第3話


朝陽は、何も言わずただじっと私を見つめていた。

外はすっかり暗くなっていて、窓からは街灯の光がぼんやりと射し込んでいた。


「私の負け。だから、貴方に隠していたことを言うね」


私は小さく息を吸った。

それから、涙を拭うことはせず、ひとつひとつ確かめるようにゆっくりと言った。


「夕陽を、殺したのは私」


私の中で、全部が繋がる。


「あの日、夕陽が死んだ日。私、夕陽に告白されたの」


目の前の朝陽は、顔色一つ変えず、目を閉じた。


「でも、私は朝陽が好きだった。いつもあの眩しい笑顔の裏でずっと泣いていた朝陽を、私は知っているから。だから、私は夕陽にそのことを言った。言ってしまった。」


ずっと三人でいたかった。

でも、それを一番最初に壊したのは私だったのだ。


「ねぇ、夕陽。もう、いいんだよ。私のために、朝陽にならなくて、いいんだよ」


そう。

一年前のあの日。

死んだのは。



朝陽だった。



「なんで、俺が夕陽だって分かったんだ?」


夕陽はゆっくり目を開けた。


「完璧だったはずなのに」


確かに1年間、私は彼を朝陽だと思っていた。

疑うこともなく。

そして夕陽が死んだ原因が、私への告白にあったのではないのかと思っていた。

しかし、それはただ1回のミスであっという間に見抜けてしまったのだ。


「朝陽はね、色んなことに不器用な人だった。何をやっても必ず比べられる人だった。でも、そんな朝陽にも、誰にも負けない…...ううん、負けるはずがないものがあった」

「......将棋か」


夕陽は将棋盤に目を落とした。

さっきの局面のまま、駒は動くことなく綺麗に並んでいる。


「違うよ」


私は言った。


「朝陽は、誰よりも優しい人だった」


“あー!また負けた!”

彼のそんな声が、頭の中に蘇る。

“よし、じゃあ今日の罰ゲームも俺がやるからな”

彼のそんな笑顔が、頭の中に蘇る。


「朝陽は、私と将棋をやって1度も勝ったことが無い。どんなに私が劣勢になっても、彼は私よりもずっと先を読んで必ず負けるの」


負ける手を、わざとではなく、自然に。

相手の手も、自分の手も、全部先読みして。

誰よりも優しいから。

だから、朝陽はどんな時でも『負け』続けていた。


「そうか」


夕陽は苦笑した。


「俺はあいつの兄なのに、全然あいつのこと、分かっていなかったんだな」


そんなことを言う彼の顔は、私の知っている夕陽のものだった。



完璧家による完璧な嘘は、自らの間違いで頓死したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る