2.迷い 『少女が受ける、実戦的な訓練』
次の日、イースフォウはアムテリア学園の職員室に呼びだされた。
しかし、担任はこの休み期間学園には不在である。その為、補習担当のヤマノ教師に呼び出される事になった。
「俺も一応、反対意見は投じたんだがな」
苦々しい表情をしつつ、ヤマノ教師はイースフォウに一枚の紙を渡した。
そこには『指令書』と簡潔に書かれている。
アムテリア学園は軍人を育成する教育機関である。その教育は、一般的な教養から仙機術を使用した戦闘訓練、そして実際の作戦に参加して経験を積む実地訓練がある。
この実地訓練、実のところ足りない軍力を補うために、学生の力を活用すると言った目的がある。ようは軍の正式な作戦として指令が下りることになるのだ。そのため、学生は日常的に指令書を受け取り、作戦に参加する。
と言っても、イースフォウのような一学年は、まだまだそういう作戦には参加する機会は少ないのだが……。
その指令書に書いてある内容は、昨日のスカイラインが話していた件であった。
「確かに今年の一学年で、学園に入る前から仙機術を学んでいた人間と言うと、君を含め少数しか居なくてな。しかも、あのスカイラインを相手にするとなると……」
「先生は、私があの子に太刀打ちできると思っているのですか?」
その質問に、ヤマノ教師は苦笑しながら答える。
「まあ、それは君次第だと思うが」
だがな、とヤマノ教師は続ける。
「今の君じゃあ、何もできないだろうな。だから、俺は反対したんだが……」
しかし、そこは彼も軍人。軍の指令は絶対である。
「まあ、やることが決まったのなら、俺もそれなりに協力する。補習内容を、より実戦向きに変更するつもりだ」
「実戦向きですか……」
「とりあえず、朝の補習は訓練場で行う。他のメンバーにも伝えてくれないか?」
「解りました」
そう答えながら、もうこのイベントからは逃げられないことを、イースフォウは改めて思い知った。
訓練場に集合しヤマノ教師を待つ間、イースフォウは補習内容の変更の理由について三人に話した。
「へえ、イースちゃんあのイベントに出るんだ」
軽く準備運動をしながら、森野は話す。
「あのイベント、参加者はかなりマジだし、参加するとなるとなかなかに大変ね」
「森野、知ってるの?」
ハノンは地べたに座りくつろぎながら聞き返す。
その質問には、参考書を読みながらエリスが答える
「ハノンさんは知らないかもしれませんが、学園のイベントの中でも年末の公開模擬戦はかなり盛大に行われるのですよ」
「へえ、そうなんだ」
「去年の模擬戦は、私も受験前の見学の一環で見に行きましたけど、低学年の方も本業の軍人顔負けな戦闘をしていました」
「去年の第一学年って、どんな子が参加したの?」
「ん~、私もそこまでよく覚えてないので……」
「森野は、覚えている?」
そのハノンの質問に、森野は頬をぽりぽりかきながら、
「あ~、ええとね」
なにやら話しにくそうな反応をする。
「ええとも何も、去年の参加者はこいつだよ、梨本森野だ」
「あ、先生おはようございます」
いつの間にか現れたヤマノ教師が、森野の頭にポンと手を置きながら語る。
「こいつが、去年の第一学年の参加者だ。去年は、こいつともう一人の奴が、最初から嫌味なくらいに高度な駆け引きを組み込んだ戦いを繰り広げちまったんだよ。そのせいで、二年、三年の模擬戦闘がかなりレベルの低いものに見られちまったんだとさ。俺も録画でその戦闘は見たが、一年の戦いじゃなかった」
若干照れながら森野は否定する。
「いや、それは言いすぎでしょう。たまたま、お互いが攻撃的な術者だったから、激しくぶつかり合っただけだし、私も結局負けちゃったし」
「まあその話も、おいおいしてもらうとして、全員整列しろ~」
ヤマノ教師の号令に、四人は整列する。
「さて、話は聞いたと思うが、イースフォウが三週間後の公開模擬戦の代表に選ばれた」
「イースフォウは優良生徒じゃないじゃん。補習生じゃん」
「ハノン君、別に公開模擬戦は優良な学生しか参加できないと言う規則は無い。戦闘を行える学生が、たまたま優良な生徒に多いから、主席候補や次席候補が選抜されるだけだ」
「実際、私も去年は優良な生徒として選ばれたわけじゃないからねぇ。まあ、相手は主席候補の真面目君だったけどね」
「毎年、例外はあるんだ。まあ、わざわざ補習学生を選ぶのも珍しいが……」
とあるところからイースフォウの推薦があったと、ヤマノ教師は皆に説明した。
「決まってしまったものは仕方無いし、出来れば三週間イースフォウの訓練に付き合いたいのだが」
ちらりとヤマノ教師は、一人の少女を見る。
エリスであった。補習など、本来なら受けることの無いような、真面目な生徒である。とある理由で病院に入院してしまい、そのために学業が遅れたことに心から焦っている。
彼女としては、他人に構ってる暇などない。こんな回り道は絶対に避けたいだろう。
「……安心してくれ、エリス君。ちゃんと補習として役立つように……問題なく君の遅れは取り戻すから、だからそんなに睨まないでくれ」
「ありがとうございます。イースさんのことも心労お察ししますが、私も自分がかわいいのです。補習は補習で行いたいです」
ヤマノはその言葉に深くうなづく。
「まあ、他の三人を巻き込むのは筋違いなのも解ってる。だが、俺も身体が一つしかない。なので、この際補習はするとしても、多少内容変更して、どちらかと言うと実戦をベースに補習を行おうと思う」
その言葉に、エリスは眉をしかめる。
「実戦向きってことですか? 私は座学こそしっかりやりたいのですが」
「補習中平気で他の参考書にかじりついている君が言うと、どこまで本気か解らんのだが……。昨日感じた事だが、君たちに何かを学んでもらうには、体を動かしてもらったほうが効率が良いとも感じたんだ。実戦を交えて、座学の知識を補てん出来る」
それを聞き、森野がなるほど、と呟き口を開く。
「そのほうが効率が良いって先生が言うんなら間違いないでしょ。それに先生。私は座学よりもそのほうがやりやすいですよ」
「森野君は、本当に座学が苦手だからなぁ。まあ、あのままやっていても、ハノン君はぐーすか寝るし、エリス君は参考書ばかりに目がいく。どう考えても為にはならないだろう」
ヤマノ教師の見解に、ハノンはあははと笑いながら答える。
「そうね、その方が覚えやすそうじゃん」
森野もハノンの言葉に頷き、エリスも若干後ろめたさもあったのか渋々と言った感じで首を縦に振った。
その様子をヤマノは確認すると、手をパンパンと叩いて号令する。
「よし、決まりだ! と言うわけで、まずは仙気の基礎を、実際にやってみてお浚いしていくか!」
「「は~い」」
こうして、より実戦向きな補習が始まった。
「いいか、仙気と言うのはもともと万人が扱えるものではない。身体から力を出すにも、それを纏めて自分の好きなように加工するにも、伝機の補佐が必要だ」
そう言いながら、ヤマノ教師は伝機を構える。
「そしてご存知の通り、これが仙気を練るってことだ」
そう言うと、ヤマノは大きく深呼吸した。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
その瞬間、ヤマノ教師を中心に、空気が揺れ動きはじめた。
ゴゴゴゴゴゴっと、地鳴りにも似た音が聞こえる。若干、周囲がカタカタと揺れる。
四人はその力の流れを、息をのみながら感じる。
それはとんでもなく巨大な力な訳ではない。そもそも仙気はどんな人間が扱っても、一度に放出できる量が変わらない。水道の蛇口の様に、一度に出せる量は同じ人間なら大差がないのだ。。
つまり今のヤマノ教師の何が凄いかと言うと、その仙気の加工、纏め方、そして操り方なのだ。
ヤマノ教師は四人に語る。
「ちょっとオーバーにしてみたが、これを出来るようにしたのが伝機なわけだ」
そう言って、ヤマノ教師は二本の刀型の伝機を十字に構え、上空に向けてそれを振りぬいた。
訓練場の天井は前もって開けてあった。その先には青空が広がっている。
ゴオッと風を切る音が響き、ヤマノ教師の仙気は遥か彼方上空の雲を切り裂いていく。
ふぅと息を吐ながら伝機の構えを解き、ヤマノ教師は四人に号令した。
「じゃ、お前らもやってみろ。まずは仙気を練り上げて、そのまま保ってみろ」
「「はい」」
四人は一斉に自分の伝機を構え、仙気を練り上げる。
ヤマノ教師の時ほどではないにせよ、ざわざわと四人を中心にし、空気が動く。
徐々にそれは吹き荒れる風となり、風切り音を発生させる。
四人共に仙気を自分の周りに漂わせ、いつでも利用できるようにそのまま保たせる。
一分ほどたって、ヤマノ教師は号令する
「よし、そこで止めろ。気は保ったままでいろよ」
その号令に、四人はぴたりと仙気の発散を止める。
ヤマノは、一人ひとり値踏みするように見る。
「……森野君。君はどうも多くの仙気をまとめ上げるのが苦手なようだな。何割か、仙気が逃げている」
「はい」
「ハノン君は放出した仙気が、無駄にダダ漏れになっているな。もう少し丁寧に仙気を練ったほうが良い」
「……む、むう」
「エリス君も仙気を上手くまとめ上げていないな。あと、少し加工にもムラがある。そのままだと、術の汎用性が無くなるな」
「……わ、わかりました」
ヤマノ教師は、最後にイースフォウを見る。
そして、意外そうに声を出した。
「イースフォウ君、君は……現状では全く問題ないな」
その言葉に、他の三人は目を見開いた。
しかしイースフォウはと言うと、額に汗をにじませながらも、
「……ありがとうございます」
淡々とそう答えるだけであった。
「じゃあ、全員上空に向かって気を放出しろ~」
四人は一斉に、上空に向けて仙気を放った。
ゴオォッと音が唸り、仙気が渦を巻いて、開け放たれた訓練場の上空に消えていった。
「「はぁ、はぁ、はぁ」」
息を切らしながら、四人はその場に座り込む。仙気を練ることは精神をすり減らし、体力を消費するのだ。さながら、四人はマラソンを終えたアスリートのような状態である。
しかし、それを見てヤマノ教師は、
「なんだ、四人とも。だらしが無いぞ?」
確かに一分の仙気の練りに放出、この程度は軍人にとっては基礎中の基礎レベルの鍛錬の一つである。
しかしまあ訓練生である四人にしては、やはり少しばかりキツイ。
「仕方ないなぁ。五分休憩にするから、息を整えておけ」
ため息をつきながら、ヤマノ教師は近くのベンチに向かって歩いて行った。
四人はいまだ肩で息をしながら、それでも徐々に呼吸が戻ってくる。
「っはぁ、はぁ。やばい、結構きつかったわ」
森野が息を切らしながらも笑いながら言った。
しかし、その言葉に、ハノンは顔をゆがませながら、
「っくぅ、あのセンコウめ!!っはぁ、実戦向きとか言っていきなりスパルタかよ、っはぁ」
その言葉にエリスは、息を整えながら言う。
「・・・・・・こ、これは基礎の基礎です、はぁ、はぁ。出来ないといけないですし、これを行えば普段の個人訓練もやっているかどうかが、っはぁ、解ります」
その間にも、森野は幾分息を整えられたようで、イースフォウに話しかける。
「でもすごいじゃない。さっきの先生、イースフォウのこと褒めていたよ?」
しかし、その称賛も、イースは受け取る余力は無いようで、
「っはあ、っはぁ、っはぁ、っはぁ」
とにかく息を整えることに専念していた。
「ふ~ん。さすが名家だけはあるじゃん。基本はしっかり押さえてあるってことか」
ハノンは意外そうな感じでイースフォウを評価する。今の今まで、実力では一番低いイースフォウを、ハノンはどこかで低く見ていたのだ。
「実際私なんかよりも、仙気を無駄なく使っていたわ。軍人程じゃないにせよ、上級生クラスの精度じゃないかしら? 基礎を長年やらないと身に付かないんじゃないかしら。ちょっと悔しいわね」
この中では学年が一番高い森野としては、思うところもある。
「私は基礎はちゃんとこなしていたつもりだったのですが……」
エリスも少々ショックを隠し切れていない。知識はともかく、入院中は基礎的な仙気の鍛錬は欠かしていなかった。
一方、イースフォウもようやっと息が整った。
「私は……それこそ物心ついたころから鍛錬を重ねていたから……」
その言葉を聞いて、他の三人はようやっと気付く。
「そうか、イースちゃんは私たちなんかよりも、ずっと昔から仙気に携わってきたのね」
森野が仙気に携わったのは、せいぜい4~5年前。ハノンも才能があるにせよやはり十歳を超えたあたりから。エリスに至っては、父親に学んだといっても、学園に入学してから本格的に学び始めたばかりである。
「物心って……軽く十年以上じゃん」
少しいじけた声で呟くハノン。仙気の経験だけは、どうやっても勝てないことに彼女は憤りを感じた。
だが、それでも強気にハノンは言う。
「ま、まあ基礎が出来たところで、実戦が弱けりゃ意味無いじゃん?」
「……そうね、私はこの中じゃ一番弱いと思うから」
否定はしない。イースフォウ自身、それは理解しているのだ。
しかし、森野は首をかしげる。
「そうなのかな? そこまで基礎を固めていれば、そんなに弱いわけ無いと思うんだけど……」
「そうですね。どんなに知識が多く小手先が器用であったとしても、下地が無ければ勝てる戦いは存在しません」
エリスも森野の言葉に同意する。
「じゃあ、試してみるか」
いつの間にか、ヤマノ教師が近くに立っている。
「まったく、とっくの昔に五分は過ぎてるぞ?」
四人は慌ててパタパタと整列する。
「とりあえず、昨日はハノン君とエリス君に模擬戦をしてもらったからな、今日は森野君とイースフォウ君にやってもらおうと思っていたんだ」
「……私が、森野先輩と?」
思わず、イースフォウは森野を見る。森野はと言うと、その言葉に大した驚きも感じていない様子である。
「森野君は確かに基礎はまだまだ甘い。だが、それをカヴァーするだけの実戦経験がある。年相応にはかなり強い部類の使い手だろう」
ヤマノ教師の言葉に、森野は苦笑しながら首を横に振る。
「やめてくださいよ、先生。私なんかよりも強い使い手なんて、同世代でも腐るほどいます。でも……」
スッと、森野の瞳がイースフォウの瞳を見つめる。
「イースフォウの実力、興味があるからやらせてください」
冷たくは無い、しかし鋭い声色であった。イースフォウは心の奥がシンと冷たくなるのを感じた。
ああ、この人は強い人なんだと。彼女はそんなことを理解した。
「だとさ、イースフォウ君。君はどうしたい?」
ヤマノ教師は、そうイースフォウに問いかけた。
「……ええと」
イースフォウは一瞬言葉を詰まらせる。……が、別に拒否する必要も権限も、自分に無いことに気付く。
補習の一環なのだ。やるしかないのは明白だし、別に本気で死闘を繰り広げるわけではない。
それに、先日の『自分のスタイル』の話も引っかかっている。
戦ってみれば、何かわかるかもしれない。彼女はそんな風に考えた。
「異論は無いです。お願いします」
そう言って頭を下げるイースフォウに、ヤマノ教師は少しだけ苦笑するのであった。
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