5.晴天の…… 『少女が使う、仲間の戦術』

どちらが先に動くか。誰もがそれに注目していた。

だが、先は無かった。まったくの同時。同じタイミングで二人は相手に突っ込む。

観客はどよめいた。初っ端から派手な斬り合いが始まるのか。

しそのまま二人は突っ込んで、すれ違う。

そこから二人の動きに違いが出る。

イースフォウはそのまま背後を警戒しながらも、一直線に駆け抜ける。

スカイラインはそのまま反転し、イースフォウを追いかける形となった。

「――フォウ! 思ったとおり、追ってくるわよ!?――」

「――トップスピードじゃあ相手のほうが上手だ。だからいっそのことこっちは無理せず本気を出さずに、様子見の速さで駆けろ!――」

ヒールとクロが伝える。イースフォウはそれを信用して動いていた。

「攻撃のタイミングはいつ!?」

「――3……いや、2秒後だわ!――」

その言葉どおりに、イースは二秒数える。

「ここだ!」

そのまま地面に倒れこむ。その少し上を、ヒールの計算どおりにイースフォウに接近したスカイラインの伝機『レイレイン』が、目にも留まらない速さで空間を裂く。

しかし、一撃目を避けたところで、二撃目が来る。

「――速い! フォウ左に避けて!――」

「うわっ!」

指示通りにイースフォウは左に飛びのく。

そしてそのまま体勢を立て直して、スカイラインのほうを向く。

「駄目ね、遅いわ」

しかし、すでにスカイラインはイースフォウの眼前に迫っている。

「――フォウ! さらに左よ!――」

イースフォウはすばやくストーンエッジの柄の部分で左わき腹を防御する。

ガンッ!と衝撃が走る。手が軽くしびれたが……。

「……やっぱり、仙機術を使ってないのね」

「お互い様でしょ、曇天。ここまで来て出し惜しみするってことは、あれからまったく成長できなかったってことかしら」

「スカイライン、貴方だって私を舐めるのもいい加減にして。手加減をした貴方と戦っても意味は無い」

「挑発のつもり? 曇天がふざけるな!!」

そう言って、イースフォウを蹴り飛ばす。

その衝撃を利用し、スカイラインからの距離をとり、イースフォウは構える。

「いいわ、そこまで言うのなら、最低限の仙機術くらいは使ってあげるわ」

そう言って、スカイラインは指を動かす。

術式を練っているのだ。スカイラインは指を使い、簡易的な印を結んで術式を編むのだ。

だからこそ、相手に悟られずに、また高速に術式を組むことが出来る。

「高速術式、迅雷」

彼女の二つ名にもなった術式『迅雷』。もとより彼女のスピードは一般人離れしているのだが、この術を使うことにより、それこそ目にも見えないスピードまで動くことが出来るようになる。

ただスピードを上げるだけの術式であり、そこまで仙気も消費しない。しかし出力不足などの問題が出る為、ヴァルリッツァーの術と併用出来ない。とは言え、それでも優秀な術式には変わりない。

「……ほら、使ってあげたわよ? 貴方も何か術式を纏いなさいよ」

「………」

やはり駄目だったか……。そうイースフォウは思った。

ここでヴァルリッツァーの技を一つでも出させておけば、それだけ相手の仙気を消費させて、長期戦で有利に持っていけるのだが……。

『迅雷』は彼女の固有術。ヴァルリッツァーの術ではないのだ。

「……仕方ない。ヒール、クロ、やるよ」

そういうと、イースフォウは剣を大きく五度振る。その軌跡は、空間に光の文様を浮かばせた。

「はぁっ!」

気合と共に、イースフォウの剣が金色に輝く。

「石の剣か……。ずいぶん回りくどい発現方法だこと」

「……私は、私が出来ることをやるだけよ」

イースフォウはストーンエッジを斜めに構える。

「来い、迅雷!」

「行くわよ、曇天!」

スカイラインが、目にも留まらぬ速さで、イースフォウに襲い掛かった。




ベンチでは、森野、エリス、ハノンの三人がイースフォウの戦いを見守っていた。

「あれは無詠唱呪文かな………」

「いえ、どうやらハノンさんの術式方をまねた物のようです」

「え? あたしのを!?」

確かに体の大きな動作で術式を編むのは、ハノンの得意とする発動方法の一つであった。

「でも、解らないですね。なんでいつものように呪文を唱えなかったのでしょう」

「……予想でしかないけど、相手へのけん制かしら。『剣を振っているだけの自分は、何をしでかすか解らないぞ』って言う意味合いで見せたんじゃないかな」

「でもさ、それだったらそんなこと教えるよりは、本当に相手が油断しているときに、そいつで攻撃したほうが良いじゃん」

しかし、ハノンのその疑問に、森野は首を横に振りながら答える。

「つまり、そこまであの方法の術式の編み方に慣れていないのよ。ある程度身体が動いていない状態で、直立不動でじゃないと発動できないんじゃないかしら。実際は斬り合いながら、あの方法で術を展開するのは難しいはず」

「……そのことを、スカイラインは……」

森野は、イースフォウとスカイラインの戦いを見ながら答える。

「気付いているはずよ。あんなバレバレの一手、スカイラインが気付かないわけが無い。その証拠に、遠慮なく突っ込んできているじゃない」

イースフォウは、四方八方からすばやく攻撃してくるスカイラインの攻撃に、何とか耐え凌ぐ形でいた。

「それよりも、この段階で『石の剣』を使ったのはまずいわ」

「どういうこと?」

「先ほども話しましたでしょう? 先にヴァルリッツァーの術を使ったほうが、先に仙気を使い果たしてしまうのです」

「あッ!」

ハノンも理解する。

「スカイラインが使ってるのは、ヴァルリッツァーの術ではなさそうね。独自の高速術みたいだけど、効果から察するに、石の剣とは比べ物にならないほど低燃費なはず」

「やばいじゃん!」

「ですが……、あのスピードの攻撃です。打撃に仙気が乗ってないとしても、一撃頂けば、そこから連続的に攻撃を受けてしまいます。何とか防がないと……」

「防いでるだけじゃ……」

「まあ、作戦通りなら、ここでイースちゃんのカウンターで一撃食らわせるって話だったんだけど」

森野は頭を抱えた。スカイラインと戦ったときから気付いていたことだったのだが、イースフォウが戦っている姿を見て、再度思い知った。

速さが、違いすぎる。

「あの速さじゃあ、捕らえられても、イースちゃんは攻撃できないわ」

そう、今でさえ、防戦一方。さまざまな角度から繰り広げられる攻撃を防ぐので限界なのだ。

森野は舌打ちをする。なにせ、自分でさえ、相打ち覚悟でやっとスカイラインのスピードに追いつけたのだ。戦いようによっては負けるつもりなど無いが、それでも、スピードに関しては森野以上。そんな相手に、どうやってイースフォウが勝てようか。

「ちょっと前の私は、ずいぶん甘い見立てをしたものだわ」

せめて、自分がスカイラインと戦った後ならば、もっと現実的な作戦を練れたのに。そう、森野は後悔する。

ほら、駄目だ。次の攻撃を右で受けて、さらに来る攻撃を左でよければ、次の攻撃はもう間に合わない。

そこで、イースフォウは攻撃をモロに受けてしまうことになるのだ。

カウンターを食らわせるどころではない。仙気が枯渇するまでも続かない。

「……ここまでなの?」

しかし、森野が半分諦めかけていたその時だった。

「「!!」」

三人は目を見開く。ありえないことがおきたのだ。

ドッと重い音が響き、戦っている二人が吹き飛んだ。

そう、一人ではない、二人吹き飛んだのだった。




イースフォウはストーンエッジを杖代わりに、何とか立ち上がる。

「カハッ……」

スカイラインの一撃をモロに腹部にもらってしまった。なんともいえない、耐え難い痛みが、イースフォウの腹の中心にジンジンと響いている。

しかし、彼女はそれを耐えて、ストーンエッジを構えなおす。

「森野先輩の戦い見てて、良かったわ」

森野とスカイラインの戦い。それを見ていたことが生きた。

森野がスカイラインに使った捨て身の戦法。あれこそ、たった今イースフォウがスカイラインに使った策であった。

「――だが、こっちもダメージをもらっちまった――」

「――……それに、相手は攻撃を受ける瞬間、逆に跳んで攻撃を緩和したみたいね――」

派手に跳んだように見えたスカイラインであった。しかし確かに様子を見ると、イースフォウのように苦しみながらではない。特に何のダメージも無い様子で、むくりと立ち上がっていた。

「……でもやっぱり、成功よ」

イースフォウは冷汗をかきながらもクスリと笑った。まんまと、自分の思ったとおりにことが進んだのだ。

それはスカイラインの表情だった。

苦しさも無い、痛々しさも無い。

しかし、確実に彼女は『キレ』ていた。

自分よりも格下の相手に、まんまと一撃をもらったのだ。プライドの高いスカイラインなら、ショックと怒りを隠すことなど出来ないだろう。

「……やってくれたわね、イースフォウ」

「本気を出さない貴方が悪いのよ。出し惜しみなんてしないで、とっととヴァルリッツァーの技を使いなさいよ」

その言葉に、さらにカチンと来るスカイライン。

「……うぬぼれるな曇天。でも、そこまですぐに終わらせたいのなら、……いいわ、使ってあげる」

そう言い、スカイラインは呪文を唱える。

「Please protect me……石の剣!」

バッと、スカイラインの伝機が光り輝く。

「まずは石の型からね……」

そのときになると、すでにスカイラインは冷静な表情を取り戻していた。

流石である。激情に任せて突っ込んでは来ないようだ。

イースフォウは、ごくりとつばを飲み込む。

「……さて、ここからか」

穴倉に隠れる野獣を、やっと引きずり出したのだ。

やっと、相見えて戦えるまでにいたったのだ。

「やってやろう、クロ、ヒール」

「――おう!――」

「――ええ!――」

次の瞬間、今度はイースフォウがスカイラインに突っ込んでいった。




森野はニヤリと笑った。

「……イースちゃんめ、あの時私の戦い見ていたな」

「みたいですね。あの時の森野先輩と同じ戦法です」

「ちゃんと戻ってきてたんじゃん」

三人は笑う。正直ほっとしてしまったのだ。それは心のどこかで、待っていたのに一度も訓練場に来てくれなかったイースフォウに、裏切られたように感じていたからである。

もちろん、心の底からそれを恨んでいた訳ではない。だが三人の心のどこかに、しこりのようなものとして残っていたのも事実だ。

だがたった一回でも、自分たちの元へ来てくれていた。その事は思った以上に、三人に安堵を与える。

そして、そこまで来てその後一度も顔を出さなかったのは、きっととても大きな理由があったのだろうと、そう言う考えに至らせた。

「見せてもらうわ、イースちゃん」

「ええ、相手もヴァルリッツァーの技を使っています。これで同格です」

「イース、やっちゃえ!」

その三人の声に呼応するようにイースフォウはスカイラインに飛び掛る。

剣と剣がぶつかり、火花を散らす。

イースフォウはかまわず、剣を振る。しかしそれは、ヴァルリッツァーの戦いからは程遠かった。

ハノンが身を乗り出して、二人の戦いを見守る。しかし、その表情は焦っている。

「な……なんで、イースは防御に徹しないの? あれじゃあ、スカイラインの方が有利に戦えるじゃん」

ヴァルリッツァーの戦い方は、あくまで相手の攻撃を防ぎ、捌きながら相手の隙をつく戦い方である。

二人が二人、ヴァルリッツァーの技を使うということは、にらみ合いが続くことになる。そして、業を煮やしたどちらかが、攻撃を始めることになるのだ。

だが、イースフォウはあえて自分から攻撃を繰り出したのだ。

「イースちゃんは解っているのよ。にらみ合っていたら、先に朽ち果てるのは自分だってね」

森野の見解に、エリスも頷く。

「先に業を使い始めたのが、イースさんですから……」

「で、でもだからといって、剣を振り回そうが、様子を見ようが、術を使う時間が変わるわけじゃあないじゃん!」

しかし、森野はクスリと笑う。

「確かにそうだけどね。……でも、これで多分、あと一分もすれば、同じ仙気の消費量になるわ」

その言葉に、ハノンは押し黙る。

「………どういうこと?」

「まあ、見ていれば解るわ」

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