俺の部屋が世界の料理な女の子達のエキゾチックな香りで包まれたんだけど

異文化交流 ６ 西部劇属性ブリトーのお仕置き、あわや大惨事

七月一日、月曜日から始まった期末テストの日程は滞りなく進み、期末テスト四日目終了後。和彦、俊也、秀則の三人はいつも通り近くに寄り添って駄弁っていた。

「今日は現社と生物で楽だったけど、明日が一番嫌だな。数Ⅰと英語、どっちも俺の苦手科目だし」

「僕は数学は一番楽しみだけどね」

「数学が得意なやつの頭の構造は理解出来んな。おれは全科目苦手やから」

「俊也、それはやばいぞ。俺も頑張らないと」

「今日は四日だよな。ジャ○プＳＱとジャ○プコミックの新刊、今日発売やから駅前の本屋までいっしょに買いに行こうぜ」

「えー、あと一日だけなんだし、終わってからでいいだろ。今日買うと、絶対気になってテスト勉強に集中出来なくなりそうだし」

　俊也の誘いに、和彦は眉を顰めながら意見した。

「おれは明日の試験完璧に捨ててるし。おれ目当てのやつは人気作だから明日には売り切れてるかもしれねえし」

けれども効果なし。俊也の意思は全く変わらず。

「そういうのはたくさん入荷されるから、むしろいつでも手に入れ易いだろ」

　ほとほと呆れ果てる和彦に、

「あのう、利川君。僕も、いち早く読みたいですしぃ、いっしょに行きましょう」

　秀則も申し訳無さそうにお願いして来た。

「……秀則まで。それじゃあ、行くか」

　和彦は五秒ほど悩んだのち、こう意志を固めた。

「みんな、お目当てのもの買ったら長居はせずにまっすぐおウチに帰って、しっかりテスト勉強しなきゃダメだよ」

困惑顔で見送った桜子をよそに三人は学校を出ると、最寄り駅の方へと向かっていった。

「真面目な和彦君の貴重な学習時間を阻害しようとしているあの俊也君というオルメカの巨石人頭像みたいなお顔の悪友と、秀則君というオポッサムみたいな間抜けなお顔の子、懲らした方がいいかもね」

　あのやり取りをモニター越しに眺め、ブリトーはにやりと微笑んだ。

「それはいいアイディアだね、ブリトーちゃん」

　ムサカは大いに賛成する。

「まず手始めに」

　ブリトーが何かを手にし、テレビ画面を叩いた瞬間、

「いてっ！」

「どうした、俊也？」

「何かあったのでしょうか？」

　和彦達のいる場所はこんな現象が起きた。

「なんか、いきなり誰かに後頭部叩かれたみたいなんだ」

　俊也はそう伝えながら後ろを振り返ってみた。

「あれ？　気のせいかな？」

　しかし誰もいないことに俊也は不思議がる。

「たぶんそうだろ」

　和彦は素の表情で突っ込み、

「僕はおそらく、カナブン的な昆虫に衝突されたのだと思います」

　秀則はほんわか顔でこう推測した。

「あー、あり得るよな、チャリ乗ってる時とかたまに顔にぶつかってくるし」

　俊也は朗らかな気分で笑う。

「秀則、さすがの推理だな」

　和彦も感心する。しかし秀則の推理は間違いだった。

ブリトーが俊也の後頭部をブルウィップとも呼ばれる牛追い鞭でバチンッと引っ叩いたのだ。

　三人は当然、それに気づくはずはない。

「大成功ね」

　ブリトーは満足顔だ。

「次はワタシの番ね」

　ムサカは画面に向かって両手をかざす。

　それから数十秒後。

「あっちぃ～。今日はめっちゃ暑いよなぁ。さっきから一段と日差しきつなって来たし、熱風まで吹いて来たし。やば過ぎやで」

「間違いなく今年一番の暑さだな」

「尋常でなく暑いですねぇ。今日の豊中市の予想最高気温は３５℃でしたが、すでに４０℃を越えているのではないでしょうか？　僕はそんな予感がします」

　俊也達はこんな会話を交わした。

「じわじわ効いてるみたいだね。アナアーシファ、カズヒコくん。巻き添えにしちゃって」

　ムサカは罪悪感に駆られながらもフフフッとほくそ笑んだ。ハムシン攻撃を食らわしたのだ。

「わたくしのデスヴァレー要素も加えれば、五〇℃以上まで上げられるわよ」

「さすがブリトーちゃん、やっちゃいなよ」

「Ｅ・ムサカとＥ・ブリトーの灼熱攻撃に頼らなくても、今日は全国的にここ数日で一番の暑さになってるらしいな。実際今日の大阪の予想最高気温、カイロやジャカルタより上がる予想になってるし。これでアタシの高湿度攻撃やＥ・パンナコッタのフェーン攻撃も食らわしたら一番ひ弱そうなＥ・ヒデノリは熱中症不可避だな」

　ハロハロはお仕置きは控えてあげた。

「こんな暑い日は冷やしたミネストローネが一番だね」

　パンナコッタは和彦のベッドに腰掛け、召喚したそのイタリア料理をスプーンで美味しそうに味わう。

「和彦さんには、帰って来たら涼しく出迎えてあげたいです」

　ボルシチは召喚した富良野名物ラベンダーソフトクリームを味わいながらほんわか顔で呟く。

「さてと、先回り地点を映して、もっときついお仕置き開始よ」

　ブリトーはにやりと微笑み、映像を別の地点に切り替えた。

続いて、和彦が中学時代に使っていた理科の資料集のとあるページを開き、開かれた方をテレビ画面に向ける。そして背表紙をトントントンッと手で叩いた。

和彦、俊也、秀則の三人が橋の上に差し掛かり、

「それにしてもラノベ読んでるやつって、クラスでおれらの他にあまりいないよな」

「金銭的なこともあるのでしょう。ラノベを二冊買うお金で、ジャ○プコミックが三冊買えるからね」

「でも、図書室にもいっぱい置いてあるけどなぁ。桜子ちゃんに頼んでもっと宣伝してもらおうかな」

こんなオタク的会話をしていたところ、

「あっ、あのう、利川君、寺浦君、前、前」

　突然、秀則の顔が蒼ざめた。

「どうした秀則？　そんなに震えて」

「ん？」

　和彦と俊也もまっすぐ前方を見た。

「「「……」」」

　瞬間、三人の顔が凍りつく。

彼らのいる二〇メートルくらい先に、とある野生動物が現れたのだ。

ガゥオッ！　

それは大きく咆哮した。

百獣の王、ライオンであった。性別は、鬣が目立つオス。

「ひええええええっ～！　こっ、これは、夢でございますよね？」

「うわああああああああっ！」

「なっ、なんでこんな所にあんなアッフリカンな動物がおるねん？」

　三人は慌てて全速力で逃げ出した。五〇メートル９秒を切るくらいのペースだ。

「日本国内には野生のライオンは生息していないはずなので、王子動物園か、天王寺動物園から逃げ出したとか？」

　秀則は顔を蒼ざめさせて逃げながらも、冷静に分析してみる。

　ライオンも当然のように三人を追って来た。

　三人とライオンとの距離はみるみるうちに詰められていく。

「Ｊａｊａｊａ．いい気味ね。さて、そろそろ助けてあげましょっか」

「本当にそろそろ戻した方が良いぜ。Ｅ・カズヒコには罪はないし、Ｅ・シュンヤとＥ・ヒデノリに対するお仕置きもやり過ぎだと思うぜ」

「早急に回収しないと、かなり騒ぎになっちゃいますよ。というか、和彦さん達の身がなまら危険に晒されます。あのう、ブリトーさんがライオンさんを元に戻すのですよね？　銃やムチを持っててミナ達の中で一番強そうですし」

　ボルシチは深刻そうに問う。

「えっと、わたくし、怖いので、誰か、やっていただけないでしょうか？」

　ブリトーはてへっと笑った。

「あたし、ライオンさんは大好きだけど、檻がなかったら、怖いよぉ」

「アタシもあいつと戦う勇気は無いぜ。召喚したものと違ってアタシ達が触れるか攻撃与えただけじゃ消えてくれねえし」

「ワタシも無理、無理。サソリやサハラツノクサリヘビよりも遥かに強いもん」

　パンナコッタ、ハロハロ、ムサカは苦笑いで言い張る。

「ブリトーさん、西部劇キャラのくせに、臆病なのですね」

ボルシチは呆れ顔だ。　

「それは否定出来ないわ。臆病だからこそ、武器に頼っちゃうの。それにわたくし、本物のカウガールじゃなくて、コスプレしてるだけって設定だから。こうなったら、助っ人を呼びましょう。またボブ君に頼もうかしら。同じ肉食系のようですし」

　ブリトーは苦笑いを浮かべながら提案する。　

「ブリトーお姉ちゃん、あのおじちゃんは絶対出しちゃダメェーッ！」

　パンナコッタはむすっとした表情で要求した。

「あのロリコンに頼んでも、絶対やってくれないよ」

「幼い女の子が大好きな時点で、怖がりだと思うぜ」

　ムサカとハロハロは自信満々に主張する。　

「確かにそうね。それじゃぁバッファローちゃん召喚して助けもらいましょっか」

「ブリトーさん、余計大変な事態になりそうなので、絶対やめた方がいいと思います」

　ボルシチは困惑顔で意見した。　

「その案も却下かぁ。こうなったら強そうな人……世界史の教科書から強そうな人を召還すれば。コルテスは論外。プロイセン王のフリードリヒ２世は、鯛焼きみたいなお顔で頼りなさそう。うーん……ナポレオン１世にするか、ルイ１４世にするか、カール大帝にするか、フェリペ２世にするか、スレイマン１世にするか、ボリバルにするか、トゥーサン・ルヴェルチュールにするか……でも、どのお方も日本語は通じないだろうし、それに、とても怖そうだし、とりあえず、このお方でいいかな？　日本人だから言葉も通じそう」

　ブリトーは世界史の教科書をパラパラ捲って見つけたとあるカラーページを開き、手を突っ込んだ。

「やっぱり、すごく重たいわね」

　三〇秒ほどかけて、お目当ての人物をなんとか引っ張り出すことに成功した。

「きゃあっ！」

　瞬間、ボルシチは思わず目を覆った。

「Ｅ・ボルシチ、褌付けてるんだしそんな反応しなくても」

　ハロハロは笑いながら突っ込む。

「Ｂｒａｖｏ！　お相撲さんだぁーっ！」

「日本のお相撲さんもいいけど、エジプト出身大砂嵐もイケメンで格好いいよね」

　パンナコッタとムサカは興味津々に現れた人物の姿を眺める。

力士であった。

「ペリーに対抗して力士が米俵を運んでいる図から取り出したの」

　ブリトーは自慢げに語る。

「……どこでぇ、ここは？」

　力士は目を丸め、米俵を持ったまま周囲をぐるりと見渡す。かなり戸惑っている様子であったが当然の反応だろう。

「力士のおじちゃん、ここは二十一世紀の日本だよ。気候はＣｆａ温暖湿潤気候だよ」

「力士君、落ち着いて聞いてね。ここはあなたがいる時代から、一六〇年以上先の世界なの。元号は安政ではなく平成、江戸は東京って知名になってるわよ」

「ほへっ！？」

　パンナコッタとブリトーからの説明に力士はさらに驚き、ひょっとこのような表情になる。

「キミに倒してもらいたいやつがいるんだ。そこに映ってる、ライオンなん……」

　ハロハロがそう言い切る前に、

「ひっ、ひえええええええ！　はっ、箱が、しゃべったでげす。うわわわぁーっ」

　力士は顔面を蒼白させ、ドスーン、ドスーンと大きな地響きを立てながら、部屋から逃げ出してしまった。

「何の音？」

　リビングにいた母は不審に思い、廊下に出た瞬間、

「うぉっ！」

　力士とばったり出会ってしまった。

「きゃっ、きゃぁっ！　何ですか？　あなたは？」

　母は驚き顔で尋ねる。

「こっ、こちとら、江戸っ子の力士でぃ。今しがたまで、船に米俵を運んでいたんでぃ！　でもよぉ……」

　力士はひょっとこのような表情をして強い口調で説明する。

「はぁ？　何言ってるの？　あなた。警察呼ぶわよ。ひょっとして、最近このおウチの食べ物漁ったり、光熱費を使ってる泥棒？」

　母は和彦を叱り付ける時のように険しい表情で問い詰めた。

「こうねつひ、ってなんでぃ？」

「とぼけるんじゃありません。あっ、こらっ、待ちなさい！」

「ひいいいいい、これやるから見逃して欲しいでげすーっ」

　力士は母の様相に恐れをなし、片手に持っていた米俵を投げ捨てて玄関から外へ飛び出した。

「あらまっ、案外いい泥棒さんね」

　母はにこっと微笑んだ。

　力士は図中では米俵を両手に抱えていたが、取り出される際一つ落っことしたらしい。

和彦の自室。

「面白いおじちゃんだったね」

「うん。あのスモウレスラー、サモア基準でも大柄だな」

「役に立たなかったね、あの力士。アフリカから初めて角界入りしてスピード出世を果たした大砂嵐の根性を見習わなきゃ」

「根性が予想と全然違ってたわ。あの人も和彦君や俊也君、秀則君と同じくアルマジロ系男子ね」

　パンナコッタとハロハロは笑顔、ムサカとブリトーは呆れ顔でさっきの力士の印象を語る。

「クリミア戦争とほぼ同時期から、いきなり二十一世紀の世界に飛ばされたのですから、あのような素っ頓狂な反応をされても無理は無いと思います」

　ボルシチはほんわか顔で意見する。

「カメハメハ３世が亡くなった頃なら、科学もけっこう発達してたと思うけどな。あっ！　Ｅ・カズヒコ達、もうかなりやばい状況になってるぜ。アタシが助けに行って来るよ」

　ハロハロは早口調でそう言って、テレビ画面に飛び込んだ。

「чрезвычайное　положениеですね。ミナもお手伝い致します」

　ボルシチもあとに続いた。　

「ハロハロお姉ちゃんとボルシチお姉ちゃん、大丈夫かな？」

「あの子達ならきっと無事にライオンを二次元に戻せるよ」

「ハロハロちゃん、ボルシチちゃん。ブエナ　スエルテ。大怪我したら、世界史の教科書からナイチンゲールを引っ張り出すので」

　残る三人は固唾を呑んでモニター越しに見守る。

その頃、和彦、俊也、秀則の三人は高さ二メートルくらいのブロック塀に突き当たってしまっていた。袋小路だ。すぐに引き返そうとしたが時既に遅し。ライオンはもう、三人の一メートルほど先まで迫って来ていた。

「ひえええええっ、ラッ、ライオン殿。どうか、僕達の側から離れて下さいましぇ」

「どっ、どうしよう、どうしよう。かっ、母さん、姉ちゃん。助けてーっ！」

「ひでのり、かずひこ、死ぬ時は、いっしょだぜ」

　三人はブロック塀に背中をつけて、手を繋ぎあってカタカタ震えていた。ライオン目線からだと真ん中に秀則、右に俊也、左に和彦という配置だった。

　グゥアゥオッ！　

鋭い牙を剥き出しにしたライオンが三人の目と鼻の先まで迫り、絶体絶命のピンチに陥ったその時、

「Ｅ・カズヒコ、助けに来たぜ」

「和彦さん、助けに参りました」

　ハロハロとボルシチが正義のヒーローのごとくタイミング良く登場した。

「主にＡｗサバナ気候区に生息するライオン、アタシと勝負だぜっ！」

　ガオッ！　

ライオンはハロハロの声に反応して彼女の方を振り向く。

「あの、皆さん、これを付けて目隠しして下さい。強い光が出るので」

　ボルシチは三人に赤いサラファンを手渡した。

「分かった、ボルシチちゃん」

「どっ、どなたか知りませぬが、ありがとう、ございまするぅ」

「どっ、どうも。こうすれば、いいのか？」

　三人はすぐさま言われた通りにした。

「ライオンさん、Прекратите！」

　ボルシチはぷんぷん顔でそう叫ぶと、一秒後には顔がトロールに変化した。

　ガゥオッ！　

ライオンはびくーっと反応し、あとずさる。

「二度と使わないと決めていたのですが、ブリザードだとしばらく痕跡を残してしまいますし、雷鳥狩り用の猟銃で撃ち殺すのもまずいので……」

　ボルシチは瞬く間に元の顔の形へと戻った。

「Ｅ・カズヒコ、あとは任せて」

　ハロハロはそう告げるとニューギニア島などに生息するオオフウチョウの姿に変身し、ライオンの背中に飛び移った。そして本来の姿に戻るとすかさず理科の資料集の該当ページを開き、ライオンの背中に押し付ける。

　するとライオンはあっという間に二次元の世界へと帰っていった。

　ハロハロとボルシチもそそくさこの場から退場し、和彦のおウチへ戻っていった。

「なあ、かずひこ、ひでのり、さっき、二次元からそのまま飛び出したような女の子が、いたよな？」

「はい、僕の目にもしっかりと見えました。さっきの出来事は、夢ではないか？」

俊也と秀則は、ぽかんとしていた。

助かったぁ、というかあのライオン、ブリトーちゃんが理科の資料集か図鑑から出したやつか？　それとも棲息地域は熱帯のサバンナだからハロハロちゃんが召喚したのかな？

　正体を知っている和彦は冷静だった。

「そんじゃ、危機は去ったことだし、気を取り直してマンガ買いに行くか」

「そうですね。今日は非常に貴重な体験が出来て、よかったであります」

「おい、おい」

　それからすぐに何事も無かったかのように通常精神状態に戻った俊也と秀則の反応に、和彦は笑いながら突っ込んだ。

　こうして三人は予定通り、お目当ての月刊誌とコミックスを買いに駅前の大型書店へ向かうことに。

　　　　　　　　　☆

「ペルドン、ハロハロちゃんにボルシチちゃん」

　ハロハロとボルシチが和彦の自室に戻ってくるや、ブリトーはスペイン語をまじえて深々と頭を下げて謝罪。

「いやいやＥ・ブリトー、べつに謝らなくても。アタシ、ライオン退治けっこう楽しかったぜ」

　ハロハロは嬉しそうにしていた。

「ブリトーさん、もう二度とあのようなお仕置きの仕方はしないで下さいね」

　ボルシチはぷくぅっとふくれた。

「ペルドン」

　ブリトーはもう一度謝罪の言葉を述べて、許しを得たのだった。

「この様子じゃ、Ｅ・ブリトーのお仕置きは効果なかったみたいだな」

　書店にてお目当ての本を物色する和彦達三人の姿をモニター越しに眺め、ハロハロは楽しそうに微笑む。

「Ｈｏｌａ！　和彦君、テスト勉強の邪魔をしようとした悪友二人を懲らしめようとして、和彦君まで巻き添えにしちゃってペルドン」

　和彦は帰宅後、自室に入るといきなりブリトーからスペイン語も交えて申し訳なさそうに謝罪された。

「いや、俺、全然気にしてないから。俺も誘惑されたわけだし」

　和彦は気まずそうに伝える。

「和彦くん、最後の一日だれずに頑張ろう！」

　ともあれ今日もこのあと桜子が和彦の自室を訪れて来て、昨日までと同じようにして過ごしたのだった。

　　　　　　　　　☆

その日の夜、利川家の夕食団欒時。

『次のニュースです。今日正午前、大阪府豊中市内の路上を褌姿で走っていたとして、公然わいせつ罪の現行犯で住所不定、自称力士、常吉（つねきち）容疑者を逮捕しました。調べに対し常吉容疑者は、こちとら生まれは上総国長柄郡高根本郷村。米俵を運んでいたら、突然しゃべる箱とか、鉄で出来たイノシシとか、ペリーの黒船よりもでっけぇ建物があるべらぼうな場所に着いちまったんでぃっ！　などと意味不明な供述をしており……』

「あっ、こいつ。今日ウチに入って来た泥棒だ」　

　七時台のニュースで数秒だけ画面に映った顔写真を見て、母は反応する。

「泥棒に入られたの？　母さん、大丈夫だった？」

「ママ、レイプされへんかった？」

「怪我は無かったのか？」

和彦と雪乃と父は心配そうに尋ねた。

「当然よ。お母さんはそんなやつくらいで怯まないわ。実際すぐに逃げてっちゃったし。吉本のお笑い芸人さんかなっ？　とも思ったわ」

　母は嬉しそうに、自慢げに語った。

　　　　　　　　＊

夜八時頃にまた訪れて来た桜子が十時頃に帰ったあとも、和彦は引き続き英語のテスト勉強に励む。その傍らで、

「このチョコレートジェラート、ラズィーズ♪」

「ココナッツジェラートも最高だな」

「レモンケーキもすごく美味しい♪　レモンといえば地中海産か瀬戸内産だね」

　ムサカとハロハロとパンナコッタは、ブリトーが洋菓子屋のチラシから取り出してあげたデザートに夢中。夜食タイムだ。

「なかなか難しいわね、この雪山のステージ。滑りやす過ぎ」

　ブリトーはおもちゃ屋のチラシから取り出した新作テレビゲームに夢中。和彦に配慮して音声はヘッドホンを通じて聞くことにしてあげた。

「……」

　ボルシチは和彦が誘惑に負け今日買ってしまった、日常系萌え４コマ漫画を熱心に黙読していた。

世界の料理キャラ達は、すっかりあの力士のことを忘れてしまったようなのだ。

　同じ頃、

「べらんめぇっ！」

　そのお方は取調室で、やり切れない思いを江戸弁で、でっけぇ声で叫んだのだった。

　　　　　　　　　☆　　☆　　☆

それはさておき翌日に期末テストは無事終わり、さらに一週間後。帰りのＳＨＲにて播野先生から期末テスト個人成績表が配布されることになった。

「呼ばれたら取りに来てね。赤阪くん」

　出席番号順に渡され、六番の秀則は受け取った瞬間、

　副教科含めても総合ではトップでよかったよん♪

　ご満悦な表情を浮かべた。七教科十一科目の総合得点、三一五人中またしても学年トップだったのだ。

「中間より下がってもうとるぅ。夏の新作アニメのせいやな」

俊也は自身の結果を眺め、苦笑いする。全科目平均点を大幅に下回り、学年順位は二七八位だった。当然のごとく一科目も秀則に勝つことは出来なかった。

「俊也、夏休み必死で勉強頑張らないと冗談抜きに留年かもな。俺は中間より順位けっこう上がったよ。英語特に頑張ったのが効いたっぽい。ずっと十位以内だった姉ちゃんの高校時代にはまだまだだけど」

　和彦は嬉し顔を浮かべる。七六位から五三位まで上がっていた。

残りの男子の分が配り終わると、女子の分も配布されていく。

前より上がってる。すごく嬉しい♪　世界の料理なあの子達と最高の環境で最高の気分でいっしょに勉強出来たことと、雪乃ちゃんのお手製対策ノートのおかげだよ。

桜子は受け取った瞬間、満面の笑みを浮かべた。二二位から一七位まで上がっていたのだ。得意の家庭科では満点を取り、秀則より順位が上だった。

解散後、和彦は自身のテストの順位結果を雪乃のスマホ宛にメールで伝えると、

　成績アップおめでとう！　帰ったらご褒美あげるね♪

　と、返信が来た。雪乃も嬉しがっているみたいだった。

　　　　　　　　　☆

　その日の夕方六時半頃。

「ただいま和彦、成績上がったご褒美にキス♪」

「うわっ！　やめろ。汚いっ！」

　雪乃は帰宅後、和彦の自室に入り込んで来るなりガバッと抱き着いて、ほっぺたにムチュッとキスをした。唾液もちょっぴり付けられた和彦は迷惑がるも、不覚にも照れくさくて頬を赤らめてしまう。

「和彦、夏休み明けの課題テストでは十位以内を目指そっか？」

「それは絶対無理だな。上位層の壁は厚過ぎる」

「うちが出来てんから、和彦なら絶対やれるって。うちに似てめっちゃ賢い子やねんから」

「無理、無理」

「和彦、自信持ちって」

「とにかく早く離れて。暑苦しいから。それに姉ちゃんめっちゃ汗臭い」

「それうちにとっては褒め言葉やで。えへへっ♪」

　そんな会話を交わしていると、

「本当に仲良いね。ユキノちゃんカズヒコくん姉弟」

「雪乃さんもなまら喜ばれていますね」

「Ｈｏｌａ！　雪乃ちゃん」

「アロ～ハＥ・ユキノ」

「雪乃お姉ちゃん、Ｂｅｎｔｏｒｎａｔａ！」

　雪乃の入室直前にいったんハンカチ内に戻ったムサカ達が、一斉に飛び出して来た。

「うわぁっ！　みんな。戻っちゃダメだってっ！」

　大いに焦る和彦に対し、

「大丈夫ですよ和彦さん。ミナ達のことは和彦さんと出会う前から雪乃さんに知られていましたから」

　ボルシチは微笑み顔で冷静に伝えた。

「えっ？」

　和彦はぽかんとなる。

「この子達デザインしたん、うちなんよ。うちが生みの親やねん」

　雪乃は爽やかな表情で打ち明けた。

　一瞬の沈黙ののち、

「ええええええええぇぇっ！！　マジで！！」

　和彦は唖然とした表情で問いかけた。

「うん。うち、今まで気付いてない振りをしてたの」

　雪乃はそう伝えてえへっと笑う。

「じつは雪乃さんから、自分がデザインしたことはしばらくナイショにしておいてと頼まれていたんです」

「本当はね、カズヒコくんがレジに持って来たハンカチは普通のやつだったんだ。ユキノちゃんがこっそり入れ替えたんだよ」

　ボルシチとムサカからはこんな驚愕の事実を打ち明けられた。

「……そっ、そうなんだ」

「あのハンカチ、地図のデザインにうちの大学の地理研が関わってて、うちは思いつきでこの子達をデザインしてみたんよ。それでね、地理研の友達から完成品貰った時に、パソコンやスマホで再生したら見れる、この子達と住居のイラストと設定資料集のデータファイルが入ったＳＤカードを生地に埋め込んでみてん。そしたら住居ミニチュアとこの子達が飛び出して来たってわけ。うちも最初見た時は絶対夢やと思ってたんよ。うちが生み出したキャラがこんな風になってくれるなんて、当然思わんかったし。めっちゃ嬉しくて感激して、和彦にもこの感動を味わわせたいなぁって思って、和彦にそのうち、誕生日にでもプレゼントしようと思っててん♪　けどあの時同じ商品買いに来てくれたから、それならもう渡しとこうってことにしたんよ。ママとパパにはまだナイショにしとこってことにはしたけどね」

　雪乃からさらに詳細な裏話を伝えられ、

「俺もその方が、絶対いいと思う。姉ちゃん、盛大なネタ晴らしだな」

　尚も唖然する和彦。

「和彦のおねしょの真実も、当然知ってたよ」

　雪乃は上機嫌でふふっと笑った。

ともあれ、世界の料理キャラ達がじつは雪乃のデザインだったことが判明したこの日の夜は、

「私もびっくりです。雪乃ちゃんは魔法使いですね。パンナコッタちゃん達、その格好の方が似合ってるよ」

「グラーツィエ桜子お姉ちゃん、今夜はカーニバルだね」

　桜子も誘って、みんなでいっしょにテレビゲームや、ボードゲームのムサカが召喚した『セネト』やパンナコッタが召喚した『ドメモ』などをして賑やかに遊び、大いに楽しんだ。

　世界の料理キャラ達は、本来の民族衣装姿で桜子を出迎えてあげたのだった。

　　　　　☆

七月十六日、火曜日。

三時限目、今学期最後の水泳の授業。

ハロハロちゃんは浮かんでるだけで良いって言ってたけど……。

和彦は半信半疑でプールの中へ。まだノルマの五〇メートルを泳ぎ切れずにいたのだ。二十五メートルプールになっていて、泳ぎ方は自由。タッチターン、クイックターンどちらも出来なければ縁手前で一旦足を付いて向きを変えても良いというサービスは付けてくれてはいたが。

「スタートや」

　鬼追先生のこの合図で、和彦は腕をまっすぐ伸ばし、水に浮かんでいつもとほぼ変わらない不格好なクロールをし始める。

　おう、なんかめっちゃ楽だ。

　和彦は気分爽快。バタ足をやめてもすいすい前に進んでくれた。

「上手くいってるね。Ｆｏｒｚａ！　和彦お兄ちゃん」

「Ｅ・カズヒコ、脳筋教師見返してやろうぜ」

　和彦の泳ぐコースに沿って、ハロハロとパンナコッタがモニター越しに海流的な流れを発生させてくれたのだ。　

「鬼追とかいうアル＝シャイターン教師も、他の生徒もこの仕掛けに気付いてないみたいだね。今日は風が強いのも好都合だね」

　さらにムサカが、浮かびやすいように塩分を加えて塩湖的状態にしてくれていた。

　よかったぁ♪　

　和彦は見事、五〇メートルを完泳出来た。夏休みの補習回避だ。

「利川、頑張ったようやなぁ」

　鬼追先生からも、

「和彦くん、おめでとう！　これで夏休み鬼追先生に遭って嫌な思いしなくて済むね」

　事情を知っている桜子からも褒められた。

「こら光久」

「ごめんなさい」

　桜子は鬼追先生の近くから慌てて逃げていく。

「かずひこぉ～、この裏切り者」

「全くですよぉん。うちのクラスでまだ泳げてないの、もうあと僕と寺浦君だけになっちゃったじゃないですかぁ。なんとしてもこの授業中に泳ぎ切りたいですよぉん」

　和彦は上がったあと、俊也と秀則から悲しげな表情で羨ましがられ、

「まぐれだから。きっと選んだレーンが良かったんだよ。おまえらも次、俺と同じコースで泳いでみろ」

　和彦は爽やかな笑顔でこう伝えた。この二人にも手助けしてあげてと事前に頼んでいたのだ。

「それに賭けますよぉん」

「おれもおれも」

　俊也も秀則も藁にもすがる思いでさっき和彦が泳いだ右端の第一レーンへ。

二人とも次で無事完泳することが出来、

「プランクトンのように浮かんでいるだけで泳ぎ切れちゃいました。摩訶不思議です。とてもいい流れがありましたね。なぜあのような現象が起きたのか、物理学的に考えてあり得ないと思うのですが」

「チートがかってたな、あのレーン。なにはともあれ、泳ぎ切れてよかったぜっ！」

　大喜びで快哉を叫んだ。

「俺の言った通りだろ」

「俊也くんも秀則くんも、鬼追先生のムダな補習回避おめでとう！」

「こら光久ぁ、そんなにわしが嫌いなんか？」

「ごめんなさーい」

「こらっ、プールサイド走るなっ！」

　またも鬼追先生に注意されてしまい、桜子は急いで逃げていくのだった。