第二話

「やあ、久しぶり。元気そうでなによりだ。」

 と、ドアを開けると十年前とほとんど変わらない綺麗な笑みを浮かべた友人が立っていた。それはこの灰色めいた世界の中でより際立って見えた。

「お前も変わらないままで安心したよ。」

 などと、思ってもいない言葉を返し彼を家に招き入れた。家にヒトを入れるのはこれが初めてだった。

「お前らしいシンプルな家だなあ。もう少しお洒落にだな…。」

「せっかく十年振りに会ったというのに小言はやめてくれよ。それに俺はこういう内装が好きなんだ。」

 と敢えて今日彼が訪ねてきた理由から避けるように応えたが、

「……それで、さ。お前…イヴになったんだってな。」

 と彼はテーブルに目を伏せ、ゆっくり優しく独り言のように呟いた。できるだけ嫌な態度を出さないようコーヒーの用意をした。

 彼とは高校時代の友人関係であり、人間友達でもあった。そして彼は今も人間であり、これからも人間であるだろう。彼は根っからの人間至上主義者だ。高校時代は彼ともう一人の女の子と一緒に人間倶楽部なんていう馬鹿げたクラブをやっていた。高校には一クラス分ほどの人間がいたがイヴに対して嫌悪感を持っていたのは人間倶楽部の三人くらいなものだった。活動内容はいたって簡単で、アンドロイドであるイヴたちに対し人間がどれだけ尊いものかを演説したりアンドロイドについて調べたり、簡単な実験をしていた。つまりただの自己満足クラブだったというわけだ。

「…あぁそうだ。アンドロイドになったよ俺は。でも後悔は無いぜ。人間を貫いてひもじく死ぬくらいならアンドロイドになった方がマシだからな。」

 そう言ってテーブルにコーヒーカップを二つ置き彼の対面にある椅子に音を立てないよう座った。すると彼は微笑みながら、

「そっか。お前がイヴになったってお前のおふくろさんから聞いた時は天と地がひっくり返るような気持ちだったが…こうして会ってみるとなんだかこれは必然だったんだなって感じるよ。でもお前やっぱりまだイヴのこと良くは思ってないんだな。」

「なぜそう思う。」

「だってよイヴのことわざわざアンドロイドって言い続けてるじゃん。高校生だった時言ってたろ、ロボットが人間の祖である者の名を語るとはどういうことだ、ってな。」

 と彼は少しいじわるな顔をして見つめながら言ってきた。

「まるで意識してなかったよ。昔から言ってきたことだからなあ。慣れってやつだろう。」

 しまったと思ったがもう手遅れだった。彼は先ほどの冗談めかした顔をやめ

「イヴってのは無意識で行動できるんだろ。その一環じゃないのか。」

 やはりこれだ。これが嫌だったんだ。元より彼らに対する後ろめたさは感じていた。随分と会ってはいなかったが頻繁とは言わないまでも連絡をしていたから、アンドロイドになる時はすごく後ろめたさを感じていた。後ろめたさがある上にこうネチっこく言われては堪らない。だから会いたくなかった。申し訳なさだけではなく、自分への言い訳ができなくなるからだ

「おいおい。アンド…イヴは単純作業の時だけ無意識になれるんだって、学校で習っただろ。」

 と嫌味を気にしてないぞ、と言わんばかりの応え方をするしかなかった。

「けど、ハルトマン教授の出した研究結果、知ってるだろ。非公認だけどさ、イヴはいずれ無意識が意識を支配するって。一緒に講演聞きに行ったじゃないか。忘れたわけじゃないだろ。」

「分かってる。けどそれは認められなかったわけであって、ハルトマン教授自身事実かどうかはハッキリしないとも言ってただろう。」

 すると彼は椅子をガタリと鳴らし立ち上がり、

「それは言い訳だ!イヴをあんなに毛嫌いしていたお前が、自分を納得させるために思ってるだけのことだ!」

 と大声を出しすぐに申し訳なさそうな顔をし、虚空を見つめながら、

「……すまん、ホントはすごくショックだったんだ…でも分かるんだ、お前の気持ちも…しょうがないよな省庁勤めで人間をやっていくなんて無理だよな…。」

 と彼はまたテーブルに乗った口をつけていないコーヒーカップに目線を落とし椅子に腰掛けた。


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