第三話

 それからというものの、他愛もない、高校時代の話しなどしかしなかった。もっとアンドロイドになったことについて根掘り葉掘り聞かれるものだと思っていたから大変驚いた。

「あいつはこのことを知ったらきっと怒るぞ…。とりあえず今日はこれくらいで帰るけど…人間をその歳まで貫いた誇りは忘れるなよ。お前は仕方なくイヴになっちまっただけさ。イヴだけど…イヴを嫌いでいてくれ。」

 と言うとすぐに立ち上がり何も受け付けぬ様な態度でドアへと向かって行った。彼はまだ認めきれていないのだろう。

「ああそのつもりさ、イヴになった今でもイヴは嫌いだ。……俺がアンドロイドになったことはあいつにはまだ黙っていてくれ。」

 とだけ返し、彼を見送った。さよならはお互いに言わなかった。彼の帰って行く姿は悲しんでるようにも見え、怒ってるようにも見えたが、遠ざかって行くことに変わりはなかった。そして一口も飲まれなかったコーヒーがテーブルの上にひっそりと佇んでいた。

 先ほどの会話の中で出てきたあいつとは人間倶楽部のもう一人のメンバーのことだ。いかにも女の子らしく可愛らしい子だったが少々ヒステリックなところがあった。アンドロイドとのいざこざの回数は両手では数えきれないほどあった。それだけ人間ということに誇りがあったのかもしれないが、彼女にはもう一つ大きな理由があった。

 彼女は元々ロシア生まれロシア育ちで社会主義者だったのだ。資本主義者の編み出したアンドロイドを嫌いになるのは至極当然のことだったと言えるだろう。

 アンドロイドは表向き、身体能力や記憶能力の大幅な向上、単純作業を苦痛に感じないための無意識化、簡潔に言えば誰も努力しないで働き、生きていけるということを売りにしていた。しかし、本当の目的は文句を言わず、なおかつメンテナンスは自分でできる延々と働くロボットになることだった。資本家の都合の良いように造られていた。そんなこと誰もが分かっていた。それでも受け入れられているということは、それだけ人間は疲れていたのだ、生きるということに、考えるということに。

 だが少なくとも自分は違う。生きるためにイヴになった。考えることをやめるつもりもことさらにない。

 今から五十年前、西暦二○五○年に社会主義国と資本主義国とに分かれ戦争が勃発した。終戦は二○五五年と終わりを迎えるのは早かった。当然のことだった。社会主義国の中心となっていたのはロシアと中国、資本主義国の中心となっていたのはアメリカと日本、西欧諸国。国の多さも技術力も圧倒的に資本主義国側が勝っていた。そしてどの国も核を使うことに躊躇いはなかった。政治家たちは後の歴史に核を使わなかった聖人と載るより核を使い戦争を悪化させた悪人として載ってでも自国を、自分を守りたかったのだ。それだけ生への執着が強かったのだろう。核の影響が大きかったのはほとんどが社会主義国側であったから、終戦とともに被害の大きい社会主義国の者たちは自国を離れ、資本主義の世界に飛び込むしかなかった。

 彼女の家系もその内の一つだった。

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