02 また一つのLOVE  8/25~8/28

〇2005年8月25日(木)


 この日は、午前中から夜までずーっと磯山さんとメールをしていた日です。台風で家から出られなかったから。磯山さんの全然可愛くない小さい頃の写メをもらったり、クラリネットパートの後輩の写メもらったり、漫画の感想で盛り上がって、このシーンいいよねー(泣)って話したり……。やっぱりこうやってみると、本当にうちら仲良しなんだね。


 この日のメールの数は20件以上してて、今見ながらこの文章を書いているけれど、本当によく『夫人同士の関係』って言葉がでてきます。

 夫人同士って、この言葉が磯山さんから出てきたとき、最初は申し訳なく思ったんだよ。

 大里君は一夫多妻である! という磯山さんによる笑っちゃう考え方だよね。正室は彼女の磯山さんだけれど、小学校からの付き合いである私は磯山さんに嫉妬されるほど仲良しだったから、私も同じく彼女扱いだってやつ。この話をされたとき、大里君と一緒に帰るのをやめたり、ずいぶんと気を使ったな。ただ、どうしても家が近所だからね。

 この言葉を見ているとさ、当たり前なんだけど、「やっぱり磯山さんは私に全く恋愛感情はないんだな」って思えて。そりゃ、当たり前なんだけどさ。でも、それなら私と磯山さんは仲良くしてても問題ないわけだし、いいのかな? って考えてました。

 まさかこの時は、あやねが気持ちをセーブさせるために、こんな風にメールを送ってるなんて夢にも思わなかったけどね……。


 お互いセーブしてて、「外から見れば女の子同士なんだし、もちろん相手には恋愛感情なんてないんだし、仲良くしてても平気かな」って安心しきっていたせいで、うちら二人は近づき過ぎていたのかな? あやねはこの頃、私のことをどれくらい意識していたのかな? 



〇2005年8月26日(金)


 第五音楽室で練習が終わり、すぐに磯山さんのところにいって借りていた少女漫画と、チロルチョコ、プロ野球チップス、あとちょっとしたメッセージカードを渡した日だね。

 メッセージカード、磯山さんはすごく喜んでくれてたけど、どれくらい嬉しかったのかな? メッセージカードといっても、本当に大した内容ではないよね。


 内容は、「漫画貸してくれてありがとうございました。感動しました。こないだのお礼ね。一つは大里君と小さい頃一時期夢中になって買い漁ったお菓子です。さて、どっちでしょうか!?(笑)」たったこれだけだね。

 でも、家にメッセージカードの失敗作があるくらいなんで、やっぱり気持ちを込めて作ったのだと思います。「磯山さんへ」か「磯山彩音ちゃんへ」か、どっちにするかほんとうに迷いました。彩音へ……、なんて送って、なんだか思わせぶりに聞こえないか不安でした。ほんとう、私って考えすぎなんだけど。


 でも、「磯山さんへ」よりも「磯山彩音ちゃんへ」の方が、磯山さんが喜んでくれるのはわかっていたから、結局は「彩音」と、名前を書いた方を選んだんだよ。

 振り返ってみるとね、この時に初めてさ、二人は今後も付き合っていてほしかったけど、ほんのちょっとでいいから、磯山さんに私を見てほしいって、そう思ったのかもしれない。とはいえこの時はまだ、ずっと磯山さんの恋の相談相手でいいやって思っていたし、私たちが結ばれることなんて絶対にありえないんだろうって思っていたけどね。

 あと、この日は磯山さんからあだなである「磯ちゃん」って呼びはじめた記念すべき日です……!

「あたしは彩音のほうが嬉しいなあ」って言ってくれたね。

 私はもちろん、彩音って呼びたかったです。でも、私は「だって大里君は彩音って呼んでないのに、私が呼ぶのは悪いじゃん」と答えて、磯ちゃんには「美紗都さんってほんとうに変な人だなあ……」って言われたんだよね。


 本当のことを言うとさ、あやねって呼ぶと、今まで以上に磯ちゃんを意識しちゃうのが怖かったっていうのが大部分をしめていたの。

 そんなこともあり、この時は磯ちゃんで止めておきました。私、偉いよね。大里君と磯ちゃんの邪魔をするなんて、考えられなかったもの。ほんとうに。でもそれが、余計なお世話だって気づけるのはまだまだ当分先だね。

 あと、この日の最後に磯ちゃんから来たメールね、「大里君とメールしてて、お前はやることが極端なんだって怒られました(笑)もう大里のことなんてしらんちゃ。これからもいっぱい磯ちゃんって呼んでね! おやすみなさい!」だって。

 これ確か、すごく嬉しかったんだよね。

 うーん。前言撤回! この頃からもう磯ちゃんに対して、大里君と付き合っててもいいから、私にとっても特別の存在でいてほしいって、思い始めてきたのかもしれない……。



〇2005年8月27日(土)


 この日は磯ちゃんと珍しくメールしていないんで何をしていたかよくわかりません(笑)

 ……、ていうかさ、私と磯ちゃんと付き合ってもいないのに、毎日毎日メールしてて、メールしなかった日の方が珍しいって、けっこうすごい話だよね。

 もう明らかに友達以上じゃん? なーんてね。


 でもね、「メールをする回数減らした方がいいよね?」って、私からはどうしても言えなかった。それはもちろん、磯ちゃんとメールするのが楽しかったから。メールするくらいなら、大里君の邪魔にはならないだろーし、いいかな? って思ってた。それに、女の子同士の普通の関係としてみれば、全然、違和感ないことだしね。

 これね、思ってたというか、思うようにしていたんだよ。いけないことをしているって気持ちは、絶対どこかにあって、それを隠してた。磯ちゃんと仲良くしていたかったから。

 あ、この日はバイトをしていたみたいです。



〇2005年8月28日(日)


 この日は夏のコンクールメンバーだけの練習日だったみたい。さらにこの日は、磯ちゃんが実家からマンガを持ってきた日。『北斗の拳』って聞いて、本当に爆笑しました! 『北斗の拳』だけじゃなくてよかった……。

 この日はまた「うちら二人は相性いいよね!」って話になって、またまた「さすが夫人メイツ」って言われて、やっぱり磯ちゃんは私に恋愛感情ないのね……、漫画の趣味も多種多様って証明されちゃったし、ただ漫画として興味があるだけかあ、まあ、それが一番いいことだよね、と思っていたのです。

 その証拠にさ、この日は『ラピュタ』の話を、大里君とメールしつつ、磯ちゃんと同時並行でしていたわけだけど、嫌な気持ちはあんまりなかったです。確かに磯ちゃんを少し意識していたけど、これがまだはっきりと「恋愛感情」とはいえなかったからさ。

 私はいま恋しているぞって感情ではなくって、そうそう、ミスターチルドレンの「LOVE」くらいだなって思ってました。8月24日の、あのドキドキもだいぶ薄れてきてたしね。


 磯ちゃんもミスチル好きだから知ってるよね? この 「LOVE」という曲はですね、明確な恋愛感情ではなくとも、ある異性に対して、「何気なくなんとなく他の誰かに、君を染められるのか気にかかる」と歌い上げた青春ソングであり、それもまた一つのLOVEだと、桜井氏は楽曲の最後で結論づけているんだよ。まあ私の場合は、異性ではないんだけども。

 そう。ほんとうに薄れてきていたハズなのに……、この日とっても大きな出来事があったんだよ。それは、高校時代、一番私を慕ってくれていた高峰明日香ちゃんからのメールでした。

 二年振りのメールで、しかも内容が「先輩会いたいですー!」だったからね。

 そりゃ、「ひょっとして私に気があるのかな?」って思うよ。

 え? 思わないって笑。まあ、磯ちゃんは私とちょっと違うもんね。大里君のことも好きなわけだし。この明日香ちゃんね、実際、ひょっとしたら、高校時代私のこと好きだったかもしれない人だったの。でも、お互いの気持ちは明かせなかったな。私にとっても、明日香ちゃんにとっても。そんな、高校時代だったんだよ。


 結局、明日香ちゃんとは二週間後の夏合宿終了の日に会うことになりました。

 ひょっとして、このまま頑張れば、明日香ちゃんと付き合うことになるのかなって考えていて、そしたらね、ちょっと薄れてきてるけど、この磯ちゃんに対するドキドキはどうすればいいんだろう? ってまた考えるようになって……、また磯ちゃんのことを意識するように、考えるようになったんだよね。

 明日香ちゃんと付き合えるように頑張ろうと思うと、どうしても磯ちゃんのことが気になっちゃって……、どうしようってなって……、どうしていいかわからなくなりました。なんてタイミングで明日香ちゃんはメールを寄越すんだろうって、ほんとうに思ったよ。


 この日に明日香ちゃんがメールをくれなきゃ、「恋愛感情なのか? それとも違うのか?」なんて改めて考えなかったから、あやねのこと好きにならなかったかもよ。もし、私とあやねが結ばれることがあるなら、これは明日香ちゃんのおかげかもしれないなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る