5.晴天の…… 『少女が引きずり出した、宿敵の奥義』

イースフォウは懸命に剣を振った。このまま相手の出方を見ていても、ジリ貧で彼女が負けるだけなのだ。だとしたら攻め続けるしかない。

だが、相手の防御は完璧だった。その完璧さは、イースフォウも良く知っていた。使い方は単純で、実力に伴っていない自分でも使うことが出来る。だが、シンプルが故にだからこそ、それは完成された防御法だったのだ。

「っは! ってい! はぁっ!」

「…………」

一撃一撃がぶつかるたびに、火花がちり、甲高い音が鳴る。

(……流石スカイラインの石の型。私なんかよりもさらに攻め入る隙が無い!)

それでもイースフォウは果敢に攻める。スカイラインは涼しい顔をしているが、叩き続けなければ勝機は見えてこない。

「………打ち続ければ、勝機が見つかるとでも思った?」

ガンっと、スカイラインが伝機を振るう。今度はイースフォウが、それを石の型で受け止める。

しかし、衝撃に耐え切ることが出来ず、ザザザッと地を滑った。

「それが貴方の石の型?」

サッと、スカイラインの目が冷たくなる。

「なによそれは……。前会った時よりもひどい出来じゃない」

そのまま、もう一撃振り込んでくる。

「っく!」

イースフォウはそれを上手く受け流す。

得意の、水面木の葉の型の一部応用技である。

「……そういえば貴方、水面木の葉を少しかじっていたんだっけ」

防御で固めた剣で、受け流す動作を行う。イースフォウが使える、最大のヴァルリッツァーの技であった。

しかし、スカイラインは冷たい声で言う。

「そんなまがい物の水面木の葉の型で、貴方は何をしようというの?」

「紛い物でも、使い様はある!」

そう叫びつつ、イースフォウは再度スカイラインに切りかかる。

しかし、それはスカイラインには届かなかった。

「……っう!」

不意に、自分の伝機の力の流れが、反れた。

「このぉっ!」

もう一太刀。しかしそれは、スカイラインに届かないで、空を凪いだ。

「……水面木の葉の型!」

「ご名答よイースフォウ。本物を見せてあげるわ!」

そう言って、スカイラインは伝機を振る。

イースフォウはそれを防御し、受け流す。

そして、自分の伝機をその流れで、相手にぶつけようと振るのだが。

(反れる! スカイラインの剣を振った軌道に、割り込めない!)

イースフォウは距離をとる。そして、スカイラインの伝機をまじまじと見る。

「流されている……それこそまるで水面の木の葉のように……。すべてが流される」

その言葉に、スカイラインは笑う。

「ボキャブラリーが貧困ね、表現が名前のままじゃない」

そう言って、スカイラインは剣をぶんぶんと振った。すると、その軌跡に、仙気の薄い層が出来る。

「石の剣の防御膜を、さらに剣の軌跡に乗せる。そうすることによって、進入不可能な仙気の壁を作り、相手の攻撃の軌道をそらせる型。ヴァルリッツァー第二の型よ。貴方に出来て?」

スカイラインがにやりと笑いながら言う。自分の力に絶対の自信を持っている表情である。

そして、イースフォウが出来ないことをあざ笑っている。

「――フォウ、気にしないで。貴方は上手く戦えている――」

「――そうだな、上出来だ。後もう少しなんだから、あんな挑発に乗るな――」

二つの石の言葉に、イースフォウは息を吐きながら笑う。

「………解ってるって」

そう言って、イースフォウは伝機を正眼に構えなおした。

「……純粋な石の型か」

スカイラインも構える。

「確かに、その考えは正しいわ。私が水面木の葉の型を使った以上、仙気の消費は私のほうが多くなる。持久戦になれば、私のほうが負けるわね」

石の型は、絶対防御の型。さらにその動きはシンプルかつ無駄が無い。だからこそ、相手の動きの軌道をそらせることに特化した、水面木の葉の型の対応策としては、もっともな選択だった。

「でも、イースフォウ。ヴァルリッツァーの型には、最後の一つがあるのよ?」

「解っている。それを待っているのよスカイライン」

しかし、イースフォウはそう語った。まるで、それこそ自分が最も待っている手だと言わんばかりに。

スカイラインとしては一瞬、息が止まるほど衝撃を受けた。何のことは無い、自分の最終奥義こそ、敵が待っている勝機だと言われたのだ。

薄笑いを浮かべイースフォウに、スカイラインは奥歯をぎりりとかみ締める。

「……本当に、なめるんじゃないわよ。言っておくけど、石の型じゃあ確実に防げないわよ? 逆流の型は、ヴァルリッツァーが勝利をつかむために存在する、全ての防御を砕く技。石の型といえども、例外ではないわ」

しかし、その言葉にもイースフォウはふっと笑った。

「御託はいいわスカイライン。もう試合も半分過ぎてるわ。時間が惜しい」

「……もう、残り時間を気にしなくてもいいわ、イースフォウ。貴方はすぐに地面に臥せるわ」

その言葉と共に、スカイラインの伝機、レイレインから輝きが静まる。

そして次の瞬間、ごおっと風が吹き荒れた。

「……っく!」

仙気の流れが、自分の体でもびりびり感じ取れる。スカイラインの体から出てくる疝気が、全て効率よく纏め上げられているのだ。そして、それは大きな力となっていく。

吹き荒れる風の中、イースフォウはスカイラインの伝機を見つめる。

いつの間にかレイレインは、光に……、渦を巻く光に包まれていた。

「光が曲がってるんだ」

イースフォウは呟く。いったい、あの伝機の周囲はどんな状況になっているのか、皆目見当がつかない。だが、一ついえることは、あの仙機術は、きわめて高度な仙気の練りこみからなる技であるということだ。

あの技を使うとしたら、学生の実力では追いつかない。正規の軍人でも苦戦するだろう。それだけの力が渦巻いているのがわかる。

それだけ、スカイラインの実力は同世代離れしているのだ。

「……ついに、ここまで来れた」

イースフォウは笑いながら冷や汗を流す。

何度もシュミレーションした。ずっと覚悟していた。

それでも本物が目の前に居ると、背筋がぞっとする。

だが、イースフォウはじっと構えを崩さない。

ここまでは自分の思惑通りなのだ。相手に最後のカードを切らせたのだ。

上出来だ。上出来すぎる。一週間前の自分では、こんなところまでは来れなかっただろう。

「――で、ここらでもうやめておくか? あれを乗り切るのはきっとしんどいぜ?そろそろゆっくりしようや――」

黒い石のそんな誘惑に、イースフォウは答える。

「クロ、あれは何だと思う?」

「――何のことだ?――」

「目の前のあれよ。あれは私にとって何だと思う?」

クロは少しの間黙って、そして答えた。

「――壁だな。お前の壁だ。だから、寄りかかって座っちまおうや――」

しかしその言葉に、イースフォウは笑った。

「おかしいわね、私にはあれは寄りかかれるように見えないわ」

本当におかしそうに、クスクスと笑う。

そんな様子のイースフォウに、クオは尋ねる。

「――どういうことだ?――」

スッと顔を上げ敵を見つめ、イースフォウは言う。

「あれはただの雲よ。先は見えないけど、乗り越える必要なんて無いわ!」

そう言って、イースフォウは剣を三回振った。

「ヒール! 手はずどおりに行こう!」

その言葉に、二人の問答を傍観していた紫の水晶が、力強く答える。

「――解ったわ!――」

そうして、迫り来る敵の攻撃に覚悟を決めた。

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