彼女は右目が見えない1

二つ年下の女の子には右目の視力がない。それが先天性のものなのか、あるいは何かの事故が原因なのかはわからない。僕が尋ねることはないし、彼女も多くは語らないからだ。

 しかし語らないからと言って、彼女が自分の目を殊更負い目に感じているといった様子はない。一見すれば彼女は普通の女の子だし、映らない右目にしたって左よりわずかに黄色く濁っているに過ぎない。全員が見て、全員が気が付くわけじゃない。ただ少し、物を落としやすいだけの話だ。

 僕に恋する女の子は例外なく何かが欠けていた。それは決まって、他に代えようのない大切なものばかりだった。家族とか足とか寿命とか現実性とか、そんな具合に。

 そのことに関して、蓮見はすみという名の精神科医はずっと昔にこう言ったことがある。

「君は冴えていないつまらない男だよ。頭は悪いしスポーツもできない。金持ちでもないし家柄も良くない。話すことといえばモディリアーニのことばかりだ。なにも持っていない。でも、それなのに、君は少なからず女性から好意を向けられる。何故だか分かるかい」

「さあね」と僕は肩をすくめた。

「君はあまりに何もない人間だから、世の女は君がなんにでもなれる人間だと思うんだ。だから、何かを喪失している人間は君を求める。君ならばぽっかりと空いた穴を埋められると思っている。そして驚くことに、君はそういう穴を寸分の狂いなく埋めるてしまうことができるんだ」

 蓮見はそう言って、端正な顔を愉快に歪ませた。

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