3.逃走と決意『少女が目撃した、宿敵と先輩の戦い』

森野、エリス、ハノンはその日も訓練場集まっていた。

「……いや。あのう、私はなるべく自室で自習させて頂きたいのですが……」

「とか言いつつ、ちゃっかり参考書もってきてるじゃん」

「まあ、イースちゃん来るかもしれないからね。それに実戦形式で学ぶのに意味があるのも、ここのところの補習授業で分かったからいいじゃない」

「まあ、そうですけど……」

「ま、イースちゃんが来るまで、模擬戦でもしよう」

イースフォウが雲隠れしてから三日。補習が終わった後もヤマノ教師の計らいで、今までと同じ時間帯の使用許可をもらっていた。

森野たちはいつでもイースフォウが戻ってきても良いように、三日間自主訓練を続けていた。

もともと、学生といえども軍隊を育成する学園である。普段からの自主的な訓練は義務でもある。それを良い設備で行えるとあっては、三人としても文句は無かった。

だから、けして無駄な時間をすごしているわけではない。

無いのだが……。

「でも、本当にイースちゃんどこに行っちゃったのかしら?」

「寮の部屋にも戻っていないみたいですし……」

「あと一週間しか無いじゃん。イースは大丈夫なの?」

補習最終日までイースフォウは四人で訓練をしていた。その成果は、少しずつではあったが確かに出てきていた。

森野との戦闘でも、未だ迷いがあるものの少しずつ戦闘時間が長くなっていた。さらにイースフォウの伝機の人工知能、ヒールとクロのアドバイスにも戦闘中反応できるようになりつつあった。

そう、少しずつだがイースフォウは戦えるようになっていた。

なっていたのだが……。

「大丈夫では……無いと思うわ」

森野の言葉に、エリスも頷く。

「確かに、あのままではまともに戦えないですね。動き良くなってはきましたが、あくまで馴れ合った私たちの間の話です。おそらく違う相手と戦うとしたら、前と同じように戦闘中に迷ってしまいます」

そんなエリスの見解に、ハノンは反論する。

「でも、相手だって学生じゃん。いかに優等生って言っても、そんなに簡単には……」

しかし、エリスは首を横に振る。

森野もため息をつきながら、それに答えた。

「私はデータでしか知らないけど、スカイラインっていう子はその迷いさえ致命的になる。……イースちゃんが全力で戦ったとして、良くて時間一杯に戦えるか、もしくは一太刀浴びせられるか……」

「……スカイラインさんとまともに戦うには、今のイースさんではあまりにも危うすぎるのです」

「……あいつ、それが分かってて逃げちゃったのかな」

ハノンのそんな呟きに、森野とエリスも視線を下げる。

ここ数日、共に学び訓練して、三人はイースフォウの事をそれなりに理解していた。

この四人の中では、仙機術に関しては、おそらく一番基礎力がある。その意味はつまり、今までの人生の中で、仙機術にかかわった時間がそれだけ長いということを指す。そしてそれは彼女が幼いころから、どんなに辛くても投げ出すことなく耐え忍んで、仙機術を学んできたことを意味するのだ。

だから、努力を知らないわけではないのだろう。そして仙機術に関しては、四人の中では一番深く理解している。

だからこそ、容易に理解できるだろう。イースフォウ自身とスカイラインの『実力の違い』を……。

「……確かに今のあの子じゃあ、きっと実力は天と地の差がある。その差も縮まることはない。それは否定できない」

なんにせよ、やる気が無い。目標が無いのだ。それは森野やエリス、ハノンから見ても明白に分かる。

「でも、私たちまで諦めちゃったら、イースちゃんは一生あのままになっちゃうかもしれない。今出来ることと言ったら戻ってくることを信じるくらい。……だから、今はあの子が戻ってきたときの準備をしておくわ」

森野はそう言って笑った。イースフォウがまたここに来るかどうかなど、何の保証もない。だが、数日間ではあるが共に訓練した森野は、何かを見つけて戻ってくるイースフォウを信じたかった。

「私は……できれば自室で自習したかったのですけどね」

と呟きながらも、やれやれとため息をつくエリス。彼女も、イースフォウのことをそれなりに気にしている。

「迷っている時は一人で考えたいものですけど、答えを導くときは他人の手が必要なものですよね。私も、入院中はそのような感じでしたので」

そういいながら、その場に腰掛けて参考書を読んでいた。

「……ま、あたしは入学まで暇だからね。付き合ってもいいんだけどさ」

嫌々そうなセリフとは裏腹に、ハノンもまたイースフォウの力になりたいとは思っていた。あれだけの基礎力と実力なのだ。彼女としても自分に持っていないものに嫉妬すら覚えるが、同時に期待していた。

「イースフォウに無様に負けて欲しく無いじゃん」

三人が三人、自分の意見を言って顔を見合わせる。そしてクスリと笑った。

話の流れで確かめることになってしまったが、なんのことはない。

やはり三人とも同じことを考えていた。

誰一人として、ここに居ることを、イースフォウのために待つことを拒んではいなかったのだ。

「……でも、どうすればいいんだろう? 勝てる相手じゃないんじゃん?」

ハノンの疑問に、森野も悩む。

「ま、セオリーなら相手の弱点を突くのが一番だけどね」

「ですが、相手と弱点を突くにも、流派が同じこの状況、相手の弱点は自分の弱点ではないでしょうか?」

「確かにヴァルリッツァーの弱点を突く戦いは、イースちゃんには無理でしょうね。彼女もヴァルッツァーを使うわけだから……」

「じゃあ、スカイライン個人の弱点をつけば良いじゃん」

ハノンの言葉に、森野は首を横に振る。

「データを見た限りでは、バランスがいい上にどの能力も高いのよ。戦えば少しは相手の癖とかもわかると思うけど……」

森野の見解に、ハノンも続く。

「私は直接戦ったことは無いのでなんとも言えませんが……。彼女と戦った同級生に話を聞いてみたんですよ」

「へえ、そんなことしてたんだ、エリス」

「参考書を借りる次いででしたけどね」

エリスは自分の伝機から情報端末を起動する。

そこからひとつのファイルを取り出し読み上げる。

「曰く『速すぎて見えなかった』とか、『気付いたら病院のベットの上だった』とか『攻撃があたらなかった』とか、そんな意見ばかりだったんのですよね」

圧倒的な強さということか。どれも絶望的に情報が無く、参考になりそうもなかった。エリスはそのことも理解していたため、あえて今までこの情報を出すことはなかった。

だが、ハノンは首をかしげた。

「……なんか変じゃん?」

「どしたの? ハノンちゃん」

森野は今の話の中に、奇妙な点を見つけられなかった。一体ハノンは何を感じたというのか、彼女も気になる。

「……攻撃があたらなかったとか、見えないとか、なんかイースフォウの戦い方と全然違うんじゃん?」

ハノンのその指摘に、森野もハッとなる。

「……確かに、受けに回るヴァルリッツァーの戦術とは、なんか違うような」

「……そういえば」

読み上げたエリスもそれに気付く。

「どういうことかしら? ヴァルリッツァーにはこの前聞いた戦術以外にも、なにかあるのかしら?」

「どうでしょう……。まあ、確かに一子相伝に近いヴァルリッツァー仙機術には、そう言ったものが隠されていても、おかしくない様にも感じますけど……」

森野とエリスは首をかしげながら沈黙した。

イースフォウの話では、スカイラインはヴァルリッツァーの術に高い誇りを抱いているとのことだった。なので、森野としても他の戦術を使うというのは、想定していなかったのだ。

というよりは、想像していなかった。

しかしこれは問題である。もしスカイラインが想定していた以外の戦い方をしてくるとなると、今まで訓練してきたものを、もう一回見直さなくてはいけない。例え弱点は付けなくとも、ヴァルリッツァーの戦い方に何とか対抗出来るように訓練メニューを考えていたのだ。

そんなことをグルグル考える二人を見て、ハノンがため息をつく。

「まったく、悩みまくるとかイースじゃん。単純にスカイラインの相手が、ヴァルリッツァー仙機術を使うまでも無かったってだけじゃん?」

シンプルな答えだった。森野とエリスもその言葉には半ば納得しかける。

しかし、それを肯定する答えは、二人の口からではなく、別のところから跳んできた。

「なかなかいい読みよお嬢ちゃん」

「だれっ?」

ハノンは振り返る。

視線の先には、一人の少女がたっていた。

訓練場は、誰かが使用していても入ることは出来る。実際、ここを軍人や有名な使い手が使用する時などは、見学者が居ることもある。

だから、その場に誰が居ようが、学園の人間なら問題は無いのだが……。

「その通りよ、ハノンとやら。ヴァルリッルァーの術なんて使わなくとも、クラスメイトとの訓練はこなせるってだけよ。この『迅雷』にかかればね……」

アムテリア学園の学生服に身を包み、胸元にはカード……、いや携帯サイズに縮小された伝機を身に付けている。

顔立ちははっきりとし、どこか強気な雰囲気があった。

そして、目立つのはその赤毛。短めに切り揃えられたそれは、それでも彼女を象徴するかのように燃え上がる赤であった。

その顔を見て、エリスは呟いた。

「……スカイラインさん」

「あら、確か隣のクラスのエリス・カンスタルだっけ? 退院できたのね、おめでとう」

「意外ですね、私のことをご存知だなんて」

「成績が上の人は大体覚えているわ。一学期は上から数えたほうが早かったじゃない。病み上がりでなければ、あなたを模擬戦に誘っていたわ」

「私では役不足かと思いますけど……」

「ほかの奴らはみんな逃げたのよ。だからあなたでも良いわ」

「……そうですか」

『あなたでも』という言葉に、エリスは表情を崩すことなく話していた。しかしそのずいぶんな物言いにハノンはムッとした。

「いきなり来てなんの用なん? 特に用もないんだったら、あたしの訓練の邪魔じゃん!?」

「あらあら、私はあなたを評価したはずなのに、あなたは私を嫌うようね」

「……別に、それは関係ないじゃん」

「ま、いいわ。ちょっと様子を見に着ただけだから、あなたの訓練とやらの邪魔はしないわ……でも」

スッとスカイラインが目を細める。

「腰抜けもどうやら限界を突破したようね。あの子は本番に来るのかしら?」

腰抜け。それが誰のことか、三人は即座に理解する。

「まあ、曇天が如何にあがこうとも、私に追いつくことも無いか。本番に来たところで、手も足も出ないまま、地に膝を付けさせてやるけど」

ぎりっと奥歯をかみ締め、ハノンが叫ぶ

「こっ……!」

「腰抜けかもしれないわ」

「森野ッ?」

しかし、その言葉に、森野が割ってはいる。

ハノンはサッと森野を睨みつける。一瞬森野が何を言ったか分からなかった。

「でも、抜けた腰なんていつか治るものよ。そして、立ち上がったときは、前にも増して強固な足になるのよ」

「……」

森野の言葉を、スカイラインは黙って聞く。

「なるほど、あなたはまったく迷い無く突き進めるのね。さすが、迅雷のヴァルリッツァー。速い速い」

でもね、と森野は続ける。

「迷いが晴れたあの子は、きっと今よりもさらに強くなる。その時、いったいどこまであなたを脅かすのかしらね?」

森野が不適に笑う。その言葉に、スカイラインは顔をゆがませる。

「曇天が私を脅かす? ……失礼だけど、あなた上級生よね? 目の前の人の実力も分からないの?」

「それ以上言うと、ただの自信過剰な勘違いに間違われるわよ? なるほど、イースちゃんは貴方よりも『身の程を知る』ことは優秀なようね。足元すくうのは容易そうだわ」

その言葉が、スカイラインの堪忍袋の尾を切ったのだろう。

彼女が、胸元の伝機を乱暴につかむ。

「言わせておけばっ!」

ダッと、地を震わせてスカイラインは森野に突っ込んだ。

その手には戦闘状態に展開されていく伝機『レイレイン』。

「花よ!花よ!」

森野も、すばやく伝機の起動ワードを唱える。

「エリス! ハノン! 手を出さないでね!」

そう言って、両手に拳銃型の伝機を持った森野は右に飛ぶ。

「距離をとるか金髪。でも遅い!」

スカイランが跳ぶ。その速さは、森野の比ではない。

一で間合いを詰められる。

森野は冷静に弾を撃ち込む。速いだけで直線的。ならば狙うのは容易かった。

しかし、スカイラインはそれを急激な方向転換で避ける。

「直線だけと思ったか!」

さらに森野に接近する。

しかし、森野は不適に笑う。

「そうね、やっぱり直線的だわ。動きではなく、貴方の思考する軌道そのものがね」

「っ!」

何かに気付きスカイラインは森野から離れる。

其の瞬間、スカイラインが走っていた軌道に、森野の弾が彼女の背面から貫いていった。

スカイラインは弾の軌道を確認する。その先には訓練場の壁。

「反射……跳弾か」

「ヴァルリッツァーの使い手は本来、動くことに慣れていないのよ。だから読みやすいわ」

そう言いつつ、森野は弾を数発打ち込む。

「……言ってるがいい」

そういうと、スカイラインはさらに加速する。

「まだ速くなるか」

森野はそう呟きながらも、相手のスピードにあわせて軌道上に弾をばら撒く。

しかし、その弾一つ一つを、スカイラインは避けることで対処する。

森野は気付く。 なるほど、確かにスカイラインはヴァルリッツァーの術を使っていない。もともとの才能なのか、すばやい動きを使いこちらの攻撃を避けるばかりだ。

ヴァルリッツァー仙機術の、敵の攻撃を防御する戦法などまったく使う気配が無い。

「舐められているのか」

その呟きはスカイラインにも届いたらしい。

「私がそう評価したのよ! 貴方の実力をね!」

「まったく、先輩に対しての礼儀がなってないわね」

そういうと、森野は撃つのを止める。

「諦めたか!」

その一瞬で、スカイラインは一気に森野との距離を詰める。

一瞬で、森野の眼前にスカイラインはたどり着く。

しかし、森野はそれを待っていた。

「さあ、どこまで避けてくれるのかしら?」

ゼロ距離で、森野は左手のブルーローズから弾を撃つ。

しかし、それもスカイラインは避ける。

避けると同時に、スカイラインは伝機『レイレイン』を振る。

しかし、その攻撃を今度は森野が体を逸らして避ける。避けたと同時に、右手のピンクローズを撃ちはなつ。

しかし、その攻撃もスカイラインは避ける。そしてそのとき、森野がしようとしていることを理解した。

「……おもしろい」

「勝負」

次の瞬間、お互いがお互い、目にも留まらぬ速さで、ゼロ距離での攻撃を開始した。

撃っては避け、避けては斬りかかる。それがものの十秒で何十回と繰り広げられる。

「……全部避けてんじゃん」

「スカイラインさんも凄いですけど、……改めて森野先輩も恐ろしいです」

ハノンとエリスは、それをただただ傍観するしかない。

「森野は、エリスがヴァルリッツァーの術を使わない限り、相手と同じ高速接近で戦うつもりじゃん?」

「……そのようですね」

つまるところ、森野は挑発しているのだ。

『貴方のすることなど、私にでも簡単に真似できる』と。

スカイラインもそれをとっくの昔に気付いていた。

だが、それでも意地があった。ヴァルリッツァーの技を、今日始めてあったような、しかも先輩とはいえ学生ごときに使うことは、スカイラインとしては我慢出来なかった。

「……その意地には感服するけど、私をただの学生と一緒にしないほうがいいわよ」

「っほざけぇ!」

激昂するスカイライン。

だが話しかけた森野は、致命的な隙を生んでしまう。

「そこだぁ!」

スカイラインがレイレインを振りぬく。

森野は気付く、それが避けられない攻撃だと。

一瞬の判断で、森野は銃を構えなおす。一つはスカイラインの伝機に。もう一つはスカイライン自身に向けて。

スカイラインも気付く。森野の伝機の軌跡がどこに向いているのかを。しかし、攻撃を当てることに集中しており、回避が間に合わない。

(この金髪、相打ち覚悟か!)

「もらった」

「っく!」

スカイランは、その一瞬で術式を唱える。

「Please protect me!!」

それと同時に、森野の二丁の弾丸は放たれた。




「……まさか、学生相手にヴァルリッツァーの業を使うなんて……」

「まったく、貴方だって学生じゃない」

森野とスカイラインは、訓練場のど真ん中で互いの一撃を防いだ後そう呟いた。

「私の負けねスカイライン。無傷で貴方を本気にさせられなかった」

「私の負けです先輩。最後の最後でヴァルリッツァーの技を使わされた」

そう伝え合うと、二人はスタっと距離を空け構えを解いた。

「貴方の元なら、少しはイースフォウもマシになってるかも知れないわ」

「どうかなぁ。イースちゃんは現に今ここには居ないからねぇ」

「でも、先輩はあの子をちゃんと私と戦わせるつもりよね」

その言葉に、森野は笑いながら答える。

「それを決めるのはあの子よ」

「……そう。まあ期待せずにその日を待つわ」

スカイラインはそういい残して、その場を立ち去っていった。

訓練場は静まり返る。ハノンもエリスも、その光景を見守るしかなかった。

森野はスカイラインが立ち去ったドアに向かってポツリと呟いた。

「でもね、もし決めたとしたら、その時あの子は、想像以上に強くなってるのよ」

その言葉は、ただただ静かに、訓練場に響くだけであった。

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