第4話
その日、俺はむしゃくしゃしていた。
理由はすぐに分かった。
完璧な俺の人生における、初めての敗北を経験したからだ。
しかも、よりによって1番負ける筈がない奴に。
“ごめんね。私、朝陽が好き”
彼女の台詞が脳内で残響する。
何故。
俺があいつに負けることは、何一つないのに。
その時の俺は冷静さを完全に見失っていた。
何でもやろうとすれば出来る、怖いもの知らずのようでもあった。
たかが1回の失恋。
されど、その1回の失恋も俺には許せなかった。
イライラしたまま、俺は帰宅した。
まだ外は夕暮れ時で明るかった。
玄関を見ると、朝陽の靴が端っこに揃えて置いてあった。
「ただいま」
そう言ってリビングを開けると、ソファーに朝陽が座っていた。
俺に気付いたのか振り返った朝陽を見て、俺は驚きのあまり目を見開いた。
髪が、真っ黒だった。
あの金色は跡形もなくなり、俺と同じ黒色へと姿を変えていた。
朝陽は照れながら、頭を掻いた。
「黒に戻した」
懐かしかった。
何年ぶりだろうか。こいつの黒髪は。
こう見ると俺達は本当に似ていた。
「なぁ」
今思うと、なんでそんなことを言ったのか分からない。
「朝陽」
けれど、これだけは絶対に言ってはいけなかった。
「俺の真似してんじゃねぇよ」
その言葉に、朝陽は一気に顔を強ばらせた。
「お前は、俺には勝てないんだよ。どんなに真似したって、お前は俺に、勝てないんだ」
朝陽は何も言わなかった。
ただ、いつものように馬鹿に明るく微笑んで静かに部屋を去った。
暫くして、俺はとんでもないことを言ってしまったと後悔した。
普段は仲のいい双子だった。
それなのに、俺は一瞬の不機嫌による冷静さの欠如で取り返しもつかないことをしてしまった。
俺は急いで朝陽を探した。
家の何処にもいなかった。
外に出ると、俺の自転車が無いことに気が付いた。
“兄貴、自転車のブレーキ効かないみたいだよ”
昨日朝陽がそんなことを言っていたのを思い出す。
嫌な予感がした。
俺は朝陽の自転車に跨って、猛スピードでペダルを漕いだ。
“この坂、すげー急”
遠くで踏切が鳴った。
“でも、人はあんまりいない所だから、スピード出ても大丈夫そうだよな”
寂しそうに笑う朝陽の顔が浮かんだ。
嫌な予感は、やはり当たってしまった。
坂のてっぺんについた後、俺が見た景色は。
夕日に負けないくらい真っ赤だった。
朝陽を殺したのは、多分俺だ。
朝陽が死んだら、彼女は、どうなるんだろう。
あ、違う。
違う。
死んだのは、朝陽じゃない。
死んだのは、俺だ。
その後のことは、いまいち覚えていない。
ただ、ひたすらに夕陽と叫んでいたような気がする。
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