一章

 例えば彼女が本気でそう願ったのなら、今日、世界は終わりを告げる。


 御門真白みかど ましろという名前の俺のご主人様は、それだけの力を持って生まれてしまった、世界で一番で、世界で一番凄い魔術師だ。

 だから、単なる魔術師見習いに過ぎない半人前の俺が彼女の命令に従うのは至極当然のことであって、いやいやそもそも、不幸な彼女のために尽くすのは人として当たり前。故に片道四十分のコンビニまで足を運んだのはあくまでも俺の意思であり、善意でもあり、義務なのだ――とムリヤリ言い聞かせて、雪が降り積もり始めた山道を黙々と進む。


 ……なんというか、絶望的だった。今日日高校生のパシリ君でも、もう少しまともな扱いを受けているに違いない。何せ「ちょっとコンビニで今週のジャンプ買ってきてくれなーい」である。

 お前はひきこもりか、と。自宅警備員なのか、と。俺はお前の母ちゃんか、と。散々罵った挙げ句、結局コンビニに行ってきた俺は案外、いいヤツなのかもしれない、と少しばかり前向きに考えてみるけれど、口から昇る白い息に、暗澹としてしまう。

 だって外は、本日も氷点下を下回っている。地球温暖化などなんのその、見上げた灰色の空からは、白い結晶がこんこんと舞い落ちてくる。


 世界は今日も平常運転。昨晩から降り続くこの雪が、ひとりの少女の仕業とは知る由もなく、眼下の町並みは今週末に迫ったクリスマスに浮かれた様子で、青色のネオンを煌めかせている。

 もっとも、万が一真白が機嫌を損ねたら、今年のクリスマスは中止になってしまうのだけども、まあ真白本人が楽しみにしているのだから、とりあえずは大丈夫だろう。


 世界最強とはいっても、所詮は十四歳のお子様だ。サンタさんこそさすがに信じちゃいないが「どうせならホワイトクリスマスがいいよね」と昨日辺りから張り切った結果がこの降雪なのだから勘弁して欲しかった。

 空を仰ぐ。この景色にも、この生活にも、真白のワガママにも、随分と慣れてしまったなぁ、と頬を掻いた。真白との出会いは二年前――最初に真白を見たとき、連想したのは氷像だった。まるで温度を感じない、その瞳も。白い肌も。殺す、というその行為に何の感慨も感情も抱かないその心も。彼女は氷か何かで出来ているのではないかと思った。

 それが今ではどうだろう。テレビのCM如きでげらげらと腹を抱えて笑って、頬にクリームをつけながらケーキを頬張って、ジャンプが読みたい、と駄々をこねる。まるで、ただの少女みたいだ。……いや、ただの少女は天候を操れないけども、それでも。

 本当に真白は、世界に仇なす悪い魔術師なのだろうか。確かに、脅威だとは思う。彼女一人のわがままで、人類が滅亡する可能性がある以上、そう感じてしまうのは仕方がないだろう。でも、それでも、のではないだろうか。彼女を制御する方法を模索するべきなのではないだろうか。


「――あれ」

 雪が止んだ。

 俺は坂道を駆け上がる。

 真白が降らせた雪が止んだのだ。まさか買い物に行った俺に気を使って? 否、そんなはずはない。真白はそんなに気の回る人間ではない。

 真白に何かがあったのだ。何があったのかはわからないし、あの真白に何かがあったとも思えないが、でも、そうであるとしか考えられなかった。

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