第5話 杜

トラックへと戻ったところで神影はひとつのことが気にかかった。サナトリウムへと続く道から分かれたもう一つの道。あの道の先には何があるのだろうか。とても、人が住むような場所とは思えない。大方行き止まりだろうとも思ったが、後ろ髪を引かれるように、どうしてか気になった。

道は人二人分程の幅しかなく、やはり人の気配は感じられない。鬱蒼と茂った木々の緑もどこか黒ずんでいるように思えた。まるで、人の侵入を拒むように周囲の木々は圧を増していく。少し歩くとぽっかりと拓けた空間に出た。テニスコート程の広さの卵形の空間だった。太古から存在するような黄土色の岩が切り立っていて、縞模様を描いている。

「あれは……」

岩の片隅に凹みがあり、その凹みに嵌まるようにして祠が奉られていて、二つの紙垂が微風に揺れていた。

その時、硬い物質で殴られたように、急激に頭に痛みを覚えた。雨の音。泣き叫ぶ声。それらが神影の頭の中をノイズのように駆け巡った。

「ここにいたか」

空間の入口に先ほどの白衣の男が立っていた。楠だ。

「いや、そんなに驚いた顔で見ないでくれ」

楠はポケットに両手を突っ込んだ姿勢で近付いてきた。

神影は冷や汗を隠そうと手で汗を拭った。

「ちょっと聞きたいことがあって君の後を追いかけたんだ。トラックがまだあったからどこか歩いていると思ってね」

神影は呆然と楠の顔を見ていた。

「おいおい。大丈夫か?」

「は、はい。あ、聞きたいことって」

「ああ、いやね、大したことじゃないんだ。うちの従業員達が新しいジュースが出たら入れて欲しいって前々から騒いでいるんだ。できるかなって思ってね」

神影はまだ残る微かな痛みに耐えて極力平静を装おった。

「それなら、担当者に伝えておきます」

楠は助かるよ、と言い手のひらを立てると踵を返した。

何かを思い出したのか、楠はあ、と言って振り返った。

「その祠には触らない方がいいよ。あくまでも迷信だろうけど傷つけたりすると祟りがあるって話だからね」

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犬の子 @ringonoki

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