◇19.狙われた白色のワンピース
金属音は引っ切りなしに響き渡る。灰色は、
優の
誠也はあれから覚醒付随能力の使用法について調整を試み、“
誠也がバリアを張るタイミングを見計い上手く利用しながら、優は銃を操るフォロワーの群れを斬り裂いていく。
びびり症の航も以前に比べると戦に慣れてきたようで、足踏みせずフォロワーを突き倒していけるに成長していた。
撥ね上がる血飛沫を避けながら、三人は挑み続ける。
「くっそ、まじ。Noばっかだぜ」
優は
「ごめん……シンに関しては、寝てるかも」
「嘘だろ!? こんだけ鳴らしてて起きねぇとかどんだけなんだよ」
「夜勤だからね。奇跡的に起きたら応答してくれると思う!」
誠也が身体を回転させ、周囲を囲ってきたフォロワー達を斬り上げた。
そのフォロワー達が死に際に発砲してきた銃弾を、優は灰色に固まっている砂にめり込ませるように剣の腹で全て叩きつけて回避した。
「あ! リーから
少し離れたほうで、航が大きめの声を上げた。
「まじか! S、Noだったけど」
「とるね!」
航を攻撃しようと動きをみせたフォロワーを、優は捕らえて斬り捌いた。
「もしもし!」
「(もしもし、応戦してんの?)」
「してる! リーこれないの?」
「(場所は?)」
「場所? え、海沿い」
「(無理パス。っつーか、さっきこっちでもバトったから疲れたし。じゃ)」
「ふえっ!? ちょ、もしもし!?」
梨紗との交渉はどうやら決裂したらしい。航は
「ワタルくん!」
「ふわっ!」
誠也の声は航を護った。間一髪のところでしゃがみ、フォロワーが発砲してきた銃弾を避けることが出来たのだ。すかさず誠也が剣を振って構築したバリアに航を巻き込む。優が二人の前に躍り出、フォロワー達を一気に斬り殺した。
「リー無理って?」
「う、うん。そうだね……ごめん」
「どうしてワタルくんが謝るの」
「いやあ、何となく。代わりに」
「まじでもはや親じゃねぇか。航の世話焼き癖、相変わらず過ぎんだよ」
誠也が再度剣を振り、バリアの面積を拡大して優を護り入れた。勢いが緩まないフォロワーの群れに目を配り、顔を見合わせる。
「この様子だったら、ユウくんの覚醒付随、使っちゃったほうが早いかも」
「いや、セイ、ちょっとたんま」
誠也の提案に、優は口元を歪ませ
この前の戦で全くコントロールすることが出来なかった炎。現世への影響はなかったものの、一歩間違えばフィールドにいたMember達を焼き殺していたかもしれない。それを思うと、使用するのを尻込みしてしまう。
「あれさぁ……だ、大丈夫かなぁ」
航も優と同様の懸念を抱いているようだ。しかしこんな時に限って、誠也はサドっぷりを発揮する。
「いけるいける。ここ海辺だし。最悪何とかなるよ」
「いやいやいや! 灰色になって固まってっから! あれ今海じゃねぇから!」
「だってキリないし。このままじゃ作らなくてもいい傷出来ちゃいそう」
誠也の息が上がりつつある。小出しであろうが覚醒付随能力の使用は体力を消耗する。
「ユウ、どうする?」
バリアの中から槍でフォロワーを突き上げつつ航が不安気に問うてきた。優は剣を握り締めたまま、自身のACに刻まれている“
「……よし」
決意し、右手の指先をその文字に向け伸ばした途端、優の左目を大きな痛みが襲った。
「ユウくん!」
誠也の焦りの滲んだ声色から、優は左目が真っ赤に染まっていると理解する。しゃがみ込み身体を震わせ痛みを堪える。フォロワーに対峙するのをやめた航が駆け寄ってきた。
航の肩を掴み、優はギリと奥歯に力を入れる。左目の奥からじわじわと湧き出てきた黒い
“R”
それが血文字風のひとつのアルファベットだと認識した瞬間、優の左目の奥は一際大きく、えぐられたように痛んだ。
激しく身体を反らした優に、航は一瞬バランスを崩しかけたが、地に手をついて支え切る。
休む間もなく優は、はっと両目を開いた。映しだされた“R”のアルファベットが粉々に引き裂かれたのだ。
その直後、あの腐敗したおぞましい手が伸びてきた。
――――殺してやるっ!
憎しみの溢れたボイス。
ズキズキとやまない左目の痛み。
「ん?」
ふと、視界に侵入してきた異物に優は苦い顔をしたまま斜め右を見上げた。釣られた航もそちらを見やった刹那。
「うわっ!」
眩い黄金の光に視界に映るものの全てが掻き消された。同時に聞こえてきた血飛沫の上がる音に、攻撃スピードの速さを感じる。
黄金の光が引き、現れたのは
真也はフォロワー達の手にする銃を槍で力強く突いて破壊し、次々に制裁を下していく。再び覚醒付随能力を発動させると、周囲をフラッシュで包んだ。その間も真也の攻撃力は劣らない。光が掃けると、あんなにも蠢いていたフォロワー達は全て黒色の細かい粒子と化していた。粒子は灰色の空に吸い込まれるように昇っていく。
「もうシン! こっちも眩しくしないでって言ってるのに!」
バリアを解いた誠也が汗を拭いながら礼より先に文句をつけると、真也は舌でペロッと唇を舐め、ニィッと笑った。
「だって使うとこうなっちゃうんだもん。どうやってコントロールしたらいいのかさっぱりな感じ。まあいいじゃない。ノリに乗って全部倒せたんだからさっ」
「そう言われちゃうとそうなんだけどさ……」
スピードに乗り切った時の真也の攻撃力は相当レベルが高くなるようだ。誠也の呆れを余所に、真也は優のほうへ近寄ってきた。
「ユウくんごめんね。寝てたから遅れちゃった。平気?」
「ああ、もう大丈夫だ。応答してくれてサンキューな」
真也が差し伸べてくれた手を掴み、優は痛みの消えた左目を
「ねえ、ユウ、さっきの」
深刻そうに航が口を開いたのに、誠也と真也は首を傾げる。優と航の視線は、先程異物を感じた右斜めの方に向いた。
「シンが現れてくれる直前によ、すっげぇスピードで空に向かってく黒い物体みてぇなのが見えたような気がしたんだよな」
「黒の物体?」
「フォロワーじゃなくて?」
「遠かったからはっきりとは言えないけどぉ、こんくらいの」
航が両手でそのサイズを示す。誠也と真也は顔を見合わせ再び首を傾げた。
「つかさ、今、見えた。血文字風の黒色のアルファベットの“R”。それと併せて腐敗した手だ」
「腐敗した手……」
「ああ、殺意のある手だ」
真也の呟きに、優は深く頷いた。
「“
パキパキ、と剥がれ始めた周囲の灰色。誠也が早口で切り込んだ。
「可能性はありそうじゃねぇか? この前現れたヤツがDark Rでないとするならだろうけどな。今見た黒の物体も、なんら怪しいだろ」
「間違いないよ。さっきの物体、絶対おかしい」
航の言葉を最後に、時間切れは告げられた。視界が揺れフィールドから解放されると、その場所には優ただひとりになっていた。
一瞬迷ったが、ACを操作し誠也へCを飛ばした。
「(うん、優くん?)」
「わりぃ。もう一個気になることがあってよ」
「(どうしたの?)」
「先輩って、今日、何か用事あるとか聞いてたりしねぇか」
「(ううん。特には。どうして?)」
「さっき飛ばしたSに対して、最終的に“Yes”も“No”も、先輩だけ何も返答なかったんだよ」
脳裏に浮かび上がる“R”の黒い文字。
どうしてか、輝紀がこのタイミングで何も反応をみせなかったことに、優は漠然とした不安を感じたのだ。
「(あ、でも、昨日僕がしたCも繋がらなかったんだよね……忙しいのかな)」
誠也のその発言に、優の心臓はぞわっとした嫌な感覚に撫でられた。
「何か、あったとかじゃねぇよな?」
「(確かに、このタイミング少し怖いね。今日、またあとで連絡してみるよ。優くんもかけてみて)」
「おう、分かった。繋がったら互いに連絡入れるかたちで。よろしく」
通信を切ると、優はガソリンスタンドに戻り後半の仕事に取り組んだが、心のざわつきはやむことなく、音を上げ続けていた。
◆◆◆
「あ~、今日はお休みだったんですね~」
自由気ままな旅人が残念そうに声を上げたのは、海沿いにあるカフェのテラスだった。唐突に
「折角いらして下さったのに」
「いえ~。俺が連絡してからこないのが悪いだけなんで~。お気になさらないで下さい~。またきま~す」
ひらひらと女性店員に緩く手を振り、賢成はカフェをあとにした。砂浜に足跡を点々と残しながらアスファルトの道へと出る。
海沿いから離れるほど、風情ある街並は活気に包まれ始める。様々な店に興味はそそられるが我慢をし、寄り道せずに駅を目指した。
駅に到着すると、さらりと改札を抜け、ホームへ続く階段を上がる。ポツポツと立ち並ぶ人々の中に見えた柔らかい白色のワンピース姿に、賢成は軽く目を開いた。
「
見間違うはずがない、杏鈴だ。
風にその裾を靡かせて、ぼんやりとしている。
今日は会えない、そう思ったばかりだったのに。嬉しくなり口角は自然と上がってしまう。
近寄り始めた賢成だったが、杏鈴がふと、意識的に頭を揺らしたのに表情を険しくした。
杏鈴が反応したのは、通り過ぎた蝶だ。フォロワーであると警戒したに違いない。しかし、杏鈴はすぐにその蝶から興味を
確かに大きさは小ぶりだ。ブルーの色素も持ち合わせていない。
だが、賢成は見逃さなかった。
その蝶の羽に、細いグリーンのラインが入っているのを。
「杏ちゃん! 危ない!」
賢成の叫びに、杏鈴だけでなく周囲の人々もビクッ、と肩を揺らした。
杏鈴の背中にひらりと留まったその蝶は、突如姿を変形させたのだ。
賢成の姿を瞳に映すより、真っ先に背後を振り返った杏鈴の表情は恐怖に満ちた。身体に触れている漆黒の手。顔の全てを仮面で覆い、全身を黒で染め上げているその姿。
電車がホームに滑り込んできた。それに向かって黒装束は杏鈴の身体を思い切り突き飛ばした。
よろめいた杏鈴の開き切った瞳孔。周囲から叫びに近い悲鳴が上がった。
誰もがその命の終わりを感じただろう。しかし、誰かを護りたいと思う気持ちは強ければ強いほど、発揮されるものだ。
転落しかかった杏鈴の身体を賢成は掴み、思い切り引き上げた。
「いっ……」
賢成は杏鈴の身体を抱き込んだまま、ホームに激しく腰を打ちつけた。
「大丈夫!?」
「……
灰色に変化し始める世界。賢成の腕の中でガクガクと震える杏鈴。賢成は有りっ丈の怒りを込めて黒装束を睨み上げた。
仕掛けてくるかと思いきや、賢成のその
「おい! 待て!」
追うべく賢成は杏鈴の身体を離そうとしたが、涙を流しながら見つめてくるその罪深い
「杏ちゃん、ごめん」
おかしくなってしまいそうな感情を抑え、賢成は杏鈴の身体を引き剥がすと、その場に座らせた。
「ごめん。追う」
杏鈴の悲し気な
「どうしたの? 気分が悪いの?」
賢成は背中で座り込んでいる杏鈴に女性が声をかけてくれたのを聞いた。言葉のニュアンス的に、杏鈴がホームから落ちかけたことは女性の記憶から消し去られているようだ。
先程通ったばかりの改札を抜け辺りを見回したが黒装束の姿はない。周囲が色を取り戻したから当たり前だ。たった一瞬の、ヤツのふざけたお遊びだったのだ。
両手に握った拳は痛む。怒りに、声を漏らさずにはいられなかった。
「……許さない……Dark R……」
賢成は悔しさに顔を歪ませ、しばらくその場に立ち尽くしていた。
◇Next Start◆六章:二本ノたばこト花火
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