彼女は右目が見えない2

 その女の子との最初の出会いは大学での飲み会のことだった。駅前の古臭い居酒屋を貸し切った飲み会はほとんど野蛮としか言いようのない所だった。どの席にも必ずみんな酔っていたし、半分は煙草を蒸しており、さらにその半分は意味不明なことを口走っていた。どんな名目で飲んでいたのか僕は知らない。おそらく誰も知らないだろう。

 煙草の煙とアルコールの匂いと飛び交う罵声は僕をうんざりさせた。

 そんな空間でその女の子は話しかけてくる男を無視しながら、店の隅でビールを飲み続けていた。島田彩美しまだあやみというのが彼女の名前だった。

「いい名前だね。とても綺麗な絵を描きそうだ」と言ったことを覚えている。

 しかしながら、彼女はそれほど美しい女性ではなかった。頬はそばかすが散っていたし、指は太く、おまけに髪はボサボサだった。美しい絵を描けそうにはない。

 僕の第一印象は悪く言えば野暮ったく、良く言えば健全な十八歳の女の子と言ったところだ。

 僕はその飲み会に親しい友人はおらず、また彼女も同じようだった。僕たちは自然と向かい合う形で酒を飲み交わすことになった。彼女はビールを一口に半分ほど飲み、焼き鳥を少しかじり、それから壁に寄りかかって物思いにふけるように宙を眺めた。

「君、一人なの?」

 彼女は観察するように僕を見つめ、首を振った。急に話し掛けてきた男にどうやら警戒心を抱いているようだった。

「僕は一人なんだ。仲のいい友達もいないからさ。だから、一人で飲もうかとも思ったんだけど、やっぱりつまらないじゃないか。だから、つい声をかけてしまったんだけど。ここに座ってもいいかな?」

 島田彩美は用心深く頷いた。

「私は一人じゃないよ。友達と来てるの。一人で行くのも嫌だからって誘われたの」

 友達は、と尋ねると彼女は顎をしゃくった。その先には金髪の女の子がお酌をしていた。派手にネイル加工された爪がビール瓶に触れる度に、とても危うい気持ちになる。

「でも、すっかり楽しんじゃってるの。まるで私のことを忘れてるみたい」

「君も向こうに行ってきたらいいのに」

「嫌よ。なんで訳も分からない人たちに酌してあげなきゃいけないのよ」

「それもそうだけど」

「ねえ、知ってる? ここにいる男はみんな女の子とそういうことをしたいから集まってるのよ。女の子を酔わせて連れ帰ることしか考えてないの。だからあんな風に酒を注がせて、お礼に酒を注いで、バカみたいに飲ませるの」

「どうだろう」

「そんな下卑た考えもムカつくけどね、それ以上にムカつくことがあるの」と島田彩美は言った。「ビールなんかで酔わせようとしている所よ。品がないと思わない?」

「一理あるかもしれない」

 僕は笑いかけたが、彼女は顔をしかめたままジョッキを空にして、店員にお代わりを頼んだ。ビールをごくごくと飲み、ぼんやりと壁にもたれ、ときたま思い出したように焼き鳥を少しかじる。彼女が宛てのない旅人のように宙を眺める一瞬だけ、とても儚い表情になった。

 さて、なんと切り出そうかと思案していると彼女の方から口を開いた。

「あなた、東京で育ったの?」

「どうしてそう思うの?」

「訛りがないから」

「静岡だよ。ただ静岡の東の方だからね訛りなんてほとんどないんだ」

「私は福岡よ」と島田彩美は言った。「福岡って知ってる?」

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