なにげない正月(3)

第3話

「……ぬい……ぐるみ?」


 そこに現れたのは、ふかふかとしたぬいぐるみの山だった。


 見たことのあるアニメのキャラから、地方のゆるキャラにいそうなまん丸のキャラ、サンショウウオや深海魚を模したような変わったものまで。あらゆる種類のぬいぐるみが積みあがっていた。


 しかも、上下二つに分かれた押し入れいっぱいにだ。


「はは、こいつは面白い正月だ!」


 にやりと笑みを浮かべた委員長が嬉しそうに声を上げた。


 すぐさまベッドから跳ね起き、ぬいぐるみへと駆け寄る。


「かわいい趣味じゃないか。こんな一面を隠し持っていたとはな」


 委員長の言葉に憮然とした表情を見せる北原。そうだろ。こんな趣味を暴かれるなんて。


 暴いた一人でもある僕はなんだか複雑な気持ちに陥ってそっと押入れから離れて二人の様子をうかがう。


「う~ん、いい趣味だよ。私も嫌いじゃない。ほら、ジャングルのドラゴン、ヒューガ殿までいる。こいつを知っているなんてセンスある証拠だよ」


 委員長は一応誉めているようだが、それでも北原は憮然とした表情を変えようとはしない。


 どうしたものか。僕は背後から窺っていて困り果てていた。


 その時、あることに気が付いたんだ。


 押し入れの下に置いてある他のぬいぐるみよりも格段に大きなぬいぐるみが


 ……小刻みに


 ……動いている気がすることに。


 あれ、確かに動いているよね。電池で動くやつかな?


 僕は、そっと押入れに近づいて二人の隙間から割って入り押し入れの中へ上半身を突っ込んでみる。


「何してるのだ?」


 委員長が僕の背後から押し入れを覗きこみながら聞いてきた。


「今、このぬいぐるみが動いたような気がして」


「バカ! それはっ!」


 いきなり、ものすごい力で北原が僕の下半身にしがみついてきた。レスリングでバックを取られたような格好だ。そのまま、押し入れの外へと引きずり出される。


「おいおい、どうした?」


 委員長が驚いた声で問いかける。北原の慌て方は異常だ。


「いや……えーと、これ、あげますから」


 すると、北原は突然ヒュウガ殿のぬいぐるみを委員長へ差し出してくるではないか。全く訳が分からない。


「え? いいのか!」


 そこで、委員長がこれまた予想外に驚く。


 欲しかったの?


 いや、喜ぶタイミングじゃないでしょ。


「どうぞ。だから、もう許してください。お引き取り下さい」


 委員長は逡巡した間を作るが、それでもヒュウガ殿のぬいぐるみを眺めると満足した顔になる。


「仕方ないな。香純、なんでもないような正月こそ、実は何かあるものだ。分かったな」


 そういって、委員長は僕の腑に落ちない気持ちを無視して部屋から出ていく。


 仕方ないので、僕も部屋から出ようかとしたときだった。


 ガタッ、とまた押し入れの中から物音がしたのだ。


 すぐに押し入れに目線を戻す。先ほどまで体育座りのような格好をしていたぬいぐるみが、今はコロッと転がっているではないか。何が起きたのだろう。


 目を丸くして驚いている僕に、北原は首を振って押し入れを閉めた。


 いや、誤魔化そうとしても無駄だ。あのぬいぐるみ、絶対におかしい。


 しかし、北原は押し入れの前に立ちふさがり開けさせようとはしない。


「何してる? 早くしろ」


 委員長が部屋の外から促してきた。


 それでも、僕は気になって動く気にはなれない。


 そこに


「ねえ一輝、晃ちゃん知らない? もう初詣に行くんだけど」


 北原の母親が部屋に入り込んできたのだ。


「ああ、もう行くんだ。じゃあ、呼んでこないとね。初詣なら僕も行くよ」


「そう、じゃあ、頼んだわよ。早くしてね」


 母親はすぐさま一階へと戻っていく。


 そのやり取りが全てをシャットダウンさせる合図でもある。


 僕の探究心も、このやり取りで破壊されたわけだ。これ以上の詮索は、北原家の正月を壊す行為にも値する。


 後ろ髪引かれる思いだったが、僕も委員長とともに北原家を出る選択しかなかった。


 最後に、北原の表情はいつもの通りのポーカーフェイスに戻っていた。


 その度胸こそが、僕が微塵も持ち合わせていないパラダイスへの近道切符なのかもしれない。


 いいだろう、それを分からせてもらっただけでも収穫と使用。君の押し入れの中の小さな友達のことは忘れようじゃないか。



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 ある人は歌詞の中でこう訴えた。


 何でもないようなことが幸せだったと思う


 


 僕は今、鳩のマスクをかぶった男がくれた大量のコンビニチキンを前にしてそれを実感している。


 酉年だからと言って自分が鳥になる必要性などどこにもないのだが、僕の兄は変な方向で正月の新しい風習を作ろうとしているのだろう。決してお節など作らないし、うちの玄関には門松もしめ飾りも鏡餅すらもない。あるのは、酉年に引っかけたチキンと鳥だと言って羽ばたく真似をしている兄の姿。


 そんな馬鹿な姿を弟に堂々と見せつけてしまう兄がいる光景が、僕の家の正月なのである。


 それぞれに、それぞれのなんでもない日常があるのだろう。


 ぼくは、この兄と過ごす正月こそが『なんでもない幸せ』だと実感するのである。



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なにげない正月 (パラダイス委員会シリーズより) クロフネ3世 @kurofune3

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