第9話 ケントニスの攻防 前編

 魔法とは、願望とイメージによる産物である。


 その原型とは、女神により造られた四大元素の精霊を用いて炎や水を得ることにあった。精霊契約により無から有を生みだすだけだったそれは、人、もしくは魔物との対峙を想定とした戦闘使用により発展を遂げる。

 魔法の発現に必要なものは「魔法構成」である。それは文字や図形により構築され最後に魔法名が添えられる。図形による魔法構成は「魔力増幅魔法陣ソウルアンプマジックサークル」が代表的で、文字によるものは「言霊」を用いた「魔法詠唱」が一般的である。何故なら空中に魔法構成を描き発動することも可能ではあるが、詠唱の方が遥かに発動までの時間を短縮できるからである。

 魔法詠唱には通常詠唱の他に圧縮言語コンプレスラングと、森に棲むハイエルフから伝わった古代言語エンシェントラングがあり、それにより更に魔法詠唱は高速化された。

 

 しかし、その枠を超えた人物が実は一人だけ存在する。

 彼女が着目したのは圧縮言語でも古代言語でもなく、竜独特の詠唱法であった。竜は、人間以外に魔法を扱う珍しい種族の一つだが、彼らは口で詠唱しない。脳内で魔法構成を構築し、魔法を発動するのである。

 特徴として魔法構成を構築中は、その瞳に文字として構成が浮かび上がるのだ。それを可能にしているのが竜言語ドラゴンズロアなのである。


 ちなみにその命名者は、恐らく世界中でただ一人、その竜言語ドラゴンズロアを習得し、人間の魔法に再構築した彼女……リリーナ・シルフィリアその人である。

 リリーナは、育ての親である元王宮魔術師ケンウッドの話では、十一歳でほぼ全ての魔法を習得した……とあるが、実際は十歳である。偽っていたのは、彼女なりに気を遣っていたのかも知れない。そこから家を出るまでの二年間は、ケンウッドに連れられケントニスの書物庫に篭り、ひたすら竜言語について考察していたのだ。

 

 家を出た後、フランと出会うまで各地を回り、出会った竜と会話したと後に彼女は語る。

 その旅の末、竜言語を習得し、リリーナは脅威の「脳内詠唱」という進化を遂げる。それは竜同様、竜言語により脳内で魔法構成を構築し、最後の魔法名のみを実際の口で詠唱するのである。その際、彼女のその青いサファイアの瞳には、魔法構成が文字として浮かび上がり、高速で流れていく。つまり、詠唱されていくのだ。

 詠唱速度は、人間の言葉による詠唱を遥かに凌ぐレベルで、また、魔法構成が「見えない」為、何の魔法を詠唱しているのか相手には理解できないという利点も存在する。彼女のその小さな口で魔法名が告げられたその瞬間に、対峙する相手には死が待っているのだ。

 しかし、通常の人間では、恐らくそれを習得しようとする発想すら生まれず、仮に会得しようとしても不可能である。リリーナだからこそできるのだ。それは、憶測の域は出ないが彼女の出生に要因があるのだ。

 創生の女神。リリーナはまさにその生き写しなのだから。



「他にも魔法には階級が存在する。下から下位ローランク中位ミドルランク上位ハイランク最上位ハイエンドの四つだ」


 陽が落ち、辺りが薄暗くなっていく中、村の広場でリリーナは木でできた椅子に腰かけていた。

 彼女の目の前には、不要な木材を燃やした焚火が燃えており、その周りを村の子供達が囲んでいる。シオンはその光景を離れた位置で言葉を発する事無く、静かに見つめていた。

 子供達の目的は、とある子供が「魔法を知りたい」と言いだした事から端を発したリリーナの即席魔法講義である。


「そして種類。補助系や自己強化系などを含めた通常の魔法マジック、精霊を使役する精霊魔法エレメンタルマジック、闇の眷属に効果のある光の魔法である神聖魔法ホーリーマジックが代表的で、他に死霊魔法ファントムマジックなど闇の魔法もある」


 子供達は好奇心で溢れているかのように目を輝かせ、彼女の話を熱心に聞いていた。そんな彼らにリリーナも笑顔で語る。本来ならば死者であるはずの彼らと戯れるなど、シオンがいい顔をするわけがなかった。だが、今回は状況が違うのだ。

 その時、ふとリリーナは周囲を見渡し、空が既に闇に包まれていることに気が付く。魔法の事となると時間を忘れて語りだすのは、彼女の悪い癖だ。

 リリーナはおもむろに立ち上がると、見上げる子供達に笑顔で語り掛けた。


「もうそろそろお帰り。時間だよ」


 彼らの残念そうな声で満たされた中、子供達が走って家へ入っていくのをリリーナは遠くから見つめる。そして、ゆっくりと目が合ったシオンの元へ歩き出した。

 シオンは、どこか寂しげな表情を見せる彼女へ語り掛ける。


「……満足した?」


「あぁ。充分だよ」


「シオン。この村の住人が『リビングデッド化』するのに後、どれくらいなんだ?」


「……早ければ今夜ね」


 ここは、ケントニスまでの道のりの途中にある人口の少ない小さな村である。

 大きな街や都市には、二人の捕縛令や最悪、殺害の命が下されている可能性があるが、このような小さな村までは、すぐには行き届くはずもなく比較的、安全と言えた。だが、ここには大きな問題がある。それは既に濃密な瘴気に包まれていたのである。

 先の経験によると、生者として暮らしている死者の体から立ち昇る瘴気が濃い程、リビングデッド化する時期が短くなっていると予想できた。この村の住人の大人はすでにあの一晩、泊めてもらった家主と同じほど濃密で、最悪、今夜には誰かリビングデッドと化し、襲う可能性が高かった。

 その事態が現実となったとしたなら最初に犠牲になるのは先の子供達の誰かなのだろう。

 変貌した親に食われる子供は、どれ程の恐怖を最後、その脳裏に刻むのだろうか。また、変貌した人間に腹を引き裂かれる子供のその心境は、どれ程の苦しみなのだろうか。

 

「……死への帰還<リターンデッド>を実行する」


 そうなるくらいなら、いっそのこと記憶もないリビングデッドへと一瞬で変貌し、死に還す。

 それがリリーナの下した結論だった。


 漆黒の闇に包まれる夜。

 村の中央に光を纏った魔法陣が展開すると、それは村を覆い尽くすほど拡大する。

 そして、静かに死刑宣告が下された後、爆発音と刃が風を切る音が響き渡り、死者はその動きを全て止めた。


 

 翌朝。

 飛行杖フライトスタッフに乗り、飛行するリリーナとシオンの姿があった。本来、飛行杖は一人乗りの移動用魔法道具だが、浮揚レビテーションを利用して辛うじて二人乗りを実現している。

 風の精霊の力により推進力を増幅させ、それは、飛行杖が持ちえる従来の速度を超え空を切って進んだ。


「お……重い」


 実際にリリーナが持ち上げているわけではないが、感覚でそう感じるのだろう。ボソッと呟く彼女に、後ろに乗るシオンは微笑みを口元に貼りつけ語り掛けた。


「あら。悪いわね。私の胸の質量が多いから」


「それは私への当てつけか!」


 一瞬、貧相な自分の胸元へ視線を移した後、リリーナは少し不機嫌そうに後ろのシオンを睨みつける。その時、前を見るシオンの目に白い石材で形作られた建物が地平線に浮かび上った。

 アフトクラトラス国内最大の書物庫が建築されている知識の都「ケントニス」である。

 魔法使用者マジックユーザーを志すものなら、必ず一度は訪れると言われた都市であり、リリーナも幼い頃より何度も足を運んだ。彼女が将来、安定を求めて永住するなら必ずここにすると言わせるほど、読書が好きなリリーナにとってはまさに夢の都である。

 他の都市は石材や煉瓦造りが主体だが、ここケントニスは白い石材が主流で、街の至る所に綺麗な水が流れている。建築物も独特で、従来の長方形、正方形や三角屋根の建物の他に、丸みを帯びた建物も多いのが特徴であった。

 また、この都市では魔法使用者の研究者による未知の生物や従来の生物、魔物の生態の研究や、新魔法の開発、独自理論の展開などを発表する「魔法発表会」なるものも年数回に渡って開かれるのも特徴の一つである。

 実は、以前、リリーナはその魔法発表会にて竜言語を一度、披露したことがあるが、余りに人間離れした超理論の為、会場は水を打ったかのように静まり返り、無言のまま魔法発表会を後にしたという記録もあった。

 リリーナはその夢の都へ視線を移すとおもむろに口を開く。


「夜になるまで周辺で待機。闇夜に紛れて書物庫へ向かう」


 

 周辺が闇に閉ざされる夜。月夜の下、静かにかつ素早く動く何かがあった。

 「何か」としか表現できないのは、それは周辺の人間の目には映らないからである。空気の流れとほんの僅かながら聞こえるブーツの大地を踏みしだく音だけが、それを認識させていた。

 その「何か」とは、リリーナとシオンの二人である。透明インビジブルボディ有効範囲拡大エフェクティブレンジ・エクステンドにより範囲を拡大し、本来、自身のみにしか効果のない透明化をシオンにも共有させていた。


 彼女達はケントニス最大の名所「書物庫」に到達すると、その正面の大扉は避け、裏口の方へ回る。

 何もない白い壁へたどり着くと、リリーナがその小さな手をそっと壁へ当て、短く言葉を紡いだ。すると、何もないはずの壁に扉が浮かび上がり、それは音もなく開いていく。その光景にシオンは、驚愕したのか目を見開いた。


「……なんであなたが、『書物管理官』しか知らない裏口の開け方、知ってるの?」


「実はケントニスに通っていた十一歳の時に既に解読して、夜、こっそり入っていた」


「あなた。結構、そういうとこあるのね……」


 彼女にしては珍しく意地の悪い表情を浮かべて見せるリリーナに、呆れたと言わんばかりに肩をすくめたシオンは、先行して扉の中に入る。

 書物庫の中は薄暗く、月の光のみで僅かな視界がひらける程度だ。だが、闇の中でも鮮明に映る彼女の赤い瞳は、周辺の情報をくまなく映し出す。どうやら人影はないようだった。

 シオンの合図と共にリリーナも書物庫へ足を踏み入れる。その細い脚が部屋の床を踏む瞬間、何か違和感を感じたのか一瞬、目を見開き彼女の動きがピタリと止まった。


「……領域魔法フィールドマジックか」


 そう短く呟くとリリーナの青い瞳に、高速で魔法構成が流れていく。


「索敵の目<サーチアイ>」


「上位魔法障壁<ハイ・マジックウォール>」


 彼女の瞳に小規模な魔法陣が浮かび上がり、それは、月夜の中、透明インビジブルボディにより透明化している鎧姿の人影を複数、映し出す。

 それにリリーナが足を踏み入れた瞬間に感じたであろう違和感。恐らく瞬間移動テレポーテーションを阻害する領域魔法フィールドマジックが既に書物庫全体に展開されているのだ。

 音も無く鎧姿の人影が闇の中を疾走する。それは、まるで獲物を狙う獣のように迅速に対象へ急接近した。その手にする直剣をシオンの心臓目がけて突き刺す。リリーナの眼前に彼女の鮮血が散った。

 だが、心臓を貫かれてなおシオンは、笑みを絶やさずその手で黒い鎧を着た男の首を掴む。その光景を顔色一つ変えずにリリーナは見据えていた。


「……エスペランス黒色騎士団か」


 彼女の青いサファイアの瞳が、殺意に塗り固められていくかのように鋭く光る。それは、まるで暗闇の中に燃え上がる青い炎のようだった。


「旧知の仲だが、お前達が私を殺すというのなら、私は私自身の身を守るために……武力を行使する」


 その瞬間だった。

 シオンがその手を回転させ、男の首を強引に膂力でねじ切る。首から上だけを残し赤黒い血を飛び散らせ、その体が崩れ落ちた。シオンはちぎり取った首を弄ぶかのように振り回すと壁へ叩きつける。

 その右手に死者ザ・デッドオブバンシーびを具現化させ、彼女の美しい顔が残酷に歪んだ。


「……遊んであげるわ。ゴミども」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る