03 反省と告白 8/29~8/30

〇2005年8月29日(月)


 この日は、大学内にある大和田ホールで練習だったね。コンクールメンツとコンクールに乗らない「降りメン」で練習場所が異なり、結局磯ちゃんとは会えなかった日だ。

 磯ちゃんは明日から休部中の大里君と旅行に出かけるため、もう夏合宿まで会えません。たしかこの日は、恋の相談相手であるはずの磯ちゃんに明日香ちゃんの話をしたら、どんな反応をするんだろうって、そればかり考えていたな。


 え? って驚いて、フリーズしちゃうのかな。

 引いた顔をして、そういえば、男の話ってしたことなかったですね、とかかな。

 こんな反応だったら、いままでの悩みなんて、ある意味一瞬で解決していたんだなあ。見込みがないってはっきりするからね。

 磯ちゃんが私の恋愛観を受け入れてくれるのかなって、まずはそのことにどきどきしていた。

 嫌われちゃったり、するのかなってね。でも、磯ちゃんなら理解してくれるような気がしていたんだよ。それは、こうやって生きてきた私の直感なんだけどね。磯ちゃんの私を見る視線はさ、こう、手をつかんで離さない赤ん坊のような、そんなちからを感じることがあるんだよ。

 この頃はまださ、磯ちゃんが私に理解を示してくれて、「美紗都さんその明日香ちゃんて子と頑張って! 応援するよっ!」って言ってくれるなら、私は明日香ちゃんと頑張って、磯ちゃんとは今まで通り関係でいればいいわけだし、今の磯ちゃんに対するある意味中途半端な気持ちを、無理に恋愛感情にする必要はないと思っていたんだよ。


 でもね、「美紗都さんに彼女ができたら……、あたしさみしいよ……」って言われたら、いったいどうしよう。どうなっちゃうんだろうって、そんなことも考えてて。

 ただ正直ね、磯ちゃんの私に対する恋愛感情なんてほんとうにないと思っていたし、こっちの展開はたぶんないだろうと思ってました。

 これがやっぱりちょっとさみしくてね。私は磯ちゃんに、そんなことになったらさみしいよって言ってもらいたかったんだよ。

 そう。もしそう言ってくれたら、私は磯ちゃんに対して恋愛感情を持ってしまうって思ったんだ。でも、これは、絶対に明かすことのできない気持ちだよね。磯ちゃんは大里君と付き合っているんだから。


 でもね、この頃から磯ちゃんに対して想いをよせてみたいって、考え始めちゃっていたんだと思う。イケナイってわかっているのに、困るのに、磯ちゃんのこと、好きになってみたかったんだよね。


〇2005年8月30日(火)


 この日はね、旅行に行く前に大里君が斉藤さんを目撃した日ですね。

 斉藤さんっていうのはね、説明すると長くなるけど、私たちの帰り道にあるハンバーガー・チェーンで働いている大里君の好きなタイプの女の子ね。冗談で可愛いよねって言ってたら、なんと私たちと同じ大学だった人。でも、大里君も本気で言っているわけではなくて、私たちの共通のネタとしてよく登場する女の子といった感じです。

 この日、大里君は初めて大学を一人で歩いている斉藤さんを見たそうです。でも声はかけられなかったって。

「ここまでやっているんだから、いけばよかったな……。あーあ」だってさ。

 もちろん、大里君は冗談で言っているんだろうけど、さすがに少し腹が立った。なんでもっと磯ちゃんのことを大切にしてあげられないのって。

 でもね。こういうとき、私はいつも、「もっと磯山さんのこと大切にしてあげなよ」って言ってこなかったんだよ……。


 私は大里君のしていることを、否定したことがほとんどない。

 部活の先輩と仲良し過ぎてて磯ちゃんが悩んでいたときも、「斉藤さん……!」とか言ってるときも、「大里君のしていることは間違っている!」って言ってあげられなかった。正直に告白するとさ、自分も一緒になって楽しんでいたりもしたんだ。すんごい嫌なやつだよね。もちろん、大里君は冗談で言ってるって、私はわかっているからなんだろうけど。

 けど……、ほんとうに共犯だったね。なんで大里くんに「磯山さんを大切にしろ」って言ってあげられなかったんだろう。

 磯ちゃんから恋愛相談を受けているときもさ、私はそんな大里君を擁護する発言しかしていなくて、無意識のうちに、磯ちゃんが大里君のことを嫌いにならないようにしてしまってて、大里君が磯ちゃんのことを好きなるようにはまったくしてなかったんだよね。別に両方してなかったなら、問題ないと思うんだけど、片一方だけしてしまっていたんだね。私は二人のことをよく知っているから、二人を別れさせることができてしまうと思っていて、それをしないようにしようとするあまり、無意識のうちに、こういう態度を取っていたんだろうね。

 でもね、悪気があったわけじゃないよ。

 磯ちゃんが、可愛くて、悲しんでいるところをみたくなくて、してしまっていたんだと思う。それに、実際のところ、大里君は磯ちゃんのことを嫌いだなんて絶対思っていないし、態度ではほとんどみせないけど、かわいいやつって思っていると思うし……。


 とはいえ今の大里君に、磯ちゃんに対して好きって感情があるのかないのか、それは正直わからないと思うんだ。でもそれは、沖縄から帰ってきたとき、私が大里君と話せばわかることだね。

 これまでの私は大里君と磯ちゃんが別れてほしくないって思い過ぎてて、余計な存在だったもしれないけど、私にとって二人とも魅力的で、一緒にいてほしいって思い過ぎてしまっていたんだと思うんだ。

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