第16話 ゴローラモ、アルトに見つかる
「あれは彷徨える霊魂を惑わす魔性の女性ですな。
ひっふー」
「あっさり惑わされそうになってたくせに他人事みたいな言い方して」
自室に戻ったフォルテは女官姿に着替えていた。
「テレサ様を思い出さねば危ないところでした。
はっふー」
「ところでさっきから何をしてるの?」
「見て分かりませんか?
いやはやこの重量感ある体を持ち上げるのはきついです。ひっふー」
ベッドの四方を囲む天蓋のへりを掴んで巨体を上下させている。
ピンクのレースが織り重なる華やかな空間に、肉厚なブレス女官長の懸垂姿のカオス。
フォルテは見なかった事にしようと頭を振って、話を変えた。
「それにしてもあの霊魂のハーレムに溺れているようなフェラガモ姫も王様の側室殺しなんてやりそうには見えなかったわ。残るは後一人だけなのよ。
もし最後の貴妃様も無関係だったら、私は詐欺罪で牢屋行きよ。
そして50000リコピンも水の泡だわ」
「フォルテ様、いいかげん50000リコピンの事を頭から切り離して下さい。
明日の貴妃様を占っても何も出てこなければ、逃げるしかありません。
女官姿に変装して、ブレス女官長の私が逃走経路を確保致しますので、逃げるのです」
「わ、分かってるわ……。
でも、50000リコピンがあれば……」
ピアニシモに充分な医療を提供出来るのだ。
ゴローラモは、こんな絶体絶命の状況でも、妹の事を心配するフォルテがいじらしくなった。
「まあ明日の貴妃様で何か掴めるかもしれません。
やるだけの事はやってみましょう。
手始めにあのアルトという名の護衛騎士の正体を調べてみましょう。
庭師に変装してたんでしたよね。胡散臭いですよ」
「うん。悪い人には見えなかったけど、いくら王様の命令とはいえ後宮に入り込むなんておかしいと思うのよね。もしかして、よその国の間者とかじゃないわよね」
「宰相様ともずいぶん気心が知れた風でしたが、あの手の優男を信用してはなりませんよ。
優れた間者やスパイは、人の心に取り入るのがうまいですから」
「わ、分かったわ。
アルトの事はゴローラモに任せるわ。
私は女官フォルテとして、女性陣の噂話を聞き回ってみようと思うの。
王様に対する評価がどうも腑に落ちないのよね」
「王様の肩書きがつけば、凶悪なデブだるま……あ、いえ、少々人相の悪い太めの殿方でもカッコよく見えるものなのかもしれませんね」
「でもどうも貴妃様たちの話にお世辞やおべっかは感じなかったのよね。
やっぱり余程趣味が悪いのかしら」
「では気を引き締めて探索に参りますよ。
ピンチに陥った時は、心の中で強く私の名を呼んで下さい。
どこにいても助けに参ります」
ゴローラモは生前母にしたように、片膝をついて騎士の拝礼をした。
……ただしブレス女官長の短い手足でだった。
◆ ◆
「おいっ!! 誰か王様を見かけなかったか!」
ブレス女官長から抜け出たゴローラモは霊騎士となってすぐに、中庭で怒鳴るクレシェン宰相を見つけた。
「まったくあの方は! 会議が終わったと思ったら姿をくらまして!」
……と言っても護衛の隠密が数人、秘かに警護にはついてるはずだ。
隠密が見失ったなら、すぐにクレシェンの所に緊急事態の報告がくるようになっている。
来ないという事は、おそらくまた庭師か護衛官に変装してうろついているのだ。
{宰相様はずいぶんお怒りのようだが、王様の行方なら私の方が分かりますよ}
ゴローラモは宰相にペコリと頭を下げると、そそくさと厨房に向かった。
そしてそこには案の定、贅肉を持て余した王の姿があった。
女官にお菓子を分けてもらって、ご機嫌な様子で頬張っている。
そのハの字眉毛でだらしなく
ゴローラモは人知れず、だあーっと涙を流した。
{なんとおいたわしい……。若くしてご両親を亡くされ、王の重圧に苦しみ抜かれた挙句、もはや食べる事にしか生き甲斐を見つけられなくなられたのだ。
うっうっ。お気の毒に}
「なるほど。気の毒なデブ王ということか……」
{デブ王だなんて失礼なこと……。
思っても言うものではありませんよ。
仮にもこの国の王様なのですから}
「うむ。そなたは忠義な騎士なのだな」
{もちろんでございます。わたくしが心よりお仕えするのはテレサ様ただ一人ですが、デルモンテ国と王家にはその昔、忠誠を誓った騎士でもあります。
騎士たるもの、この身が果てようと一度誓った事を
「うむ。確かにその身は果てておるな。
見上げた忠義だ」
{そうでございます。
この身はすっかり果てて……ん?}
ゴローラモは誰としゃべってるのかと、背後を振り返った。
そして……。
「なっ!!!」
そこには庭師姿のアルトが立っていた。
「会ったのは二度目だな。占い師の護衛騎士殿」
ゴローラモはパクパクと口を開けたり閉めたりしながらも、あまりの驚きに言葉が出ない。
「ずっと探していたのだ。やっと見つけた」
アルトはにんまりと微笑んだ。
{わ、わ、私が見えるのですか?
そ、そんな、まさか……}
ゴローラモはわたわたと自分の体とアルトを交互に見た。
「よく見えるぞ。
こんなにはっきり見える幽霊も久しぶりだ。
さすが占い師ともなれば連れている霊の質が違うな」
{な! な! なぜ……}
「なぜと言われても体質としか言いようがないな。
子供の頃から見える。
もっとも、そなたのように明るい霊は初めて見たがな」
{わ、私をどうしようと……}
「うむ。どうしようもこうしようも、私と占い師殿にしか見えぬそなたをどうした所で誰も何とも思わぬだろうな」
{そ、そうでございます。こんな私をどうした所で何を言ってるのかと危ぶまれるだけです}
ゴローラモはほっと胸を撫で下ろした。
「だが、占い師殿は生身の人間だからな。
霊を使って王宮を探るなど、反逆罪を疑われても仕方あるまいな」
{ま、まさか……}
ゴローラモは蒼白になる。
しかしその様子を見てアルトは、ははっと笑った。
「いや、すまぬ。宰相の脅し癖がうつったようだ。
心配するな。そんな事をするつもりはない」
{では、いったい……}
「そうだな。占い師殿を守りたいならば、しばし私が見える人間だという事を黙っていてもらおうか。ここで私に会った事も内緒にしてもらおう」
{しゅ、主君に嘘をつくのですか……?}
忠義な男が絶望を浮かべている。
「テレサと呼んでいたか。それが占い師の本名か」
{え……、それは……}
さっきうっかりテレサの名前を出してしまったらしい。
「嘘までつかなくともいい。ただ黙っていてくれ。
黙っていてくれたなら、私もそなたの事を誰にも言わないでおこう」
{ほ、本当ですか?
あの恐ろしい宰相様にも?
お、王様にも?}
「うむ。王様にも黙っていてやろう」
その王様本人だとはまったく気付いていないらしい。
{わ、分かりました。
テ、テレサ様には何も言いません}
フォルテをテレサだと勘違いしているのはちょうど良かったかもしれない、とゴローラモは訂正しないことにした。
「ところで、さきほど王家に忠誠を誓った騎士と申しておったが、そなたは何者だ?
見た所、かなり位の高い騎士の衣装だと推察出来るが……」
{そ、それは……、あ、あなたの方こそ何者ですか?
庭師の恰好をしたり、宰相様と気安く話したり……}
「ふむ……なるほど。
お互い詮索されたくないか……」
{騎士たるもの約束をしたからには必ず守ると誓いますが、主君の素性をぺらぺら話すわけには参りません。拷問にかけられようとも絶対言えません!}
「霊のそなたを拷問にかけようもないがな」
アルトはおかしそうに笑った。
「まあ、そうだな。さっきの話しぶりから王家に陰謀があるようには見えぬな。
そなたの忠義を信じてお互い詮索しない事にしよう」
ゴローラモはほっと息をついた。
素性は分からないが、アルトは感じのいい好青年に見えた。
「そなたの力を使って『青の貴婦人』は占いをしているのか?」
{いえ……。フォ……テ、テレサ様はもともと占いの力をお持ちです。
占いに関しては、私は何も手出ししておりません}
「ふむ。彼女に備わった能力なのだな。
なかなか興味深い女性だ。
私も今度占ってもらいたいものだな」
{アルト様! どうかテレサ様を解放するよう王様と宰相様にお願いして頂けませんか?
テレサ様は病身のいも……娘の治療費を稼ぐために占いをしているだけなのです。
今、全力で占っておられますが、答えが出なくともそれはテレサ様のせいではありません。 三日も家を開けて病身のお嬢様がどれほど不安でおられるかと、ただただ心配しておられます。 だからどうか……}
頭を深く下げる霊騎士に、アルトは考え込んだ。
「そうだな。今回のやり方は私もあまりに理不尽だと思っている。
占い師は約束の三日で必ず帰すと約束しよう。
だがそなたにはここに残ってもらうかもしれんぞ。
そなたの力を借りたい問題がある。
それでも良いか?」
{わ、分かりました。
テレサ様を無事に帰して頂けるなら、わたくしがここに残りましょう}
「そうしてくれると助かる。霊といえども報酬はちゃんと出す。占い師殿に渡すとしよう。
ええとそれで……名はなんと呼べばよい?
霊騎士殿」
「ゴローラモでございます」
嘘のつけない男だった。
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