◆A◆R◆?◆



 雄大な太平洋を臨める自然豊かな地にそびえる一軒家。周辺物件と比較すると私有地面積は広く、その風貌は言うなれば屋敷に近い。


 その屋敷の中で、激しい落下音が響いた。バタバタと廊下を走るひとりの青年。重厚な扉を思い切り開くと、ベッドから転がり落ち喉元を抑えて苦しんでいる少年がいた。


「どないしたんや! しっかりせえ!」


 青年はもがく少年の身体を支える。割れた花瓶から零れた水で濡れてしまったロングヘアは、少年が暴れれば暴れるほど、床のほこりを絡め取りむごさを増す。


 青年は気がついた。割れた花瓶の先に散っている黄色の花びらが変色していく。


「な……な……うわっ!」


 花びらから茎まで全てが漆黒に染められた瞬間、空間は強い黄金の光に包み込まれた。


「何やねん一体……ひっ!」


 眩さが去り、両目を開いた青年は悲鳴を上げた。自身の左腕と、変わらず苦しみ続けている少年の左腕を交互に見やる。透明な水晶で構築された腕時計に再び刻み込まれたのは


 一瞬にして頭に血は昇る。青年は腕時計を外すと力任せに壁に向かって投げつけた。しかしそれは無駄な抵抗。腕時計は見る間に左腕に復活を遂げてきた。


「いやや……」


 少年を見た青年の呼吸は荒く、浅くなっていく。じわじわと少年の身体の中のある場所に滲み浮かんだ漆黒の“K”の刻印。



 これは、gameゲーム――。



「何でや! ありえへん! こんなん認めん! 絶対に認めん!」


 青年の手を払い退け、荒々しい呼吸をしながら少年は床を這う。


「おいっ!」


 少年が掴んだのは絵描きの筆。大きな筆先にはまだ乾き切っていない赤色の絵具がついている。やり場のない苦しみを表現するかのように、少年はその筆先で自らの顔面をぐちゃぐちゃに塗り潰し始めた。


「アホか! 何しとんねん! やめろ!」


 青年は少年の手から絵筆をもぎ取り放り投げる。青年を見上げた少年の顔はまるで血液が溢れ出したかのように真っ赤に染まり、両目からは絶え間なく涙が溢れ出している。


 少年は、自らの首を両手で締め出す。


「やめろ! 落ち着けお前! やめろ―っ!」


 青年は喉が掠れるほどの声で何度も叫びながら、少年の両手を拘束する。少年は再び落ち着きを取り戻すまで、ひたすらに涙を流し続けていた。







 Crystal:Episode two…


 ――The singing voice was flooding tears from the boy’s heart.――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る