第3話 楠サナトリウム

楢や桑や竹が圧迫するように山道に競りだした道だった。飾り付けたように笹の葉が覆っている。舗装はされておらず、赤茶けた土が辺りを埋め尽くしている。

まるで、今朝方夢の中で見た景色のようだった。反射的に神影はバックアイを覗きこんだ。後方から獣が追いかけてくる様子はない。

道は次第に細くなっていて、カーブに差し掛かると路肩に落ちてしまいそうだった。

「これ以上は無理だな……」

カーブの先にあった空き地にトラックを止め、神影は車を降りた。しかし、土に埋め尽くされた道には車輪の跡がくっきりと残っていた。こんなところでも車の往来があるようだ。

隘路が続いている。少し歩くと道は二手に分かれていた。車輪の跡は左に伸びた道に続いている。導かれるように神影は車輪跡に従って歩を進めた。

白い建屋が見えた。コンクリート造りで大きく縁取られた窓は光り、神殿のように突き出たエントランスはどこか近代的な雰囲気を醸し出していた。

「ここは……」

入口のドア脇に表札が掲げられている。

『楠サナトリウム』

神影はポケットの中から今日のスケジュールを取り出す。その中に、目の前の建物の名前が入っていた。

「ここだ……」

こんな山の中にあるとは。神影は驚いたまま、外から中の様子を伺う。ガラスの向こうはどうやら事務所のようで、デスクやパソコンが見えた。人の気配はない。恐る恐るインターホンを鳴らした。

すぐに若い女性と思われる声が応答した。用件を伝えると、ドアが音も立てずに開いた。

神影と同い年程の、二十代半ばから三十代程のスーツ姿の女性が玄関口に顔を出した。

「ドア、開けておきますので終わったら連絡ください」

眼鏡をかけた地味な雰囲気の女だった。ここの事務員なのだろう。女は突然の来訪に驚いた様子もなく、無表情で淡々と告げた。

「あ、はい」

女は事務室へと戻っていった。神影は首を捻りつつ、来客用のスリッパを履いた。壁に、この建屋の見取り図が描かれている。スケジュールには食堂内とカッコ書きしてある。食堂はここからさほど離れていない。白い壁や床はまるで病院のようだった。ここは一体、どういった施設なのだろう。ガラスが張られた部屋が右手に見えた。ベルトコンベアが流れていて、白い、宇宙服のようなものを纏った人間数人が、じっとコンベアに視線を落とすような姿勢で何やら作業をしていた。神影はその時、どうしてか分からないが嫌な予感がした。手早く仕事を済ませ、早いところ帰った方がいいのではないかと思った。

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