1.曇天のヴァルリッツァー 『少女が見た、学友の模擬戦』

「いけ!鎖よ!」

先に動いたのは、ハノンだった。彼女は大きく腕を振り、左右両手から鎖を展開する。

ハノンの使う伝機『ローズチェーン』は、通常は腕に付いている収納器に収納されている。自由自在なうえに、ハノンの仙気術の効果により、ある程度なら鎖をさらに長くしたり一部分切り離したり、さらにはそれを遠隔操作、透過等、さまざまな形で振るう。

鎖と言う事もあり、それ自体を振り回すことで攻撃力を確保もできる。だが、鎖で敵を捕獲して、関節などを決める事により相手を無力化する事こそ、その術の肝であった。

そう、彼女の仙機術は、鎖を変則的に操作して敵を捕縛、妨害する事を得意とするのだ。

そのハノンが、一手目に鎖を思い切りブン回す。そこに捕縛や妨害の意思は薄い。ハノンの性格と言う面もあるが、まずは様子見の一手と言ったところであろうか。攻撃主体の術師でないことを考えると、不意の一撃とも見て取れる。

エリスはそれを身をよじって回避しつつ、呪文を唱える。

「T―28型戦闘杖、コード〇〇〇一!範囲十の二乗!効果索敵!」

端的に、教科書に載っているそのままの術式を唱え、エリスはハノンと自分が戦っている空間を読みとった。

「っく、逃がさない!」

ハノンは、再び大きく両腕を振り回す。腕から伸びた鎖は波を帯びエリスに襲いかかる。

しかしエリスはその鎖を、あえて杖と空いた左手で受け止める。

「っくぅ」

如何に捕縛等が主の技とは言え、振り回された鎖にはそれなりの衝撃があった。エリスは手のしびれを感じる。

だが、これで良いのだ。

両脇に避けていたら、ハノンがすでに初撃で設置した、見えない捕縛陣に捕まってしまっていた。

「……大丈夫。悪いけど、見えています」

エリスはそうつぶやくと、意識を集中させる。

彼女が初めに唱えた呪文は、周囲の隠れた敵や罠を索敵する術である。

そう、彼女にはハノンがこっそりと仕掛けた罠が見えていた。

罠の数は6つ。鎖を振り回したと同時に、ハノンのそのオーバーな身体の動きが術式となり、鎖が通った軌跡に罠が仕掛けられたのだ。

だが、エリスには見えていた。故に、罠の無い安全な道筋も見える。

「T―28型戦闘杖、コード〇〇一二!範囲五の二乗!効果爆裂!」

それでも、エリスは突っ込まない。そもそも、エリスとて近接攻撃は得意としない。ハノンに対し、遠距離からの爆裂術を使用した。

「おおっとと!」

だが、ハノンも爆裂術にすぐさま反応する。術式を音声で組み立てる場合、細かな効果や範囲が設定できる半面、隙も大きくどのような術化が相手にもばれやすい。

ハノンはエリスの爆炎魔法を避けながら、左右の腕を大きく振って、術式を組み立てる。

その大きな動きに鎖が大きく振られ、それをつかんでいたエリスも引っ張られた。

そのまま宙に飛ぶエリス。その先には、先ほどハノンが設置した術の罠がある。

しかしエリスはすでに、その罠に対する術式を完成させていた。

「T―28型戦闘杖、即席術!罠解除!」

次の瞬間、エリスの目の前に迫っていた罠をはじめとする、範囲内の罠かすべて解除された。流石は広範囲に影響する術を得意とするエリスである。

「腕を振り回すことで印を組んでいたようだけど、やっぱりそれだと術式が簡単すぎますね! すぐに解除できます」

「ふふふ、やるじゃん!」

エリスの指摘に対し、ハノンはむしろ好敵手に出会ったと喜ばんばかりに、さらに術式を組み始める。

だが、エリスの索敵術は未だその効果を続けている。

エリスの感覚に、次々と情報が流れてくる。

捕獲系の罠が、エリスの周囲を取り囲むように作られている。さらに、その罠は鎖がぶつかるたびにはじかれ、位置が変化する。

縦横無尽に弾き飛ばされ動き回る罠に、エリスは感嘆する。

「でたらめですね、すごい術です」

「褒めてる場合じゃないんじゃん!?」

そう言ってハノンは、今度は自らの身ごとエリスに接近する。

鎖を撓らせ、その反動で一瞬でエリスに到達する。すさまじい速度であった。

だがあと数歩でエリスに手が届くと言ったところで、光の輪がハノンの腰を縛り上げられた。

「っく!捕縛術!」

「私だって支援系ですからね、設置系の罠も仕掛けられます。あなたの専売特許じゃないですよ!」

エリスがこっそりと印を使って組んだ術式の罠であった。

その隙に、エリスは術式を組む。

「T―28型戦闘杖、コード〇〇一二!」

「させるかああああああ!」

ハノンは自由の効く両手で鎖を操り、エリスに殴りかかった。

「範囲五の二乗!効果爆裂!」

しかし、その鎖がエリスにたどり着く前に、エリスの爆裂呪文が炸裂した。

轟音。一瞬にして、ハノンは閃光に飲み込まれる。

確実に当たった、そんな風に見えた。

だが、エリスはすぐさま横に跳びのく。彼女の索敵に、迫りくる何かが反応したのだ。

(敵影!!)

次の瞬間、煙の中から二本の鎖が飛び出した。

一本はエリスが飛んだ逆側の空間を貫く。

「っきゃ!」

そして、もう一本は、一瞬にしてエリスの胴と左腕を纏めて縛り上げた。

エリスはその鎖を見て、つぶやく。

「……捕まりましたか」

「でも、あたしも今の爆撃が左腕に当たったじゃん」

そう言って、煙の中からハノンが姿を現す。

「とりあえず模擬術だから痛くは無いけど、左手負傷ってことで、ここからは片手で戦うけど良いん?」

そのハノンの問いかけに、エリスは答える。

「ヤマノ先生が止めと言うまでは、続行ですよ?」

「ああ、ごめん。あたし学園の模擬戦って初めてじゃん? どこまでやって良いのか解んないんよ」

「なら、まだまだここからです。私はあなたにダメージを負わせ、あなたは私の動きを半分止めたってだけです」

まだ、ここから戦いは続くのだ。

「来なさいな、お嬢さん。私はそんなに強くないですよ!!」

「おもしろいじゃん。一本絶対取ってやる!」

そう言って、二人は再びぶつかり合った。




「ハノン君の使うローズチェーンは、かなり癖がある伝機だ。攻撃の特化した♯使いが使うと、操作技術がおぼつかないから、ただの攻撃力の高い鎖ってだけになってしまう。♭使いでないと、罠を張ったり、鎖自体で敵を捕縛したりするのが難しいんだ」

ヤマノ教師は森野とイースフォウに、二人の戦いの解説をしていた。

「その点、ハノン君は上手く伝機の特性と、自分の能力を生かしている。その上で彼女は相手を捕縛することが、自分の戦闘でこなす最重要事項と取っているのさ」

その解説に、森野は相槌を打つ。

「確かに、ハノンはかなりのお転婆娘だし、口では過激な事を言うけど……。なりふり構わず突っ込む戦いはしないですね」

「自分の戦い方を、理解しているんだ。正直、あの若さでこれだけ戦えるのは、学生の中でもそんなに居ないだろう」

そしてヤマノ教師は、今度はエリスを指差し話す。

「エリス君は一見、教科書通りの戦いをしている。……いや、間違いなく教科書通りだ。術式は教科書に書かれている文言の引用。伝機は未だ学園から支給された物。まずは自分の周囲の状況を探り、その中から最善の道筋をなぞるのも、戦術の教科書通りだ」

「でも、あんな子他に居ないですよね。他の子はもっと、自分なりの工夫を取り入れていくと思います。あれでは真面目すぎると言うか……正直すぎるというか」

「ああ。だが、だからこそその教科書通りが彼女のオリジナルになりつつあるんだ。彼女は彼女なりに自分の最善を考え、そしてあのスタイルに拘るようになったんだろうな。きっと、あのまま自分の技術を上げていくだろう」

そして、そう言いつつヤマノ教師は、イースフォウの方を見た。

「で、イースフォウ君」

「……何でしょう、ヤマノ先生」

相変わらず、どこかボーっとしている彼女に、ヤマノ教師は声をかける。

「あの二人の戦いは、まるで他人事のようかい?」

事実、イースフォウは目の前の戦いを、他人事のように眺めていた。

「…………」

そのヤマノ教師の言葉に、イースフォウは反応を返さない。だが、心の奥底では、その見透かされた指摘に対し、少しだけ動揺する。

少しだけ考え、尋ね返す。

「……そう見えるのですか?」

「まあな。て言うか、そこまで無関心そうに見てれば誰だって解るさ。……なんで、他人事のように感じるか、解るか?」

そう問いかけられて、イースフォウはゆっくりと考える。

あの二人は、きっと自分とまったく違う存在。レベルとかそういう話ではなくて、根本的な気の持ちようが、自分とは違うのだ。そんな風に彼女は分析する。

では、何が違うのか。

戦い方が違う。でもそれは当り前であろう。イースフォウは彼女達とはまた違う。属性も範囲も、彼女たちとは術の質自体が違う。

だとすると仙機術を触った期間が違う。……だが、これに関しては、イースフォウ自体の仙機術経験の長さは、同世代の人に比べれば長い。下手すると、彼女達よりも長い筈だ。

ならばあの二人は戦いを楽しんでいる。……も、何か違う。とイースフォウは思う。確かに彼女たちはそこそこ戦闘を楽しんでいるようだし、自分はそこまで楽しめないだろうとはイースフォウも思う。だが、楽しいかどうかだけでは、自分の無関心さがどういう理由から起きているものかがわからない。

そして、彼女はふとヤマノ教師の先ほどまでの解説を思い出す。

彼は再三言っていた。『自分の』『オリジナリティ』『スタイル』。

それなのだろうか? 自分にはそれが無いのだろうか? イースフォウは考える。

無いと思えば無いかもしれなかった。彼女の獲た仙機術は、家が代々受け継いできたもので、『ヴァルリッツァー』の術であって、『イースフォウ』の術ではないのだ。そう言った意味では、オリジナリティは無いと言える。

「……私は、自分のオリジナルの術を持っていないから、あの二人の戦いを見てもピンとこないんでしょうか?」

しかしその答えに、ヤマノは首を横に振る。

「それは、まあ五十点ってところだな。不正解ではないが正解でもない」

「……何が間違いなのでしょうか」

ヤマノは苦笑しながら答える。

「彼女たちだって、なにも自分で全てを選んで、今ここにいるわけではないのさ。確かに、彼女たちが持っていて、君が持っていない物はある。でも、それは必ずしも自分のオリジナリティではないのさ。誰かに影響されたり、誰かからの受け売りだったり。……エリス君なんか解りやすいじゃないか。あの子の扱う術はオリジナリティに成りつつあるものの、やはり何かから影響された色が強い」

「でも、五十点なんですね」

「君のヴァルリッツァーの術も、全く無関係ではないからさ」

ヴァルリッツァーの術……その言葉にイースフォウは、少しばかり心がちくりと痛む。

それがどのような形でかは解らないが、やはり自分を縛る鎖になっているのだと思うと、……心が沈む。

「……難しいです」

そんな答えしか、今の彼女には出せなかった。

だがそんな話を横で聞いていた森野は、納得したような表情でつぶやいた。

「ああ、でも私は何となくわかったなぁ」

「解ったんですか? 森野先輩」

イースフォウの問いかけに、森野は笑いながら答える

「ええ、なんとなくだけどね」

「教えてくれますか?」

森野は首を横に振る。

「早く理解した方が良いけど、でもゆっくりと理解するしかないわ。そして、それはいろいろなことを見て、感じて、そして答えを出さないと、本当の正解にはならないのよ。そうですよね、先生?」

森野の言葉に、ヤマノもうなずいた。

「まあ……一つ言えるとすれば、君がここで何をしたいのかを考えると良い、ってことか」

「何をしたいか……」

イースフォウは呟く。呟いて……解らなくなる。

確かに、自分は目的があってこの学園に入ってきたはずだ。仙機術をもっと学びたかったはずだし、それを活用して解決したいこともあった。……そう思っていたはずなのだが。

ある時考えてしまったのだ。『本当に、自分はそれを望んでいたのだろうか?』と。

自分は何をしたかったのだろうか。この学園に入ったのは、たった8カ月前の話なのだが……。あの時の自分は何かを求めていたはずだったのだ。

なのに今は、何も解らない。

イースフォウはぐるぐると思考する。しかし、何を考えても、同じ考えが繰り返されるだけ。一向に答えは出そうにもない。

そんな彼女の様子を見て、ヤマノ教師は苦笑しながらイースフォウの頭にポンと手を置いた。

「心配するな。解んなくなったことを解るようにするのが補習なんだ。時間をかけて考えれば良いだろう」

その言葉に、思ったよりも大きな手に、イースフォウは小さく頷く。

不安は無い。焦りもない。ただただ、イースフォウの心は空虚だった。

でも、こんな空虚が無くなるのなら、この補習ももう少し真面目に受けようかと、そんな風にイースフォウは考えた。

そんな彼女の手に握られている伝機。それにはめ込まれた黒い石と薄紫の水晶は、どこか悲しげにキラリと光を放っていた。

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