違いている。

太っているのに、スリムに感じたり、五感全て、すなわち視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚が狂っている。

時々、というか生活に支障がこない程度に平常になる。

不思議としか言いようがない。


扉の隙間から覗いていたのを離して、私、トレースは思った。


彼女から幼馴染だったであろう男の事も聞いている。


それとは寸分も違いすぎる。


あの聖王は。


昔、好奇心で私は彼女が寝ている時にスキル鑑定を用いて、ステータスを読み取った事がある。


その時、知ったのは恐ろしくもあり、また狂っているっていた。


あり得ないはずの文字化けに、そのユニークスキルと状態にその加護も全て。


下位の者が上位の者を読み取る時に起きると聞くが、彼女は勿論自分より、下位だからあり得ない。


それでも起きたのだから、いわく付きとしか言いようがない。


私自身、この聖王国からさっさと脱出したいのだが、生憎、頼まれ事がまだ完了してないので仕方なく此処にいる。


品のない金ピカ過ぎた置物をどかして窓を開けると、空は曇天どんてんだったが、それでも下の地獄を見るよりマシだった。

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