1.曇天のヴァルリッツァー 『少女が逃げられぬ、一方的な宣告』
ヴァルリッツァーとは、とある仙機術の名家であった。
初代ヴァルリッツァーは伝機を片手に、あらゆる紛争地帯で多くの人々を救った仙機術使いであった。その実力は並外れていて、またその術は全て我流であったとされる。
そして、ヴァルリッツァーは自分の術を、子子孫孫代々伝えることとなった。
ヴァルリッツァーの本家は、現在四代目。そして、その四代目にも娘が居る。
しかしイースフォウがその本家の娘であるかと言われると、実は違う。
イースフォウはヴァルリッツァーの名を冠してはいるが、分家の生まれであった。
しかし、いかに分家とはいえ、ヴァルリッツァーの技術はその血を受け継ぐものに伝えられていく。そもそも分家も多い一族では無く、現在は本家の娘と分家の娘であるイースフォウ、二人の後継者しか存在しない。
そうして、イースフォウは幼いころからヴァルリッツァー式仙機術の修練を行い、現在に至ったのだ。
夕刻。イースフォウは学園から寮への道をとぼとぼ歩いていた。
補習はつい先ほど終わった。ほぼ一日を使った内容、これがまだまだ毎日続いていく。軍人を育成する学園なのだ、補習もそれなりに厳しく行われる。
「――しかしフォウ。お前、補習くらいもっとしゃきっとした方が良いんじゃないか?――」
若い男の声。どこかしら、ひねくれたような感じの声である。
「――……まあそればかりは、私の意見もクロと同じだわ――」
今度は女性の声。しかし、イースフォウの声ではない。もう少し大人の、少なくとも成人した女性の声。
その場にはイースフォウしかいない。だが、確かに他の男女の声がする。そしてイースフォウはそのことに対して、何ら疑問も持たず受け入れていた。
「――しかしよう、フォウ。お前さん、なんだ、何がしたいかわかんねえのか?――」
よく見ると、イースフォウの首から下がっているカード。彼女の使う伝機の携帯状態であるが……、そのひとつ、黒い石が光っている。
「――フォウ、悩みあるの?――」
今度は、紫色の水晶が光る。
声の主は黒い石と紫の水晶だった。伝機の中には、人工的な頭脳を持たせて、ごく人間的な判断で術者をサポートする機能をつけた物がある。一言で言うのなら、『喋る伝機』と言うものが存在した。
厳密に言えば、この黒い石と紫の水晶は、それとはまた違ったものなのだが……。
イースフォウは、この二つの人工頭脳を、自らの戦闘のサポートに使っていた。
「良かったら、私が相談に乗るけど……」
「……ありがと、ヒール。でも、大丈夫だよ」
紫の水晶に、イースフォウはそう答えた。
「しかしよ、ヒール。俺たちが相談になんて乗ったって、出来ることはたかが知れているし無駄だろう?」
「あのね、クロ。話をするだけでも、変わる事だってあるのよ。一番駄目なのは、自分の中で貯め込むことなんだから」
黒い石が『クロ』。紫の水晶が『ヒール』と呼ばれている。両方とも、イースフォウの父親が、イースフォウに託した物であった。
「ありがと、ヒール。でも本当に大丈夫だから」
しかし口ではそう言いつつも、イースフォウの心は晴れていない。
もちろん、晴れない理由は明白だ。昼間の実技補習の時のヤマノ教師の件が原因である。
あれからずっと、彼女はそのことを考えている。目標が無かったわけではない。将来の展望が無かったわけでもない。だが考えれば考えるほど、それがぼやけて滲んでしまうように彼女には思えた。
「ねえ、ヒール」
「なに? フォウ」
「わたしって、なんでこの学園に入ったのかな?」
その問いかけに、クロが答える。
「何言ってんだフォウ。仙機術の腕を磨いて軍に入って、行方不明のサードを探すんだろ?」
そのクロの答えに、ヒールも続く。
「あの日私たちをあなたに託して、どこかに消えたあなたのお父さん、ワイズサード。彼を探すために、まずは力をつけるって言ってたじゃない」
「うん、そうだったね」
イースフォウのアムテリア学園に対する志望動機である。
とある日『ちょっとやることがあってな。俺が居ない間、ヒールとクロと一緒に上手くやってくれ』と言って、彼女の前から姿を消した父親、ワイズサード・ヴァルリッツァー。それから実に、三年経ってしまった。
当時は、イースフォウも父のことを心配した。イースフォウの母は、『あの人のことだから、また世界を救っているんでしょう』と、冗談だか本気だかわからないことを言っていたりもしたが、やはりそれでもどこか寂しい表情をすることも多かった。
自らが父を探さなければならない。彼女がそんな風に思っていた時期もあったし、それを力とし学園の入試も突破した。
だが、時が流れれば、その時一大事だと思っていたことも、徐々に大した問題ではなくなる。
見事学園の入試に合格し、これから六年の学園生活が始まることを意識し始めた時、不意にイースフォウは気付いてしまった。
勉学に必死だったイースフォウが居た。母との生活を必死にこなすイースフォウが居た。
だが彼女は初めて考えた。『その間父のことを一体何度考えただろうか?』……と。
自分のことを考え必死に勉強し、母のことを考えて必死で生活し、それを心から頑張ることで、いつのまにか、父の居ない生活に彼女は慣れてしまっていた。
一回心の堰が切れると、あとはダムが決壊するように崩れていく。
そもそも、学園は六年制だ。六年間必死に勉強すれば、確かに最後には軍人になれる。この学園に入学して、中退などを考える人間は少ない。卒業率もきわめて高く、就職率も高い。だが六年、彼女が父を探せるようになるには、六年もの歳月を過ごさなければならないのだ。……それは、遠回りすぎやしないであろうかと、そんな風に思えてくる。
それ以前に、学園に入ると言うことは、寮暮らしになる。そうなると必然的に彼女の母が一人ぼっちになる。イースフォウには笑って家を出してくれたが、本当にそれで良かったのだろうか。
更に根本的に考えると、自分がなぜ父を捜したかったのか、彼女はそれすら答えを出せずに思えてくる。イー0すふぉうとしては、母の悲しむ顔が見たくなかったからというのもあったし、父親が居ない生活が想像できなかった自分も居た……。
だが、いつの間にか彼女は、父が居ない生活も慣れてしまった。もちろん父が居ないのは寂しいと思うが、……それは母を一人にしてまで解決すべき事だったのか……。
そんな事を考えて考えて、イースフォウはどんどん自分の進むべき道を見失っていく。
そしてある時、彼女はは自分が置かれている状況に、気付くことになった。
「私は……何がしたいんだろうか」
『したかったこと』は在った。だが、現在『したいこと』は全く思い浮かばない。そんな自分に気付いてしまった。
「そうか、だから私はやる気が出ないんだ」
まるで曇りきった空のように、どんよりと何も見えない。
前に進まなければ何も手に入らない事が解っているはずなのに、彼女はどこに進むべきか解らない。
否、進む意味が見つからない。
そんな風に、また思い悩む彼女の心を感じ、二つの石は語る。
「――フォウ。あなたサードが居なくなってから頑張りすぎたのよ。今日あの先生が言っていたように、少しずつ考えていけばいいと思うわ――」
「――はんっ。まったく回り道で仕方の無い話だな。だが、正直やりたいことなんて、生きていれば自然に出てくるものだと思うからな。そのうちどーにかなるだろう――」
「……うん、そうだね」
とは言いつつも、イースフォウの気持ちは晴れるとは無い。このままで良いはずが無い。だが、進み方が解らない。いや何のために進めばいいのかが解らない。
苦労して頑張って、この曇りきった道を進んで、何のためになるのかが解らない。
焦っていない筈なのに、だけど彼女は何かに焦っている。
だけどこんなにグルグル考えても、何も答えが出ないのだ。
イースフォウは、この時は深くため息をつくことしかできなかった。
そんな時である。
「まったく、久々に様子を見に来たら、さらに暗くなったんじゃないの? 曇天」
不意に、イースフォウは背後から声をかけられた。
どこか勝気な、そして夕刻の人気の居ない道に、よく響く澄んだ声。
その声に、彼女はとても覚えがあった。正直な所、今一番会いたくは無い、そんな声であった。
ゆっくりとイースフォウが振り向く。そこには一人の少女が立っていた。
アムテリア学園の制服に身を包んだ、赤毛のショートカットの少女。瞳は少々釣り気味で、勝ち来そうな性格がにじみ出ている。首からはイースフォウの伝機と同じようなカードを下げているた。
「……スカイライン」
彼女の名前はスカイライン・ヴァルリッツァー。ヴァルリッツァー本家の跡取り娘であり、才気あふれるその実力から、『迅雷』の二つ名を得た仙機術使い。
そして、イースフォウの幼馴染であった。
「久しいわね、イースフォウ。お元気だったかしら?」
「……スカイラインも、相変わらずみたいね」
「あら? 何か噂でも立っているのしら?」
「学年主席候補が、なんの噂にならないとでも思ってるの?」
そんな事。解らない訳がないのだ。解りきった事をさも知らない様に言われて、苦々しい気持ちになる。
今年度、アムテリア学園に入学すると同時に、またたくまに頭角を現し、今では第一学年の主席候補、いや主席確定と言われている、イースフォウの幼馴染にして遠い親戚だ。
賞賛は学園の身では無い。……むしろイースフォウにとっては学園の噂など特に気にも留めるモノでは無い。
元より、彼女はヴァルリッツァー家でも、『初代に並ぶ才能を持って生まれた』と賞賛されていた。。
事実、ヴァルリッツァーの秘儀のほとんどを、十三歳と言う年齢でマスターしてしまった。まだ駆け引きなどで大人には勝てないこともあるが、もう数年すれば親族の中では最高の使い手となるであろう。そう評価されている。
対してイースフォウは何かと比べられた。並べられて評価されることによって、彼女に良い評価が下されることはほとんどなくなった。
それに……、
「しかしまあ、あなたの噂も親族の間じゃそれなりのものよ」
「……何のことやら」
イースフォウとしては恍けるつもりはない。だが、やはり自分の口から言うのも躊躇う事である。
しかし
「あんたが、留年しそうだっていう話よ。親戚一同、口をそろえているわよ。分家とはいえ、ヴァルリッツァーの人間とは思えないってね」
笑いながら、そんなことをズバッと言う。
「……っ!」
昔から、この少女はそうであった。自分ではそうは思っていないのかもしれないが、物言いに遠慮が無い。
才能を持って生まれた人間特有の、他者を低く見る傾向。おそらく、彼女に欠点があるとしたらそこなのだろう。
しかし、それでもスカイラインの言うことは真実。イースフォウは何も言い返せない。
「学園に入学できたのは、まあ認めてあげる所業だったわ。でも、今のあなたは何かしら? まったく昔と変わっていない、何もできない哀れな『曇天』のままね」
『曇天』と言う言葉に、イースフォウはギリリと胃が痛くなる。
ヴァルリッツァーの使い手は、ある程度の術者になると、二つ名を得ることになる。スカイラインは幼い時に前例がない程に早くその二つ名を得ており『迅雷』。彼女の雷のような俊足がその由来である。
もちろんイースフォウはそんな二つ名など得てはいない。しかしスカイラインは、二つ名を得て三日たった日、日課の修練をしているイースを見てこんなことを言ったのだ。
『まったく、何その迷ってばかりの太刀筋は。曇りまくっているじゃない』
その日から、スカイラインはイースフォウのことを『曇天』と呼ぶようになる。
それだけなら良かったのだが、周囲がその『曇天』を認めてしまう。
それ以降イースフォウは、事あるごとに周囲から『そんなんだから曇天言われるのだ』と叱咤されるようになった。
そう、イースフォウにとっては呪いの言葉。聞くたびに悔しさで心がねじ曲がりそうな呼び名であるのだ。
だが一方で、イースフォウはその言葉を受け入れてしまっていた。
「……所詮私は、曇天よ。その曇天に、主席のあなたが何の用? 私なんかに構ってないで、勉学に励めばいいじゃない」
その言葉に、スカイラインはにやりと笑う。
「へえ。そのくらいは言い返せるんだ。完全に腐ってるわけじゃないのかしら」
「腐ってるつもりはないわ。ただちょっと、気分が乗らないだけよ」
そう言うと、イースフォウはスカイラインに背を向ける。
「用も無いんでしょ? 馬鹿にしに来ただけなら、もうほっといて」
そう言って、その場を離れようとした。
「いやあ、用が無いってわけじゃ」
そこまでは聞こえていた。
しかし、次の瞬間、イースフォウは背中に、ガツンと鈍い衝撃を感じた。
そして、気付いた時には、道のわきの草むらに頭から突っ込んでいた。
「ないのよ」
「がはっ!」
イースフォウは身体が軋みを立てて震えるのを感じた。。震える手でスカイラインの方を見る。彼女はその手には蒼色に光る剣型の伝機を構えていた。
何をされた? 攻撃されたようだ。なんで? 解らないけど仙機術か。でもだとしたら無傷のはずは……。手加減? じゃあ戦っていいの?
そんな風に思考がぐるぐると、少し混乱気味に駆け巡る。
いや、そんな場合では無い。如何にイースフォウが混乱していようと、今立ち上がらなくてはならない事は判断できた。
それを見て、スカイラインはイースフォウに声をかける。
「とっとと伝機を展開しなさいよ。それとも、このままただ嬲られたいの?」
スカイラインの言葉に、イースフォウは察する。この場で一戦交えようと言うのが彼女の望みらしい。
(でもどうして……)
まだ迷う。
しかし、スカイラインはこれ以上待つ気などなさそうである。
このままやられるわけにはいかない。イースフォウは半ば防衛本能に任せながら、胸元の携帯型に縮まっている伝機を両手で包みこんだ。
「クロ、ヒール、解放して!」
同時に手の中から光があふれ、次の瞬間イースフォウはロングスカートにアーマーと、戦闘スタイルへと姿を変えていた。
「何を…するの!」
「この迅雷が、ヘタレたアナタに喝をを入れようって言うのよ!」
そう言うや否や、スカイラインはイースフォウに跳びかかった。
余計なお世話だと思った。そんなことを発言するほど、イースフォウに余力は無い。
急いで術式を編む。
「Please protect me!!」
ヴァルリッツァーの術の中でも初歩の初歩。効果は伝機の耐久力を上げ、さらに相手からの衝撃を緩和する術。
「石の剣!!」
次の瞬間、イースフォウの持つ伝機が仄かに輝く。
鈍い衝撃音。イースフォウの伝機は、しっかりとスカイラインの伝機を受け止めた。
イースフォウの伝機『ストーンエッジ』はヴァルリッツァーが特注で作らせた、専用の剣型の伝機である。ヴァルリッツァーの戦術を意識している為、その刀身には使用頻度の高い技の補助術式が組み込まれており、短い術式で即座に技を発動できるように作られている。
ただ、ヴァルリッツァー専用の伝機なのはスカイラインの『レイレイン』も同じであった。さらにスカイラインは指の細かな動きで術式を編むため、一挙一動が恐ろしく早い。
連続で、イースフォウは切りつけられる。
「っぐう!!」
だが、イースフォウはそのすべてをしのぎ切る。『石の剣』はヴァルリッツァーの初歩の術だが、防御に関しては優秀な術であった。
相手の攻撃の衝撃を大きく消すことが出来るため、連続した攻撃も、目で追えれば受け止めることが出来るのだ。
「相変わらず、『石の型』は出来るみたいね」
「なめないで!! 私だって初歩くらい出来る!!」
イースフォウはそう叫びながら、剣を振るった。しかし、次の瞬間には目の前からスカイラインの姿が消える。
速いのだ。スカイラインはこの目で追えない速さで、敵を翻弄する戦術を得意としている。
「でも、太刀筋が見えなければ、『石の型』では何もできないでしょう?」
その瞬間、イースフォウは迷う。
右か、左か、後ろか。相手はどこから攻撃してくるのか。
迷った挙句、……結局動けない。
「っがは!」
イースフォウは、右脇腹に鈍い衝撃を感じた。あまりの苦しさに、膝が折れる。
「……う、……ぐぅう…!」
伝機を杖代わりにするも、立ち上がれない。そんなイースフォウのすぐ横で、スカイラインが彼女を見下ろしていた。
「何今の? 防御出来ないにしても、全く動かないっていうのはどういう事? やっぱり初歩も出来ていないじゃない」
「っくう!!」
息も絶え絶えになりながら、イースフォウは伝機を振るう。スカイラインはそれをひょいと後ろに下がりながら避ける。
「――フォウ、落ち着いて!! ――」
不意に、手元のから声が聞こえた。
「――いかに速くても、予測して対処することはできるし、『石の型』にこだわらないで、少しでも動くのよ!――」
ヒールだ。ヒールがアドバイスをする。
しかし、イースフォウは首を横に振る。
「だめだよ。相手が速すぎて、私が少し動いたくらいじゃ……」
「――馬鹿かお前は。突っ立ってるだけじゃ、八方向から襲われるだけなのが解んないのか!? ――」
クロも口を出してくる。
「解ってるわよ、そんなこと! でも……追いつかれたら!!」
などと話していると、スカイラインはいつの間にかイースフォウの眼前に移動している。
「っくう!」
すんでのところで、イースフォウは伝機で攻撃を受け止める。
「あのね、イース。せっかく良い人工頭脳積んでるんだから、少しは有効に使いなさいよ」
冷めた目で、スカイラインはイースフォウに語る。
「まあ、駄目ね。いくら有能なアドバイスをくれる物があったって、曇って何も見えないで迷ってばかりのあなたじゃ活用できないのよ。……そんなんだったら、とっととその伝機を捨てなさいよ、貴方には過ぎた物だわ」
スカイラインが一気に伝機を振りぬく。イースフォウは『石の剣』の効果もろとも弾き飛ばされた。
「っがは!!」
そしてイースフォウは、再度背中から壁に衝突する。衝撃で、壁にひびが入った。
頭でもぶつけたのだろうか。イースフォウは揺れる視界の中で、何とか意識を保つ。
伝機による防御力の強化が無ければ即死している。
「じょ、冗談じゃないわよ!! こんな辻斬りみたいな真似して、なんだって言うのよ!!」
イースフォウはそう言いつつも、立ち上がって伝機を構える。
しかし、それでもまだ迷っている。
スカイラインがなぜこんなことをしているのか解らない。何か理由があるのか、自分が何かしたのか。いや、自分がそもそも戦っていいのか。何か意味のあることなのか。
この次、自分は攻撃していいのか。
「――フォウ!! 迷っちゃだめよ!! ――」
「――て言うか、ここまでぶん殴られて、なんでまだ迷えるんだかなぁ――」
二つの人工知能は、イースフォウの迷いを指摘した。だがその指摘にさえも、イースフォウは迷う。
迷わないで本当にいいのかと……。
「――フォウ……!――」
その迷いを読み取ってか、ヒールが悲しげな声を上げる。今のイースフォウに何を言えば良いのか、もはやヒールには解らなかったのだ。
そんなヒールの様子に気付いてか、クロがため息交じりに呟いた
「――……ったく、世話の焼けるご主人と相棒だ――」
そして、スカイラインに声をかけた。
「――おい、迅雷!! ――」
「なによ、人工知能」
「――悪いが、フォウは駄目だ。少なくとも、戦う意味を見出さないとずっと戦うことに迷い続けるぜ?――」
その言葉に、スカイラインは鼻で笑いながら返す。
「攻撃を受けても尚、戦う意味が無いと言うの?」
そして、はき捨てるように言う。
「だったら死ねば?」
そう言って、レイレインを構える。
「――まあ、待てって――」
しかし、クロは食い下がりつつも話を続ける。
「――普通に考えりゃ、あんたが辻斬りじみたことをするなんて、なんか裏があるんじゃないかって考えるだろう? 何も意味もなく、いきなりこいつに会いに来て襲い掛かるなんてあり得ない。何か理由もあるんだろう?――」
「確かにそうだけど、気が変わったわ。そんなヘタレはここで再起不能にした方が、ヴァルリッツァーの為になる。それで、私がこの子を叩きのめすのには十分な理由でしょう」
しかしその回答に、クロは笑いながら返した。
「――つまり、やっぱりもともとはなんか用事があったってわけじゃねえか。それを聞かせてもらってからでも、戦うことはできるだろう?――」
そのクロの物言いに、スカイラインは冷たい目で睨み付ける。
「たかが人工頭脳ごときが、この迅雷に意見するか。……イース、あなたはつくづく、私をいらつかせる存在ね」
しかし、言葉とは裏腹に、スカイラインは構えを解く。
短いコードを呟き、伝機を形態サイズへと、カード型に変化させる。
そして一息つくと、スカイラインは口を開いた。
「イース。私はあなたを許せないわ」
「……なんのこと?」
「迷うだけ迷い、足踏みばかりして、そして前に進もうとしない、その堕落。世間がそれを許すとしても、ヴァルリッツァーの名を冠する以上、これ以上は死に値する罪だわ」
「私だって、好きでこうしてるわけじゃない!!」
「好きだろうが嫌いだろうが、あなたの罪は消えないでしょう? 事実、本家ではあなたにそれ相応の罰を与えようと言う意見もあるわ」
「私は分家の人間よ!!」
「関係無いわ。誇りあるヴァルリッツァーの名を冠する限りはね」
誇り……その言葉にイースフォウはうんざりする。そんなものを押し付けないで欲しい。一体そんなものがどれほど大切なのかと……。
「……ふん、その人工頭脳のせいで興が逸れたわ。本気で、今日ここで再起不能にしようと思ったけど、それじゃ生ぬるいわ」
「――おいおい、俺のせいかよ――」
スカイラインは、懐から一通の手紙を取り出し、イースフォウに放り投げる。
イースフォウは取ろうともせず、地面に舞い落ちたそれを見つめた。何のかざりっけも無い封筒だが、割り印に見覚えがあった。
ヴァルリッツァーの紋章である。
「本家の人間は、あんたの今の実力をその目で見たがっているわ。公の場で、私とあなたを戦わせたいようだわ。その手紙には、その旨が書かれている」
「公の場?」
もう一通、スカイラインが封筒を投げてよこす。今度の封筒は、学園の校章が印刷されているものだった。
「三週間後に年末のイベントで、選ばれた学生の模擬戦闘が公開されるのよ。私は主席候補だからもちろん参加する」
イースフォウにも聞き覚えがあった。
毎年、その一年の成果を発表すべく、各学年から二人ずつ選抜され、1対1の模擬戦闘を公開するイベントがあるのだ。
だいたいは、主席候補と次席候補が選抜されるのだが……。
「私が強すぎてね、候補がみんな尻尾まいて逃げるから困っていたのよ」
イースフォウは嫌な予感がした。
「……まさか」
にやりと、スカイラインは笑う。
「あんたが参加するのよ。私の相手にね」
そう言うと、スカイラインはくるりと背を向ける。
「やっぱり、誰も居ないところで、貴方を叩きのめしたって面白くないわ。そのイベントなら、戦う意味やら理由やらにもなるだろうし、あなたも少しはマシになるでしょ」
スタスタと、その場を後にする。
「その場で改めて、あなたを二度と表舞台にたてないようにしてあげるわ」
そんな言葉を残し、彼女は消えていった。
気付けば、あたりは暗くなっていた。ぽつぽつと街灯がともり始めている。周囲に人の気配はなく、ただただ静かに風の音だけが鳴る。
イースフォウは未だ伝機を構えて立ちつくしている。
身体のあちこちが痛い。良いように翻弄され、殴られた。しかし、それでも大した怪我をしていないのは、やはりスカイラインが手加減をしていたからだろう。
しかし、身体は大した怪我が無くとも、心はそうもいかない。
「……なんだって言うのよ」
悪態をつく。お腹のあたりがもやもやと重い感じがする。
「……フォウ、伝機をしまいましょう」
「そうだな。誰も居ないが、この暗い道でその格好は物騒だ」
人工知能の石達に指摘されるが、イースフォウは武装を解除しない。
「……なんだって言うのよ、本当に」
ただただ、そう呟くのみであった。
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