第11話 天才という名の天災

 知識の都ケントニスで黒色騎士団の奇襲を逃れたリリーナ達は、テロスという名の街を訪れていた。 

 

 そこは、アフトクラトラス国境沿いにある比較的、大きな街である。街並みそのものは他の町同様に石造りや煉瓦作りが主体であり、街道も広く馬車が行き交い、中央広場には多数の人々で賑わっていた。

 リリーナ達はその雑踏に紛れるように早足で歩いていく。彼女達の足を速める理由。それは、この街角に大きく張り出されている「捕縛令」の紙である。リリーナが懸念していたであろう大きな街における捕縛令の張り出しは、やはり現実に起こっていたようだ。

 シオンはそれを見て呑気に微笑んで見せたが、リリーナは険しい表情でそれを手に取り精霊を使役して焼き払う。自らと同じ容姿の人間が自らを狙う。その事実は彼女にとって非常に「気に入らない」らしい。

 危険を承知でこの場所へ赴いたリリーナの目的は、アフトクラトラスの国境をまたぐことにある。それにはどうしてもこの街を通らなければならない。無論、それは相手も承知の上だろう。罠が張ってある可能性などいくらでもあった。

 だが、先のエスペランス黒色騎士団の件を踏まえて騎士団程度では、彼女の足止めにもならない。数で攻めても一瞬で壊滅するのは自明の理だ。リリーナもそう考えあえて陽が上る昼に通過するのを決めたのだろう。しかし、「あの者」が来た場合の想定を彼女はしていない。


 人々で混み合う広場の中央にリリーナ達はたどり着いた。

 念のため、偽装フェイクの魔法で見た目を別な人間に変えている。魔法使用者でなければ気が付く事すらないだろう。だがその時、広場を見下ろす青い目が言葉を紡ぐのをリリーナのその目は捉えていない。


「識別<アイデンティファイ>」


「索敵の目<サーチアイ>」


 その言葉は破滅への序曲だった。

 突如、何かに気が付いたのかリリーナの足が止まる。魔力のうねり。そして、別な誰かが使役する精霊の動き。それを感知したかのように彼女の青い目が見開いた。

 咄嗟にリリーナは声を張り上げる。


「シオン!」


「上位精霊魔法・炎の嵐<ハイランクエレメンタルマジック・フレイムテンペスト>」


 広場に地中より火柱が噴き出し、リリーナとシオンを街の住人もろとも火の海へと沈める。灼熱の炎で人間が焼け死にその体を焼失していく中、寸前に展開した魔法障壁によりリリーナは平然と炎の中に立っていた。自らの名を呼ばれ咄嗟に範囲に入ったシオンも同様である。

 炎に巻き込まれなかった人々の絶叫が耳をつんざく中、リリーナはその鋭い瞳を上空からゆっくりと地上へ降下する銀髪の少女へ向けた。

 彼女は銀色のショートボブの髪を揺らし、あどけなさの残る可愛らしい顔立ちを歪め、優雅に降り立つ。その身を着飾る白いローブが揺れた。


「さすがですねぇ。あの瞬間に魔法障壁張るなんて奇襲のしようがないじゃないですかぁ。まぁ死んでも死ななくてもどちらでもいいんですけどね」


「王都にいたシルフィリアとかいう私の名を語る奴か。街の人間ごと焼き払うとか正気か?」


「正気? 正気ってなんですかぁ?」


 目の前の少女……シルフィリアは白く細い指を頭の上に掲げ、パチンと鳴らす。その瞬間、再び地中から炎が渦を巻き、リリーナではなく周辺にいる人間を焼き尽くした。その身を焼かれる際に発する断末魔の叫び声が響き渡る。

 業火に照らされ、シルフィリアの大きく開いた青い瞳に炎が揺らいだ。


「こんな虫ケラの如き死者の一匹、二匹。焼き殺した所で正気を疑うとは、あなた、正気ですかぁ?」


 刹那。シオンの体が大地を蹴った。

 右手に死者ザ・デッドオブバンシーびを握りしめ、瞬く間にシルフィリアへの距離を詰める。その時、彼女の目に飛び込んだものは数人に及ぶ「人間」である。シルフィリアは周囲にいる人間を念能力サイコキネシスで操り壁の如くシオンへ叩きつけたのだ。

 シオンは構う事無く死神の鎌を横一文字に振るう。人間の胴体が切断され鮮血が眼前に散る中、鋭く光る真紅の瞳をシルフィリアへ向け巨大な刀身が光の軌跡を描いた。

 だが、刃は彼女へは届かない。何故ならシオンの体は見えない圧力によって吹き飛ばされたからだ。シオンは対峙するリリーナのはるか後ろで体勢を整え着地する。その表情は激情しているのか歪んでいた。


「なに? このくそったれな念能力サイコキネシスは。まるで誰かさんみたいだわ」


 シルフィリアはシオンを見据え、口元に不気味な笑みを張り付ける。


「クソにクソ呼ばわりは心外ですねぇ。調整者さん」


「……クソ同士の会話など、どうでもいい」


 突如、怒りを秘めたかのように青い瞳に炎を宿し、リリーナが口を開いた。全身から魔力がオーラの如く放出され、見る者に恐怖を与えるであろう威圧感と共にシルフィリアを睨みつける。


「お前が最大のクソ女なのは確定だからな。初めて会ったその日から気に入らなかったんだ」


「冷たいことを言うなぁ。何がですかぁ?」


 リリーナの瞳に文字が流れていく。竜言語ドラゴンズロアによる脳内詠唱により超高速で魔法構成を構築したその左手に黄金色の雷の渦が収束していった。


「お前が竜言語ドラゴンズロアを無断使用したことに決まっている!」


「上位精霊魔法・破壊の雷撃<ハイランクエレメンタルマジック・デストルクシオンライトニング>」


 突如、上空から凄まじい落雷がシルフィリアを襲う。眩しい光と共に着弾した稲妻により大地が震えた。

 だが、目の前の少女は平然と立っている。青い目を見開き、リリーナと同じその顔が口元を歪ませていた。その瞬間、リリーナの体を炎で構成された檻が取り囲む。肌を刺すであろう熱気が彼女の柔肌を焼き尽くそうと炎を吹き上げる中、リリーナの瞳に魔法構成が浮かび上がった。


灼熱バーニング監獄プリズンか。お前の性格をよく反映している魔法だな」


 急激に周囲の温度が低下する。リリーナと対峙するシルフィリアを取り巻く空間だけが氷漬けにされたかのような急激な冷気が、リリーナの体から迸った。

 白い息を吐く彼女の唇が言葉を紡ぐ。


「上位精霊魔法・白銀の氷河<ハイランクエレメンタルマジック・プラティノコキュートス>」


 全てを凍結させる凄まじい冷気が吹き荒れる。リリーナを取り囲む炎の監獄が一瞬で消失し、その急激な温度低下によりシルフィリアの肉体は活動を停止する。その白い肌を紫色に変色させた。

 だが突如、彼女の肉体は息を吹き返す。紫色の肌はみるみるうちに従来の白い肌へと戻っていった。

 シルフィリアは自らを着飾る白いローブに付着した氷の結晶を手で払うと、不気味な笑みを浮かべたまま、その青い瞳をリリーナへと向ける。


「扱いの難しい冷気の魔法まで制御するとはさすがですねぇ」


「だが、何故、手を抜いているんですかぁ? 上位魔法程度じゃぁ私に傷一つつけられはしませんよ?」


「それとも……街のゴミ共の被害とかくだらないことでも考えているんですかぁ?」


 シルフィリアの言葉が耳に響いたその瞬間、彼女を含む街全体を魔法陣が包み込む。青白い光に照らされたリリーナの瞳がそれを眼下に収めた。


「……まさか……お前……」


 突如、光に包まれた街の人間の驚愕したであろう声が周辺に響く。その中で銀色の髪を揺らし、シルフィリアは残酷な笑みを浮かべた。


「死への帰還<リターンデッド>」


 人々の声が途切れた。一瞬の静寂の後、リリーナ達の耳に響くのは大地を蹴る足音である。

 それは、リビングデッドと化した街の人間達が一斉に生者であるシオンとリリーナへ迫る破滅の足音だった。シルフィリアはその光景を愉快そうに眺め、甲高い笑い声を響かせる。


「これで思う存分、戦えるでしょう? ギャハハハッ!」


 神経を逆なでするような笑いを発しながらそう口にするシルフィリアに、リリーナは殺気で塗りつぶすかのように瞳の鋭さを増し彼女を見据えた。


「……世界最大のクソ女。ここに極まれり……だな」


 その声とほぼ時を同じくしてリリーナの足元に三重に及ぶ魔法陣「三重トリプル魔力増幅魔法陣ソウルアンプマジックサークル」が浮かび上がる。同じくシルフィリアも足元に三重に展開する魔力増幅魔法陣を形成した。

 二人の瞳に魔法構成が浮かび上がる。竜言語によりそれは脳内詠唱され、二人の体を魔法風が覆いかぶさった。その整った唇が同時に魔法の旋律を奏でる。それは奇しくも同じ魔法名だった。

 

「最上位精霊魔法・神々の怒り<ハイエンドエレメンタルマジック・ディオスレイジング>!」


 天から降り注ぐのは無数の雷。周辺を支配するのは目を開けられないほどの眩い輝き。大地を躍動させる衝撃音が街を揺さぶる。

 神々の怒りを彷彿とさせる凄まじい落雷は、リビングデッドを、そして街並みさえ破壊し崩れた瓦礫の山が降り注いだ。

 砂埃が舞い、破壊された建物が佇み地上に落雷の後である陥没が所々見受けられる中、シオンは瓦礫の山からその姿を現す。周辺は焼け焦げた死者の体で埋め尽くされ、リリーナとシルフィリアの姿はそこにはない。

 シオンは破壊された街並みと人間の原型さえ留めていない死者の体を見渡し、呆れたかのように肩をすくめた。


「また神々ディオスレイジングりに巻き込まれたってわけ? もうこりごりだわ」



 街を一望できる空中にリリーナとシルフィリアは対峙していた。

 二人とも飛行フライトの魔法で宙に浮いている。彼女達の足元には、再び三重に展開する魔力増幅魔法陣が光を放っていた。

 青い瞳が重なり交わる。


「魔法戦楽しいなぁ。最上位魔法ハイエンドマジックの撃ち合いとかまずありえないですからぁ」


「お前の愉悦などどうでもいい。このクソ女め。お前の五体をバラバラにして死者に食わせてやる」


「……いいですねぇ。あなたの憎悪。最高のご馳走ですよ」


 リリーナとシルフィリア。二人が同時に青い瞳を見開く。それと共に無数に刻まれ流れていく魔法構成。そして、吹き荒れるのは青白い魔法風である。

 だが、リリーナの左手に収束する光は黄金色であり、一方、シルフィリアの右手は灼熱の炎が渦を巻いた。業火に彩られた赤き魔法陣に収束した膨大な熱量が空間を揺さぶる。シルフィリアが詠唱を終わらせようとしていた。


「あなたに私の大好きな魔法を贈ってあげますよぉ。灼熱の炎龍をねぇ!」


 シルフィリアの差し出した右手に展開した赤き魔法陣より凄まじい炎が噴き出す。それは、次第に業火で構成された龍の姿を形成した。炎龍はリリーナを見据え咆哮を上げる。


「最上位精霊魔法・燃え盛る炎龍<ハイエンドエレメンタルマジック・ブレンネンフラムドラグーン>!」


 魔法陣より生み出された灼熱の炎龍は、その炎の牙を剥きリリーナを呑み込むべく空間を裂く。長い体をうねり瞬時に焼き尽くすであろう地獄の炎が彼女へ迫った。

 その瞬間、リリーナの左手に凄まじい落雷が落ちる。無数に発生した雷の帯が一本に集約し巨大な光の塊となって周囲を照らした。それは、最上位に位置する精霊魔法「神々ディオスレイジングり」である。リリーナは本来、シルフィリアの頭上へと振り注ぐはずの落雷を自らの右手に収束させたのだ。

 膨大な光の塊は瞬時に槍のような細長い形状へと変化する。それを構えたリリーナは青白く炎のように揺らぐサファイアの瞳をシルフィリアへと向けた。


「貫け。神の怒りよ<ディオスレイジング・ドルヒボーレン>」


 彼女の手を離れた神々の怒りは迫る炎龍へ炸裂する。光の帯は凄まじい勢いで炎の塊を引き裂き、炎龍を貫いた。

 シルフィリアの目の前で、その炎で形成された炎龍が長い胴体を真っ二つに切り裂かれ消失する。それでもなお勢いを落とさず膨大な熱量を伴った光の塊が彼女の眼前へと高速で迫った。

 眩い光に照らされたリリーナと同じ顔を持つシルフィリアの口元が僅かに歪む。


「……なんですかぁこれ」


「私の独自構成オリジナルだ」


 リリーナがそう告げたと同時に神々の怒りにより構成された雷の槍が、シルフィリアの体へと炸裂する。彼女の体はその勢いに押され、流星のように地上へと光の帯となって降り注いだ。ちょうどその光景は地上にいるシオンの目にも映る。

 真紅の瞳でその流星を追った先で光が爆ぜた。街を揺さぶる振動と目を細めるほど眩い光を生みだす閃光の膨張が街を呑み込む。耳をつんざく衝撃音と稲妻が生みだす閃光が収まったその時、着弾点にはえぐられた大地と中心に黒い何かが埋まっていた。

 

 唖然とした様子で立っているシオンの元にリリーナが舞い降りる。平静さを取り戻したのかリリーナは、少し気まずそうに視線をシオンから逸らし銀色の髪を左手でといていた。


「……ちょっとやりすぎた……かな」


「やりすぎもなにも死者どころか街まで破壊したわよあなた。それで、あのクソ女は生きてるの?」


 リリーナは中空を見つめると、おもむろに口を開く。


「……たぶん生きているよ。しかもあいつ。おそらく本気を出していない」


 一瞬、鋭い瞳でシルフィリアが着弾した方向を見つめると、リリーナは純白のローブを翻し歩き始めた。


「行こう。早くアフトクラトラスから出るべきだ」


 シオンも同じ方向を一瞥すると彼女の後を付き従うように足を進める。

 リリーナの青い瞳には、国境の境界線に設置された見渡すかぎり続く石材でできた壁と木製の大きな扉が佇んでいた。

 


 彼女達から離れた場所……神々の怒りの着弾点に何かが蠢いた。

 クレーターのようにえぐれた大地の中心でそれは立ち上がる。全身を覆う焦げた体がまるで脱皮するかのようにぼろぼろと落ちていった。黒い外皮の中には白い肌を露わにしたリリーナそのものが立っている。

 裸で立つシルフィリアは、口元に笑みを張り付けその青い瞳で虚空を見つめていた。

 

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