第2話


朝陽の部屋に上がるのは1年ぶりだ。

部屋には必要最低限のものしか置いておらず、高そうな将棋盤だけが、異様な雰囲気を醸し出していた。

1年前と何ら変わらない。

ただ、将棋盤には埃が被っていた。


朝陽は何も言わず静かに駒を並べていった。

ぱちりと駒を打ち付ける音が部屋に鳴った。

私も何も言わず、将棋盤を挟んで朝陽の向かい側に座った。


「久しぶりだな。将棋」


駒を綺麗に並び終えると、朝陽は懐かしむように言った。


「ねえ、せっかくだから、いつもと同じ様に何か賭けない?」


私が提案すると、朝陽は少しだけ顔を強ばらせた。

しかし直ぐに笑うと、私の申し出を承諾した。


「もし私が負けたら、一つずっと隠していた秘密を話すよ」

「おお、また大きくでたな」

「もし朝陽が負けたら、同じように秘密を一つ話してよ」

「秘密なんてないけど......まぁ、いいよ」


そう言って、彼は私をじっと見つめた。

獲物を射止める様に。

私はそんな彼に微笑み返した。


「よろしくお願いします」


声が揃った。

先攻は私だ。


ずっと前に朝陽から教わったように、駒を動かしていく。

飛車の頭の歩を、前に。

王を守るように。


夕陽が死ぬ前はよく朝陽と将棋をしていた。

元々将棋なんてルールも駒の動かし方も分から無かったが、気付いたら出来るようになっていた。

多分、彼の教え方が上手かったからだろう。


打ち合う音が続き、局面もいよいよ終盤へと進んだ。

このままいけば、私が勝つ。

そのはずだった。



「あっ」



思わず声が漏れた。

悪手だ。どう見ても、その一手は優勢から劣勢へ持っていく最悪の手だった。

彼は私の悪手にすぐ気付いたようだった。


「頓死だな」


気付けば、私の王は詰んでいた。

負けた。

朝陽に、負けたのだ。


ハッとして私は顔を上げた。

朝陽はにっこりと微笑んだ。

そうか、そういうことだったんだ。


私はどうやら、ひとつ大きな間違いをしていた。



「ねぇ、朝陽」



涙が頬を伝って零れていく。



「死んじゃったんだね」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る