異文化交流 7 和風スーパー銭湯に全員集合。気候性の違いで乱闘騒ぎのち大惨事!?
翌日。夜七時ちょっと前、利川宅。
「和彦、雪乃。給湯器が壊れたみたいなの。和彦が幼稚園に入った頃からずっと使ってるからとうとう寿命が来たみたいね。明日修理屋さんに来てもらうから、今日は二人とも銭湯行ったら? 母さんは今日一日くらいいいから」
母は、晩御飯を食べにダイニングへ来た和彦と雪乃に、こんなことを伝えて来た。
「まあ俺はべつにそれでいいけど」
「たまには銭湯もいいわね。桜子ちゃんも誘おっか?」
雪乃はさっそく桜子宛のラインにその旨を送信。
約一分後、
もちろん同行します。世界の料理な皆さんもいっしょに連れて来て下さい。銭湯代は私が払うので。
と返信が来た。
ってなわけで和彦、雪乃、桜子、世界の料理キャラ達。計八人で利川宅からは徒歩15分程度の所にある露天風呂付き和風スーパー銭湯、蛍ノ湯へ行くことに。
ちなみに世界の料理キャラ達は利川宅から外へ出てから飛び出した。
「日本の銭湯、なまら楽しみです♪」
「蒸し暑い夜だけど、ボルシチちゃんの側にいると寒いくらいね。うちの考えた設定通りになってるね」
「さすが北欧&ロシアキャラだね。天然のクーラーにもなるよ」
雪乃と桜子はほんわか顔で褒める。
「Kiitos!」
ボルシチは照れてお顔をしもやけになったかのようにほんのり赤くさせた。
「日本の真夏は赤道直下と変わらないぜ。特に大阪はな」
「でも昼間の気温は砂漠気候には勝ち目ないよね」
ムサカはどや顔で呟く。
そのあともみんなで楽しく会話を弾ませながら歩き進んでいき、夜七時四五分頃に蛍ノ湯に辿り着くと、
「ここは俺、初めて来たよ」
「和彦も女湯入る?」
「入るわけないだろ」
ロビーの受付にて雪乃が代表して、みんなの分の入湯料と、持参してない世界の料理キャラ達の分のバスタオル代を支払った。
当然のように和彦は男湯、他のみんなは女湯の暖簾を潜る。
女湯脱衣室。
「この子もいっしょに入れてあげようっと」
パンナコッタがある生き物を召喚して自分の手のひらに乗っけると、
「きゃっ、きゃぁぁぁっ!!」
桜子は甲高い悲鳴を上げて思わず仰け反った。そして側にいたボルシチに抱きつく。
「パンナコッタちゃぁん、カエルさんを出しちゃダメだよぉ」
さらに涙目で注意した。恐怖心と、ボルシチの体の冷たさからくる寒さも相まってガタガタ震えてしまう。
「パンナコッタさん、銭湯に人間以外の生き物を入れるのはманеры(マニェール)違反ですよ」
ボルシチはやんわりと注意した。
「このカエルさんは、国土の大部分がCfb、西岸海洋性気候なフランス料理にもよく使われててすごく美味しいみたいだよ」
パンナコッタは楽しそうに解説する。体長十センチほどのヨーロッパトノサマガエルだった。
「温帯のカエルは地味だなぁ。熱帯にはこんなカエルもいるんだぜ」
ハロハロは自慢げに伝えコバルトブルー、赤、黄色などカラフルな体色をした数種類のヤドクガエルを召喚させた。そいつらは自由気ままに脱衣室の床をぴょんぴょん飛び跳ね回る。
「パンナコッタちゃぁ~ん、ハロハロちゃぁ~ん、お願いだからすぐに片付けて。おウチで遊んでね」
「はーい」
「エ カラ マイE・サクラコ」
桜子に涙目で注意されると、パンナコッタとハロハロは素直に捕まえて消滅させたのだった。
「桜子ちゃんの虫嫌いは相変わらずね」
雪乃はふふっと微笑んだ。
「虫さんはどう頑張っても一生克服出来ないよ。ボルシチちゃん、腕と足以外のお肌も白くてきれいだね」
「うちのデザイン通りね。三次元化してより一層美しさが引き立ってるわ」
「スパシーバ」
桜子と雪乃に全裸姿を見つめられ、ボルシチは照れ笑いを浮かべる。
「ムサカちゃんのあそこも、うちのデザイン通りつるつるになってるわね」
「砂漠にも少しは植物生えてるし、ワタシのアンダーヘアも薄っすらとは生やして欲しかったな」
「E・ユキノ、アタシのあそこはジャングルにして欲しかったぜ」
「ハロハロちゃんのあそこをつるつる設定にしたのは、エメラルドグリーンに煌くハワイの海をイメージしてるからよ」
「そうなのか。初耳だな」
「ちなみにパンナコッタちゃんのつるつる設定は、まだ子どもだからってもあるけどコートダジュールの白い砂浜もイメージしとるんよ」
「そうなんだ。あたしそこ家族で行ったことあるよ」
「あの、雪乃さん、ミナの下の毛はけっこう生えているのですが、生え方のイメージは、タイガですよね?」
「あったり♪ 初期設定では氷床のようにつるつるだったけどね」
「無毛のつるつるもこの歳になると嫌ですね。ツンドラ地帯のコケ植物のように薄っすらと生えさせて欲しかったな」
「わたくしも薄めだけど、荒野をイメージしたのかしら?」
「あったり♪」
「やはりそうでしたか。ちょっと不満だけど、おっぱいの大きさをわたくし達の中で一番大きく設定してくれたことは満足してるわ」
「どういたしまして。一番年上だし、カウガールキャラだけにね」
そんな会話が否応なく耳に飛び込んで来て、
下品な話だけど、例え方は上品だね。
桜子は思わず苦笑いを浮かべたのだった。
☆
女の子達はみんなすっぽんぽんで浴室へ。
「ちょうど先客が出て行って誰もいなくなったな。まるで貸切状態だな」
「思う存分爆弾低気圧のように暴れ回れるね」
「ハロハロちゃん、パンナコッタちゃん、いくら他のお客さんおらんくても銭湯で暴れちゃダメよー」
「はーい」
「分かりましたのだE・ユキノ」
「あっ! 緑茶の香りのシャンプーとボディーソープがあるぅ。あたしこれ使おう!」
「アタシはパイナップルの香りの使うぜ。E・パンナコッタ、髪の毛洗ってあげるぜ」
「グラーツィエ、ハロハロお姉ちゃん、あたしはお背中流すよ」
ハロハロ、パンナコッタ、ブリトー、雪乃、桜子、ムサカ、ボルシチの並びで洗い場シャワー手前の風呂イスに腰掛け、髪の毛と体を洗い流していく。
「ねえサクラコちゃん、リアル彼氏のカズヒコくんの特に惹かれる部分はどこかな?」
ムサカから唐突にされた質問に対し、
「優しくて、背があまり高くなくて女の子みたいな顔つきと体つきで、話し方も穏やかで威圧感がないところ。からかうと面白いとこ、かな」
桜子は悩むことなくにっこり笑顔できっぱりと伝えた。
「桜子ちゃんも、やっぱうちと同じような一面に惹かれてるのね」
雪乃はふふっと笑った。
「おう! 男らしさがあまり無い方がユキノちゃんやサクラコちゃんは好きなんだね」
「そうだよ。大柄で筋肉質な子とか、厳つい顔の男の子は襲われそうで怖いなって感じちゃうよ。ところでムサカちゃん、私、和彦くんのこと大好きだけど、彼氏って言われるのはなんか照れくさいな。私にとって和彦くんは、家族同然のお友達だよ。彼氏彼女っていうのは、ある程度大人になってから、思春期以降、中学生や高校生になってから初めて知り合った男の子と女の子が、お互いのことを好きになって付き合い始めた場合に初めて言えるんじゃないかな? 私と和彦くんは、赤ちゃんの頃からいっしょに写ってる写真もあるくらいの筋金入りの幼馴染同士だから」
「いやいや、デートも経験したんだからカズヒコくんとサクラコちゃんは立派な彼氏彼女の関係、恋人同士だよ」
「うちもそう思うわ」
ムサカと雪乃は両サイドからにやりと微笑みかける。
「あれはデートじゃなくて、交友だよ」
桜子はてへっと笑った。
「ミナは、桜子さんと和彦さんはなまらお似合いのカップルだと思いますよ」
ボルシチから爽やかな笑顔でこう言われ、
「そうかなぁ?」
桜子は照れ笑いを浮かべつつ、俯き加減になりいちごの香りのシャンプーで髪の毛を洗い流していく。
「桜子ちゃん困ってるし、その話はこの辺にしといてあげましょう」
ブリトーは微笑み顔で注意してあげた。
その直後、みんなの頭上からドバァァァァァァァァーッ! と滝のような雨が。
ゴロゴロゴロッ! と雷鳴も鳴り響く。突風も起こった。
「アタシのスコールでシャワー代わりになるぜ」
ハロハロのしわざだった。黒い雲が豪雨と雷鳴をもたらしながら天井付近をゆらゆら漂っていた。
「これすごく楽しいでしょう? よかったらあたしの夕立現象も合体させるよ」
パンナコッタはとっても嬉しがっていたものの、
「ハロハロちゃん、危ないよ。それに私まだ体洗い終えてないよ」
「恵みの雨だけど、これはちょっとやり過ぎだね」
「ハロハロさん、蒸し暑くてべたついてなまら肌触り悪いです。今すぐやめなさい。公共の場でふざけて危険な気象現象を起こすのはманеры違反ですよ」
桜子、ムサカ、ボルシチには大不評だ。
「分かりましたのだE・ボルシチ」
ハロハロはしぶしぶスコール現象をやめてあげた。
「うちはけっこう楽しめたけどね。熱帯の気象現象がこの場で体験出来たんだし」
「プチノアの方舟気分ね」
雪乃とブリトーは満足顔で伝える。
「ワタシにはかなり堪えたよ」
ムサカ達が引き続き体を洗っていく中、
「E・パンナコッタ、南赤道海流攻撃だぜ」
「きゃんっ! やったなハロハロお姉ちゃん、仕返しぃ。くらえ黒潮っ!」
「同格かぁ。打ち消されて流れ止まったぜ。これならどうだ! ポロロッカ攻撃」
「きゃぁん♪ すごい流れぇ~。あたしも負けないよーっ! ヴェネチアのアクア・アルタよりも強力な技使っちゃうよ。銭塘江の海嘯!」
「ブハァッ! これも同格かな?」
ハロハロとパンナコッタは浴室内の泡の出る岩風呂へドボォォンと勢いよく飛び込み仲睦まじくはしゃぎ回る。
「ハロハロちゃんとパンナコッタちゃん、見ていて微笑ましいよ。スイーツ仲間だからすごく仲が良いんだね」
「あの、桜子さん、ミナ達の体、舐めてみませんか? 洗い立てで美味しいですよ」
「ワタシ達は体を洗うことで、作り立ての味を保つことが出来る設定にユキノちゃんがしてくれたの。一番美味しくなるのはお風呂上りに一汗流したあとみたいだけど」
「まさかこうやってリアルに舐め体験出来るなんて思いもしなかったけどね。うちはみんなの分舐めてみたよ。高級レストランで出されるような味だと思ったよ。桜子お姉さんもこの子達舐めてみぃ。一度舐めたら絶対虜になるで」
雪乃はえへへっと笑う。
「なんか、悪いなぁ」
困惑顔で気まずそうにしていた桜子に、
「サクラコちゃん、どうぞ。体中どこを舐めてもムサカの味だよ」
ムサカは風呂イスに座ったまま自分の体をぐぐっと近づける。
「……じゃあ、ほっぺたに」
桜子はムサカの体から漂う美味しそうな香りにそそられて、恐る恐るムサカのほっぺたをぺろっと一舐めしてみた。
「本当に、めちゃくちゃ美味しい♪ もっと舐めたくなっちゃうよ」
思わずもう一舐めも二舐めもしてしまう。
「ひゃぅ♪」
ムサカは頬をトマト色に染めて恍惚の笑みを浮かべる。
「このシーンええねえ」
雪乃はにやけ顔を浮かべながら、尚もぺろ舐めを続ける桜子と、
「キャハッ♪」
と時おり声を出して悶えるムサカを楽しそうに傍から眺めていた。
「ごめんねムサカちゃん、ついつい二十回以上はぺろぺろしちゃって」
一分ほど経って、ふと我に返った桜子は罪悪感に駆られながら、ムサカのほっぺたから唇をゆっくりと離した。
「気にしてないよ。ワタシ達は舐められることで快感と幸福感を得られるから」
ムサカは満面の笑みを浮かべて幸せそうに伝える。
「桜子ちゃん、わたくしもどうぞ」
ブリトーも桜子の側へ。
「じゃあ、いただきます」
桜子は舐めたい欲求が抑えられず、ブリトーのほっぺたもぺろぺろ舐めてしまった。
「んんっ、とっても気持ちいいわ♪」
ブリトーはハバネロのように頬を真っ赤にさせ、照れ笑いを浮かべた。
「私、辛い食べ物はすごく苦手なんだけど、不思議とずっと舐め続けたくなっちゃうよ。ありがとう」
桜子は恍惚の笑みを浮かべ、礼を言う。
「どういたしまして。またいつでも遠慮せずに舐めてね」
ブリトーは照れくさそうに伝えた。
「桜子さん、ミナもぜひお舐め下さい」
「いただきますっ! んっ♪ 美味しい。真夏だけど、熱々のボルシチもすごく合うよ。幸せ♪」
桜子はボルシチにはほっぺたにぺろぺろ舐めに加え、甘噛みもしてしまった。
「ミナもなまら幸せです♪」
ボルシチは頬をにんじんのように赤らめて恍惚の笑みだ。
「食べたわけじゃないのに満腹感が体験出来たよ♪ ごちそうさま」
桜子は幸せいっぱいで満足げに呟く。
「サクラコちゃんの喜ぶ顔が見られてワタシも幸せだよ。湯船に浸かってより美味しくなってくるね。いっちばん♪」
ムサカは髪と体を洗い終えると、浴室内の岩風呂はスルーして真っ先に露天風呂に向かい、湯船に静かに飛び込んだ。その瞬間に湯船のお湯がなんと、リアルなムサカへと変わった。具材のなすびやトマトやズッキーニや牛挽き肉もいっしょに浮かぶ。美味しそうな香りも漂う。
「極楽、極楽♪」
ムサカが恍惚の表情でくつろぐ中、
「ぃえーっぃ!」
続いてやって来たハロハロは足から勢いよく飛び込む。するとハロハロの周囲はタロイモアイスクリーム、ココナッツ、タピオカ、小豆、プリン、マンゴー、バナナ、コーンフレーク、透明&赤&緑のナタデココなどがミックスされたリアルなハロハロに変化する。ムサカと半々くらいにきれいに分かれた。
「ムサカお姉ちゃんとハロハロお姉ちゃん、キャラ要素出したんだね。あたしも料理の湯船にするぅ」
次にパンナコッタが入るとリアルなムサカ、ハロハロ、パンナコッタの三種類がきれいに分かれた状態に。
「わたくしも料理要素出そうっと♪ わたくしのキャラ要素、ブリトーを湯船に浮かべるのはまずいので、テクス・メクス料理の仲間を召喚するわ」
ブリトーが浸かるとチリコンカン要素まで入った。牛挽肉、玉ねぎ、トマト、チリパウダー、インゲン豆などもブリトー側の湯船にぷかぷか浮かぶ。
「すごく美味しそうだけど、ちょっと浸かりにくいなぁ」
「こうなる設定はうちの想定外だな」
桜子と鈴菜は湯船を眺め、苦笑いで呟いた。
「湯船が混沌としてますね」
ボルシチはゆっくりと湯船に歩み寄り、静かに行儀よく浸かった。
すると、湯船全体が一瞬でリアルボルシチに変化した。
「ボルシチちゃんのキャラ要素強過ぎ。ワタシ達のが全部打ち消されちゃったよ」
ムサカはアハッと笑う。
「気持ち良いのかな?」
「桜子ちゃん、浸かってみよっか?」
桜子と雪乃は恐る恐るその湯船に足を浸けようとしてみる。
「アンテークシ。桜子さんに雪乃さん、ミナ達だけで楽しんでしまって」
ボルシチは申し訳なさそうに湯船から上がった。他の四名も続々上がると、湯船は瞬く間に元の状態に。
「今度は普通に入るね」
ムサカが再び浸かると、湯気がより一層モクモク上がる。
「アタシはハワイの海要素出すぜ」
ハロハロが足から飛び込んだ瞬間、
「あっつうううう! 熱過ぎるぜE・ムサカ。五〇℃以上はあるだろ」
反射的に飛び出した。
「アナアーシファ」
ムサカはてへっと笑う。
ハロハロはそのあとはゆっくりと浸かった。
すると、エメラルドグリーンに煌めく海水が広がり、色合いの違いから塩湖と半々くらいにきれいに分かれたように見えた。海水側にはクマノミも泳いでいた。
ハロハロ周りの湯船の温度は、リアルなハワイの海と同じく三〇℃あるかないかくらいだろうか?
「これなら心地良く入れそうだね」
「ムサカちゃんの近くから入ったら、火傷しちゃいそうね」
桜子と雪乃はこんな感想を抱いた。
「ムサカお姉ちゃんの近く、まだちょっと熱ぅい。ボルシチお姉ちゃん早くぅ」
次にパンナコッタが浸かると、ランペドゥーザ島の透明な海要素も加わる。
「すぐ行きますね」
ボルシチはゆっくりと湯船に歩み寄り、静かに行儀よく浸かった。
「あらま、凍ってしまいました」
たちまち一部が氷結する。
「つめてぇぇぇーっ!」
「一気に水風呂だね」
ハロハロとパンナコッタは慌てて湯船から上がってカタカタ震える。
「ボルシチちゃん、低温要素も強過ぎだよ。この温度じゃ長風呂出来ないね」
ムサカは苦笑いを浮かべた。砂漠気候属性ゆえか、急激な温度変化と寒さに対する耐性はけっこう強いのだ。
「わたくしが入ってコロナドビーチの海要素を加えても若干上がった程度ね。お部屋の中だとわたくし達五人揃えば程よい温度になるけど、お湯だとそうはいかないみたいね」
ブリトーは浸かってから十秒も持たずに湯船から上がった。ブルルッと震える。
「私は浸かれそうにないなぁ。まるで北極海だよ」
「うちも無理。絶対風邪引いちゃう」
桜子と雪乃は足先だけを一瞬浸けて判断した。
「ねえボルシチちゃん、ちょっと出てくれないかな?」
「E・ボルシチだけ出てくれたらちょうど良い温度になると思うんだ」
「ミナはお風呂は凍るくらいの温度が心地良く感じますから。異常に高い温度を出すムサカさんが出るべきだと思います」
ボルシチはほんわか顔で主張する。
「嫌だよ」
ムサカはむすっとなった。
「ミナも嫌です。ムサカさん、室内の岩風呂に浸かればよろしいのでは」
「ワタシはオアシスの環境に近い露天風呂に一番入りたいのっ!」
「ミナも、開放的な露天風呂が一番好きなんです。出来れば独りで満喫したいです」
ボルシチはほんわか顔で主張する。
「ボルシチちゃん自己中だよ。あ~、ムカついたぁ。サハラツノクサリヘビ召喚しちゃえっ!」
ムサカによって空中に召喚された全長八〇センチほどのサハラツノクサリヘビ数匹は、重力に逆らえず湯船の中へ。
「きゃっ! ムサカさん、なまら危ないじゃないですか」
ボルシチは慌てて湯船から外へ出た。
水温が一気に上がり、浮かんでいた氷はあっという間に融けていく。
「危な過ぎるよっ!」
「これはシャレにならないわね」
桜子と雪乃は急いで浴室内に逃げた。その場所から成り行きを眺める。
「ムサカさん、お仕置きです」
ボルシチはムサカ目掛けてふぅーっと吐息を吹きかけた。
「ひゃんっ! 寒いよボルシチちゃん」
雪まじりの突風を食らわされたムサカはブルルッと震える。
「さっみぃぃぃぃぃ~。やったなE・ボルシチ。アタシはピラニアとテナガザルとアナコンダとジャガー召喚で対抗するぜ。熱帯は危険動物の宝庫だぜ」
ハロハロも巻き添えを食らってしまった。
「あたしはイタリアオオカミさんと、日本固有種のムササビさん召喚しようかなぁ」
「ワタシ、サソリとキンイロジャッカルとナイルワニも召喚しちゃうよ」
「ムサカさん、そんな高温の環境下でしか生きられないへたれな危険動物さんを召喚したところで、ミナのブリザード攻撃でいちころですよ」
ボルシチは余裕綽々だ。夜空に一瞬、エメラルドグリーンに輝くアーク型のオーロラも見えた。
「ちょっと皆さん、雪乃ちゃんや桜子ちゃんや、他のお客様達の大迷惑になるでしょ。すみやかに消しましょうね」
ムサカとハロハロによって露天風呂内に危険動物をたくさん召喚され、ブリトーは隅っこに逃げて困惑顔で注意する。
「露天風呂、動物園状態になってるやん。きゃっ! サル襲って来たし。動き速っ!」
「ゃぁん。やっ、やめておサルさん」
雪乃と桜子は浴室に移動して来た数頭のテナガザルにしがみ付かれ、胸やお尻を揉まれてしまう。
「このお猿さん、雪乃お姉ちゃんと桜子お姉ちゃんのおっぱいが好きなんだね」
パンナコッタはすぐ側で楽しそうに眺めていた。
「エ カラ マイE・ユキノ、E・サクラコ。すぐに消滅させるから」
フォァッ、フォァァァッ、フォァッ、フォァァァッ!
「あんっ、んっ♪ あっ♪ 吸い付きよ過ぎ。めっちゃ気持ちええわ~」
雪乃は恍惚の笑みを浮かべる。
「おサルさん、私にも懐いちゃってるみたいだよ。怖い、怖い。離れて、離れて」
桜子は恐怖心を感じるも、気持ち良ささも感じていた。
「熱帯のお猿さんなので、寒さになまら弱そうですね。ミナのブリザード攻撃で瞬殺出来そうですが、それ使うと雪乃さん桜子さんも巻き添えになってしまいますね。ミナは湯船のピラニアさん達を片付けます」
ボルシチはおっかなびっくり湯船に飛び込む。すると一瞬でボルシチのいる周囲数十センチ以外のお湯が全面凍結し、泳いでいたピラニアも凍結したちまち消滅した。
「お猿さん、いい加減離れなさい」
ブリトーは桜子を襲う一匹を攻撃しようと試みたが、
フォァァァッ!
かわされ風呂椅子上へ飛び移られた。
「いたっ、足引っ掻かれたわ」
「ブリトーさん、大丈夫ですか?」
「Si.平気よボルシチちゃん」
「少し血が出ています。手当てしますね」
「グラシアス。んっ♪ 冷たいけど気持ちいいわ」
「Пожалуйста.」
傷口をボルシチの手のひらから出る氷で冷やしてもらい、ブリトーは恍惚の表情を浮かべた。
「E・テナガザル、これに耐えられるかな?」
ハロハロは自分に襲い掛かって来た二匹のテナガザルに、中心付近の最大瞬間風速七〇メートル以上のハリケーン攻撃を食らわす。
フォァッ! フォフォァ!
見事命中し、二匹とも暴風雨に煽られ瞬く間に消滅。
「お猿さん、これでもくらえっ!」
パンナコッタはハリケーンを受け取ると猛烈発達温帯低気圧に変えて、桜子とブリトーを襲ったテナガザルに直撃させた。
フォァフォァファッ!
そのテナガザルは暴風雨と雷に煽られ、五秒足らずで消滅。
「やったぁ! 大成功♪」
パンナコッタは満面の笑みを浮かべてガッツポーズ。
「サクラコちゃん、ユキノちゃん、ちょっと熱いけど我慢してね。ハムシン攻撃で」
ムサカが熱風を食らわすと、
フォァッ、フォァァァァッ!
テナガザル達はびくっと反応して桜子と雪乃の体から離れてくれた。
その一秒後には消滅。これにてテナガザルは全て消えた。
「ええ体験出来たわ~。ムサカちゃんのハムシンもサウナに入ったみたいでけっこう気持ち良かったで。ちょっと濡れちゃったよ♪」
雪乃は大満足げ、
「お猿さんはかわいかったけど、怖かったぁ~」
桜子はくたびれた様子でホッと一息ついた。
「そういえば、ワタシが召喚したサハラツノクサリヘビは、どこへ行ったのかな? ボルシチちゃんもう消した?」
ムサカは周囲をぐるりと見渡してみる。
「いえ、ミナがピラニアさんを消そうとした時にはすでに姿は見えませんでしたので、おそらくは……」
ボルシチのお顔はみるみるうちに蒼ざめて来た。
「サハラツノクサリヘビもキンイロジャッカルもナイルワニも、アタシが召喚したアナコンダもジャガーも、柵を飛び越えて外に出て行っちまったみたいぜ。アタシ達がテナガザルと戦ってる間に」
ハロハロは苦笑いで伝えた。
「早急に捕まえに行かなきゃ、ご近所中がなまら大変なことに。Простите.ミナもピラニアさんやテナガザルさんやサソリさん退治に気をとられていて、うっかり見逃してしまいました」
ボルシチは恐怖心と罪悪感からかカタカタ震えながら言う。
「E・ボルシチ、またトロールに変身して楽勝だな」
ハロハロはにこっと微笑みかける。
「もうあの姿にはなりたくないです」
ボルシチはしょんぼりした表情で主張した。
「ボルシチちゃん、今は緊急事態よ」
ブリトーは肩をポンッと叩いてお願いする。
「ボルシチちゃん、頼むよ。ワタシ、ボルシチちゃんを信じてる」
「そう言われましても……」
「アタシが行ってくるよ。召喚物はE・ブリトーが取り出したやつやリアルのよりは弱いから勝てそうだし」
「ワタシも、協力するね。怖いけど、そもそもの原因作ったのはワタシだし」
ハロハロとムサカは急いで脱衣室へ。
「それならば、ミナも協力しますね。もうあの姿には絶対なりませんが。このあと風呂上がりのサウナを楽しみたいのですけど……」
ボルシチも渋々あとに続く。
「うちも協力してあげたいけど、あの子達だけでもなんとかなるよね?」
雪乃は苦笑い。危険動物でも召喚出来る設定を作ってしまったことに関し、罪悪感に駆られていた。
「わたくしは、外に出た動物さん達が万が一戻って来た時に備えてここに留まっておくわ」
ブリトーはにっこり笑顔できっぱりと伝える。本音は戦うのが怖いのだ。
「ブリトーちゃん、頼もしいよ。和彦くんにこのこと知らせなきゃ。もう上がってるかな?」
そんなブリトーの心境を察せれなかった桜子も脱衣室に戻り、全裸のままスマホをマイポーチから取り出し和彦の電話番号に連絡する。
発信してから十秒足らずで出てくれた。
「桜子ちゃん、何か用?」
「あのね、ムサカちゃん達が湯船のお湯の温度のことで気候性の違いでケンカしちゃって、ムサカちゃんとハロハロちゃんが召喚したナイルワニさんやアナコンダさんとかの危険動物が、お外に出て行っちゃったの」
「それ、かなりやばいだろ」
すでに風呂から上がり、脱衣室で服を着ている途中だった和彦の表情は若干引き攣る。
「ハロハロちゃん達が今から消しに行ってくれるけど、心配だから和彦くんもお風呂から上がったらいっしょに協力してあげて」
「俺にはどうにも出来ないって」
「頼んだよ。期待してるよ」
「あの、桜子ちゃん、こういうのは警察か猟友会に……切られたか」
ハロハロとムサカとボルシチが着て来た服に着込み終え、ロビーを通り抜け外へ出てからほどなく、和彦もロビーへ。
ここは俺も行かないと、男として情けないよなぁ……なんか力士っぽい人がいるし。あの人に協力してもらうか。
「あのう、すみません」
マッサージチェアに腰掛け、週刊少年漫画雑誌を読んでくつろいでいた力士っぽいお方に、和彦は恐る恐る声を掛けた。
「ほへ?」
力士っぽい人はくるっと振り向く。
「なんか、この辺りに、ワニとかアナコンダとか、危険動物が逃げ出してしまったようなので、退治に、協力していただけないでしょうか?」
和彦が苦笑いを浮かべてお願いすると、
「和邇って、海にいるもんだべ。鯨ほどでっかくはねえんだが人を食い殺すおっそろしい生類で、べらぼうに強えし、海ん中じゃ天狗みてえな顔したペリーが連れて来た異国のレスラーとボクサー相手に赤子の手を捻ったこちとらみてえな力自慢の男共十人くれえでかかっても敵わねえけどよぉ、陸に上がっちまったんならこちとら一人でも楽勝だべ」
力士っぽい人はきょとんとなったのち、目をきらきら輝かせ興奮気味に自信満々な様子で話を続ける。
「その、ワニザメじゃなくて、爬虫類の方でして」
和彦が困惑気味に伝えると、
「穴子も、海にいるもんだろ。あれ天ぷらや寿司や白焼きにして食うとべらぼうに美味えよな」
力士っぽい人は満面の笑みを浮かべながらこう呟いた。
「穴子じゃなくて、アナコンダです」
「ほへ? よく分からねえけど、こちとら、困ってる人がいたら放っておけない性(さが)なんで、任せてくんろ」
「ありがとうございます」
「お安い御用でげす」
よかった♪ ちょっと天然ボケなとこもあるけど、見た目通り頼りがいありそうだ。今名古屋場所中だし、本物の力士じゃなさそうだけど。売れない無名のお笑い芸人かな?
快く引き受けてくれ、和彦はホッとした気分で感謝する。
こうしてこの二人も外へ。
五〇メートルほど歩き進んだ所で、
「うっそやろ」
「そんなんあり得へんわ~」
「マジマジ、ワニが橋んとこから川に飛び込んだん見てんってっ!」
「それ絶対亀かトカゲの見間違いやで」
「いやほんまやねんって」
「見てみてぇ~」
「おまえ酔っとるやろ?」
「酔ってへんわ~」
大学生らしき男女集団が笑いながらそんな会話をしているのを目撃した。
すでに目撃者が出てるみたいだな。
和彦は心の中で突っ込んでおいて引き続き捜索。
そこからさらに百メートルほど歩き進むと、
「あっ、いましたね。あそこに」
街灯で照らされた歩道上に、体長四メートル以上はあると思われるナイルワニの姿を発見してしまった。遠くから確認する。
「ほげえええええっ! あんな化け物、倒せるわけないでげす。食わないでけろーっ!」
力士っぽいお方は途端に顔を青ざめさせ、横を走っていた車に匹敵するくらいの猛スピードで、ドスーン、ドスーンと大きな地響きを立てながら逃げ去ってしまった。
「案外、頼りなかったな」
和彦は呆れ顔だ。
ナイルワニは和彦に気付いたようで、口をガバッと大きく広げて牙を向けて近寄って来た。
俺も逃げなきゃな。ムサカちゃん達に早く居場所知らせないと。いや待て。あの子達、携帯持ってないよな?
和彦も一目散にその場から逃げ出す。
同じ頃、ボルシチは児童公園内でキンイロジャッカル三頭と格闘中。
「キンイロジャッカルさん、До свидания.」
トロールには変身せず、五メートルほど離れた場所からブリザード攻撃を食らわし、あっさり消滅させた。
ムサカの方は住宅地の一角で、街路樹から突如襲い掛かって来たオオアナコンダと格闘中。
「意外と楽勝だったね」
自身の周りの気温を五〇℃以上まで上昇させる灼熱と、ハムシン砂嵐のダブル攻撃によりノーダメージで勝利を収めた。
「危うく噛まれるところだったぜ」
ハロハロは河川敷で、最大瞬間風速八〇メートル以上のハリケーン攻撃を食らわしサハラツノクサリヘビ二匹に勝利。
そんな中、
「んっ、パンナコッタちゃんも、柔らかくってクリーミーですごく美味しい♪ 今まで食べて来たパンナコッタの中で最高の味だよ」
桜子は露天風呂に浸かりながら、パンナコッタのほっぺたをぺろぺろ舐めて、本場の濃厚な味を堪能していた。
「グラーツィエ、桜子お姉ちゃん。ソノフェリーチェ♪」
三十回くらい優しく舐められ、ハムッと甘噛みもされて、パンナコッタは照れくさがってほっぺたをいちごのように赤らませる。
「ごちそうさま♪ イタリア語だとエスタート モルト ブォーノだったね。私も幸せ気分で、ここの環境もすごく快適だよ♪ 気持ち良い♪」
「星もきれいに見えるし、高原リゾートの露天風呂にいる気分ね。最高や♪」
「わたくし達の周りだけ、標高二千メートルを越えるサンタフェのような環境に変化させたわよ」
「あたしがここから離れたら、ブリトーお姉ちゃんの気候属性が強く出過ぎて、エルバート山の山頂くらいの環境になって、桜子お姉ちゃんと雪乃お姉ちゃん、高山病になっちゃうかもしれないね」
桜子、雪乃、ブリトー、パンナコッタの四人でそんな会話を弾ませている時、
「あら、今日はいつもより空気が澄んでる感じがするわ~」
「ほんまやねぇ。極楽やわ~♪」
入って来た他のおばちゃんなお客さん達にとっても、この環境は快適だったようだ。
「ムサカちゃん達、上手くやってくれてるかなぁ?」
星空を見上げている時そんな心配がよぎった桜子に、
「きっと大丈夫だよ。あたしとブリトーお姉ちゃんより自然環境過酷だもん」
パンナコッタが自ら発生させた海流的流れに乗って水中をぷかぷか漂いながら、自信を持ってこう主張した。
同じ頃。
やばい、やばい。絶対追いつかれるっ!
和彦は引き続きナイルワニから逃げ惑っていた。
けれども容赦なく牙を剥かれ、一気に詰め寄られてしまう。
こうなったら……
和彦は運良く側に捨てられてあったコーヒーのスチール空き缶を拾い、五メートルほど先にいるナイルワニ目掛けて投げつけた。
グァッ!
見事命中し、ナイルワニ、怯む。
効いたか?
和彦は安心することなくすぐに逃げ、ナイルワニから少し距離を広げることが出来た。
だが、
瞬く間にさっき以上に詰め寄られてしまう。
やばいっ! より一層怒ってらっしゃる。
和彦、万事休す。あと三メートルくらいまで迫って来た。
しかしその時、
「和彦さん、もう大丈夫ですよ」
「待たせたなE・カズヒコ」
ボルシチとハロハロが助けに来てくれた。和彦とナイルワニとの間に入ってくれる。
「おう、またこの前のライオンに襲われた時みたいにギリギリで参上かぁ」
和彦の表情はほころんだ。
「いやぁ、今回は二分前にはE・カズヒコの事態に気付いてたんだけど、絶体絶命のピンチになってから助けた方がドラマ性があるかなって思って待機してたのだ」
「おいおい、そこはそういう演出いらないから」
ハロハロから満面の笑みでされた発言に、和彦は苦笑いでやや呆れる。
「ナイルワニさん、До свидания.」
ボルシチは爽やかな笑顔を浮かべながら、ナイルワニにブリザード攻撃を食らわす。
ナイルワニはみるみるうちに完全凍結し、その一秒後には消滅した。
「ボルシチちゃん強過ぎ」
「E・ボルシチのブリザード攻撃はチートだな」
和彦とハロハロは深く感心する。寒さに震えながらも。
「いえいえ、それほどでも。アムールトラさんやホッキョクグマさんにはほとんど効かないですよ」
ボルシチは謙遜気味に微笑む。
「おーい、みんな。ジャガーは倒した? ワタシは姿見てないんだけど」
ちょうどムサカも和彦達のもとへやって来た。
「いや、まだだぜ」
ハロハロが即答する。
「ミナも、まだ姿を見てないです」
「ってことはまだこの辺うろついてるってことか。やばいな」
和彦は全身から冷や汗が流れ出た。
「和彦さん、ご安心下さい。ジャガーさんでもミナのブリザード攻撃で瞬殺出来ますので」
ボルシチは自信満々に伝える。
こうして和彦達は引き続き辺りを捜索することに。
四人で固まって五分ほど歩き回っていると、
「うわっ! 出たぁっ! ボルシチちゃん、早く攻撃してっ!」
和彦が最初に大通りの街灯に照らされたジャガーの姿を発見した。反射的にボルシチの背後に回り、声を震わせながらお願いする。
そんななんとも臆病で情けない彼とは対照的に、
「Voi.なまら弱っているような」
ボルシチは姿をよく確認して冷静に判断した。
ジャガーはよろけながらゆっくりと、今にも倒れ込みそうな感じで歩道を歩いていたのだ。
「拳や蹴りを食らったような傷がいっぱいついてるぜ」
ハロハロが伝える。彼女は夜行性動物の性質も一部備えられていて、暗闇でも辺りの様子がよく見えているのだ。
「この猛獣に、素手で挑んであそこまで弱らせることが出来た奴がいるのかよ。凄過ぎ」
和彦は深く感心していた。
「リアルなジャガーよりは弱いけど、それでも並の人間じゃ太刀打ち出来ねえほど強いぜ。ハワイ出身、曙みたいな感じの奴がやったのかな?」
ハロハロはわくわく気分で楽しそうに推測する。
「大砂嵐みたいな感じの人がやったのかもね。これならワタシでも倒せそう」
ムサカはジャガーの二メートルほど手前まで近寄り、ハムシン砂嵐攻撃を食らわした。
ジャガーはあっさりと消滅する。
「よかったぁ~。これで全て解決だよな?」
「ワタシはワニに遭うまでに銭湯出てすぐの所にいたサハラツノクサリヘビ三匹と、アナコンダ消したよ」
「アタシは自販機前のごみ箱漁ってたキンイロジャッカル一匹と、サハラツノクサリヘビ二匹消したぜ」
「それならばミナが消した分と合わせて間違いなく全滅ですね。一般の方々に被害が及ぶ前に片付けられてよかったです。万が一残っていたとしても召喚物は三〇分で自然消滅する設定に雪乃さんがしてくれていますので、おそらくあと二分ほどで消えるでしょう」
和彦、ハロハロ、ムサカ、ボルシチは安心していっしょにスーパー銭湯へ戻っていく。
ジャガー半殺しにしたのって、あの力士っぽい人かな? ばったり出遭って無我夢中で攻撃したらあの人ならあれくらいやれるような気がするし。俺と背はそんなに変わりなかったけど、体重は百五十キロくらいはありそうな感じだったからなぁ。
和彦がそんなこと考えていると、
シャシャッ!
と何かが彼の目の前を横切った。
「うわっをぉ!」
思わず仰け反った和彦はすばやくボルシチの背後へ。
ミィー♪
直後にこんな鳴き声が。
「なぁんだ、ネコかぁ。ジャガーかジャッカルと思ったよ」
和彦は姿を確認するとやや声を震わせて呟く。大柄な三毛猫だったのだ。
「カズヒコくん、さっきの反応面白ぉい」
「E・カズヒコは本当に憶病だなぁ」
ムサカとハロハロにくすくす笑われてしまう。
「いや、あんなことがあったばかりだし、何が現れても普通びびるって。俺一般人だよ」
和彦は表情をやや引き攣らせて言い訳する。
「でもそこが和彦さんの魅力ですね。桜子さんが惹かれる理由がよく分かります」
ボルシチはにんまり微笑んでいた。
その後は何事もなくスーパー銭湯に到着し、ロビーで他のみんなと落ち合った。
「みんな無事に戻って来てくれて何よりだよ。ハロハロちゃんとムサカちゃん、二度と危ない生き物は召喚しないでね」
桜子からにっこり笑顔でやんわりと注意され、
「分かりましたのだ」
「もう二度とやらないよ。アナアーシファ」
ハロハロとムサカは深く反省の色を示したようだ。
「ともあれ一件落着したことだし、みんな何か飲んでくつろごう。どれも百円で飲み放題よ。やっぱ銭湯上がりといえばカフェオレね」
雪乃は併設のドリンクバーへ歩み寄っていく。
「私もそれにするよ」
「ミナは十勝牛乳にします」
「アタシはパインジュースにするぜ」
「あたしは緑茶にするぅ。日本茶大好き♪」
「わたくしはコーヒーをいただくわ」
「ワタシはモロヘイヤジュースにするよ」
「俺は烏龍茶で。俺がみんなの分まとめて払うよ」
他のみんなもあとに続き、お目当ての飲料水を紙コップに注ぎ入れた。
世界の料理キャラの子達、うちが好きな飲み物に設定した通りのを選んでるわね。
雪乃は嬉しそうに微笑む。
このあとみんなは長椅子に腰掛け、お風呂上りの一杯を楽しんでからスーパー銭湯をあとにしたのだった。
帰る途中、
「あの、ハロハロちゃん、舐めても、いいかな?」
「もちろんオーケイだぜ。好きなだけ舐めてくれ」
「じゃあ、いただきます。んっ♪ ハロハロちゃんも、すごく甘くて美味しいよ。これが本場のハロハロの味なんだね」
「マハロ ヌイ ロア、E・サクラコ」
桜子はハロハロの体から漂う香りにそそられ、ついついほっぺたをぺろっと舐めてしまった。桜子もハロハロも幸せそうにする。
「桜子ちゃんもすっかりこの子達の虜になったね」
この光景をしっかり眺めていた雪乃も満足げだった。
この子達の近くにいると香りにそそられて舐めたくなってくるけど、俺は絶対舐めないぞ。俺がやったら変態行為だからな。でも、体くらいは触ってみたい。
和彦も桜子のぺろ舐め行為をちらっと見てしまい、こんなことを思ってしまっていると、
「きゃぁっ! Извращенец!」
突如、最後尾を歩いていたボルシチの悲鳴。
それと共に、
「大丈夫か? ボルシ……うわぁっ! 何だこのにおい」
「ものすごいにおいだね」
発酵食品の強烈な匂いが周囲に漂って来て、和彦と桜子は思わず顔をしかめ、鼻と口を押さえる。
「ドリアン以上だな」
「ボルシチお姉ちゃん、ゴルゴンゾーラ以上の臭さだね。そんな能力もあったんだね」
ハロハロとパンナコッタも苦笑いを浮かべていた。
「ぐはあああっ~っ!」
ボルシチに痴漢したと思われる中年痩せ型七三分けスーツ姿眼鏡の気弱そうなおっさんもにおいに腰を抜かしていた。
「フェロート メイ。ミナは、男の人に性的なイタズラをされると、シュールストレミングの香りを放ってしまう設定なんです。先ほど、こちらの方にお尻を触られまして」
ボルシチはスウェーデン語で謝罪の言葉も述べて、照れくさそうに打ち明けた。そのにおいも次第に消えていく。
触らなくてよかったぁ。
和彦は内心思ってしまった。
「この設定作っておいて、正解だったかな?」
雪乃はアハッと笑う。
「もう大丈夫よボルシチちゃん、痴漢はムサカちゃんが捕まえたわ」
ブリトーが伝える。痴漢のおっさんはうつ伏せで、ムサカに乗っかられスフィンクス座りをされ、身動きを封じられていた。とはいえ、
「お嬢ちゃん、ありがとう、ございますぅ。外国人っぽいから、サンキューベリーマッチの方がいいかな? えへへっ」
とお礼を言って嬉しそうな表情を浮かべていた。ムサカから漂う体臭という名の香りにも癒されているのだろうか?
「変態おじさん、ワタシ達を襲うなんて、相手が悪過ぎたね。ムチ打ち刑にしちゃおっかな」
ムサカはにやりと笑う。
「あちちちちぃぃぃぃぃっ。ひぃぃぃぃぃぃぃ。おっ、お許しを」
痴漢のおっさんは怯えながら訴える。ムサカの熱々体質が効いたようだ。
「日本でそれをしたらわたくし達が傷害罪にされてしまうので、後は警察に引き渡しましょう」
ブリトーは微笑み顔で提案する。
「痴漢のおじちゃん、自首した方がいいよ」
パンナコッタがボブのトラウマからか、和彦の背後に隠れて若干怯えながらそう勧めると、
「こんなかわいい外国人のお嬢ちゃんからそんな顔でそう言われると、従わなきゃいけないなぁ。ぼく、自首しまぁす」
痴漢のおっさんは怯え顔ながらも嬉しそうに呟く。
「それじゃ、おじさん、ワタシといっしょに警察行こっか♪」
「はい。喜んで♪ いてててっ」
彼はムサカに拘束されたまま、すぐ近くの交番入口前まで連行されたのだった。
解放後、大人しく交番の中へ入っていったのを見届けたみんなは、安心して帰路につく。
☆
光久宅前で桜子と別れを告げて、世界の料理キャラ達は利川宅前でハンカチ内に戻って、午後九時半ちょっと過ぎ。和彦と雪乃が帰宅してほどなく、
『今入って来たニュースです。本日午後九時前、大阪府豊中市内でワニを目撃したという情報が複数寄せられました。被害の報告はまだ入っておりませんが、近隣にお住みの方はなるべく外出を控えるようにし、もし目撃された場合は決して近づかないようにじゅうぶんご注意下さい』
リビングのテレビからこんな緊急報道が。
「和彦と雪乃は見かけんかったん?」
母から問いかけられ、
「うん、見なかったよ」
「うちも全然知らんよ」
最も事態をよく知っている和彦と雪乃は知らないふりをしておいたのだった。
☆
午後十一時半頃。
「豊中市内や吹田市内で女子児童や女子中高生に『おじさんといっしょにポンバシ行かへん?』『お嬢ちゃん、プリ○ラとアイ○ツとプリ○ュアとリルリルフェ○リル、どれが一番好きかな?』などと声掛けをしたり、背後からお尻を触ったり抱きついたりするなど、少なくとも十数件の連続猥褻事件に携わったとして、不審者情報で似顔絵公開中だった本人の男が自首したらしい。絶対あいつだな」
和彦はスマホでニュースをふと確認すると、こんな項目が目に飛び込んで来た。
「アニメオタクでもあったとは、まさにHentaiですね」
被害に遭ったボルシチは苦笑いで突っ込む。
「ボブお兄ちゃんと同類だね」
パンナコッタはむすっとふくれる。
「E・ボブとはいいホアロハになれそうだな。危険なロリコン同士だけど」
「ともあれ、ワタシ達のおかげで解決されてこの街はより一層平和になったね」
ハロハロとムサカは満面の笑みで呟く。
「誰かのいたずらか故障か? わずか数分間に豊中市のアメダスで最高気温48.2℃、最低気温氷点下26.7℃を観測。これって絶対……」
和彦は次にこの記事を確認すると、
「ワタシ達のせいだね。この辺り一帯一時的だけど気候変動しちゃったみたいだね」
「外を出歩く時、ミナ達が単独で行動するのはやめた方が良さそうですね」
「そうね。わたくしも皆さんといっしょにいることで、わたくし単独でいる時の平均気圧が打ち消されて海抜0メートル地点の平均気圧とほとんど変わらなくなるわけだし」
ムサカ、ボルシチ、ブリトーは、苦笑いで気まずそうにする。
それに対し、
「アタシは単独でも、今の時期の日本の平野部の大半なら全く影響なさそうだぜ」
「あたしは年中問題ないよ。北海道の一部と、本州以南の日本の大部分の気候、ヴェネチアと同じCfa温暖湿潤気候の性質も含まれてるもん」
ハロハロとパンナコッタは自慢げに呟いた。
「ただ、外を歩いていた人の証言によると、一瞬だけ真夏の炎天下に置いた車に入った時のような異様な暑さと、冷凍庫を開けたような寒さに見舞われたとの情報も複数寄せられたって書かれてるし。記録上はどうなるんだろうな? 間違いなく無効だと思うけど。あと砂嵐が起きたとか、雪が舞っていたとか、オーロラっぽいのが見えたっていう報告もあるみたい」
和彦が微笑み顔でこのニュースの詳細を伝えると、
「それも明らかにワタシとボルシチちゃんのせいだね」
「予想以上に広範囲に影響が及んでしまったみたいですね」
ムサカとボルシチはアハッと笑って決まり悪そうにしたのに対し、
「アタシもハリケーン起こしたけど、怪しまれるほどの影響は出なかったみたいだな」
ハロハロは得意げに笑う。
翌日、このアメダスの観測記録は当然のように欠測とされることが決まったのだった。
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