異文化交流 5 私も民泊しに来たよ♪

六月二十四日、月曜日。

和彦達の通う高校では期末テストまであとちょうど一週間に迫ったこの日の放課後、和彦は俊也と秀則と本屋などに寄り道してしまい夕方六時過ぎに帰宅した。

自室に足を踏み入れるや否や、

「E・カズヒコ、E・ブリトーがチラシから取り出した新作ゲームやろうぜ」

「和彦お兄ちゃん、このゲームでいっしょに対戦しよう」

 ハロハロとパンナコッタが懐いてくる。

「こらこら、和彦君は期末テストが間近に迫ってるのよ。あまり邪魔しないようにしましょうね」

「カズヒコくん、期末テスト頑張って。今日からテスト終了日まではワタシ、カズヒコくんにプレイを求めるのは控えるようにするよ」

「和彦さん、テスト勉強の邪魔になるようならば、ミナ達はハンカチ内に戻っておきますね」

「普段通りにしてくれていいよ。みんながいる方が部屋が快適な環境になって、勉強が捗るし」

「そう言ってもらえてミナはなまら嬉しいです♪」

ボルシチが満面の笑みでこう言った直後、

 ピンポーン♪ 

いつもの朝のように玄関チャイムが聞こえて来た。

「和彦くん、おば様。こんばんはー」

 桜子がやって来たのだ。

やっぱり来たかぁー。

 和彦は気まずい気分に陥る。

 テスト直前になると桜子は毎回のように、テスト範囲の重要ポイントなどを教えに来てくれるのだ。中学一年一学期中間テストの頃から続けている桜子の習慣となっている。

「和彦ぉ、桜子ちゃんが来てくれたわよーっ。下りてらっしゃーい」

「はいはい」

 母に叫ばれ、和彦は部屋から出た。階段を下り、玄関先へと向かっていく。

「和彦くん、今日は私、お泊りするね」

「えっ!!」

 桜子からの突然の発言に、和彦は目を大きく見開く。

「和彦、よかったわね。今夜は桜子ちゃんがお勉強、付きっ切りで指導してくれるって」

 母はにこやかな表情で伝えた。

「和彦くん、今夜はよろしくね♪ 外泊許可は播野先生に取って来たよ」

「べっ、べつに、そこまでしてくれなくても……」

 和彦は困惑する。

「だって私、久し振りに和彦くんちでお泊りしたくなったんだもん。この間、英語の授業でパジャマパーティが出て来たでしょ、私もやりたいなぁって思ったの」

 桜子は満面の笑みを浮かべながら言う。大きめのトートバッグも手に持っていて泊まる気満々な様子だった。

「そんな理由かぁ。泊まるのはやめて欲しいんだけど」

 和彦は納得出来たが、やはり動揺していた。

「桜子ちゃん、自分のおウチのようにくつろいでね」

 母は温かく歓迎した。

「はい! お世話になりまーす。英語で言うとメイクユアセルフアットホームですね。和彦くん、あの世界地図柄のハンカチもう一回見せてね」

 桜子は靴を脱いで廊下に上がると嬉しそうに階段を駆け上がり、和彦の自室へ向かっていった。

「あっ、ちょっと待って、桜子ちゃん」

 和彦は大声で叫ぶも桜子は聞く耳持たず、和彦の自室に入ってしまった。

 これも毎度のことなのだ。

「どうしたの? 和彦。今回はやけに慌てて。和彦が持ってるオタクっぽい物、今さら見られたってなんともないでしょ?」

 母はにやにやしながら尋ねて来た。

「確かにそうだけど……」

 和彦はそう答えて、急いで二階へ駆け上がった。

 自室の扉を開けると、

「やっぱ何度見てもいい物だね♪」

 桜子はまたもローテーブル上に広げられていたのを楽しそうに眺めていた。

よかったぁ。あの子達、ちゃんとハンカチ内に戻ってる。

 和彦はホッと一安心したものの、

飛び出して来ないだろうな?

すぐにこんな心配がよぎってくる。

「じゃ、いっしょにテスト勉強始めよう」

「わっ、分かった」

 和彦が椅子に座ると、

「和彦くん、もう少し詰めてね」

 椅子の僅かなスペースに、桜子も座ってこようとして来た。

「あの、桜子ちゃん。そんなに引っ付かなくても」

「でも、落ちそうだし。じゃあベッドの上でやろう」

 桜子はそう言うと、和彦の腕をぐいっと引っ張った。

「わわわ」

 和彦はベッドの上に座らされる。

「和彦くんのベッド、ふかふかー♪ 私、今夜は和彦くんと同じベッドで寝るね」

 桜子はうつ伏せなって足をパタパタさせながら言う。

「ダッ、ダメだよ」

 和彦は嫌がる素振りを見せる。

「あーん、お願ぁ~い」

「でもぉ」

「和彦ぉ、桜子ちゃん。夕飯が出来たわよーっ!」

 気まずい雰囲気を打ち消すかのように、一階から母に叫ばれた。

 こうして二人はキッチンへ。

「今夜は外国のお料理より取り見取りよ。ちょうどイオンで世界の食卓フェアやってて」

 母は機嫌良さそうに伝える。晩御飯のメニューはジャンバラヤ、ピロシキ、タンドリーチキン、ドネルケバブ、フォー、ヴィシソワーズ。

デザートにゴマ団子、マカロン、ベルギーワッフルだった。

「わぁっ。とっても美味しそう♪ 全部食べ切れるかな? ありがとうございます、おば様。グローバルな食卓ですね。あのカフェみたいに」

 桜子は満面の笑みを浮かべる。

「……豪華だな」

 和彦は妙に気まずいで椅子に座った。

「桜子ちゃんが今日泊まりに来ることは昨日のうちに聞いてたからね」

「……そうなんだ」

「おば様、ナイショにしててくれてありがとうございます♪」

「どういたしまして。桜子ちゃんはここに座りなさい」

 母はにこにこ微笑みながら、和彦の向かい側の椅子を差した。

「はい、失礼します」

 桜子は嬉しそうにその場所に座る。

 そこ、母さんの席なんだけどな。

 和彦はちょっぴり迷惑がるも、ともあれ食事開始。母は普段は誰も使ってない予備の椅子に座った。

二十分ほどのち、三人が食事を終えようとしたところ、

「ただいまー」

 父が帰って来た。まもなくキッチンにやってくる。

「おじゃましてます。おじ様」

「やあ桜子ちゃん、お久し振りだね。ますますかわいらしくなって。和彦の嫁さんに最適だな」

「おじ様ったら」

 桜子は頬をほんのり赤らめた。

「何言うんだよ、父さんは」

 和彦は当然のように迷惑がる。

「ハハハ」

 父は上機嫌で笑いながら、スーツから普段着に着替えるためリビングへ。

「ふふふ、和彦も照れてるわよ。桜子ちゃん、お風呂ももう沸いとるから、このあとどうぞ」

 母は笑顔で伝える。

「ありがとうございます。でも、和彦くん先にどうぞ。私、夕飯のお片づけを手伝うから」

「あら悪いわね、桜子ちゃん」

「いえいえ」

「じゃあ、俺、先に入るね」

 和彦は夕食を平らげるとすぐに椅子から立ち上がり、風呂場へと向かっていった。

風呂椅子に腰掛け、髪の毛をこすっている最中、

「アロ~ハ、E・カズヒコ!」

 全裸のハロハロが突如彼の目の前に現れた。

「あの、ハロハロちゃん。俺の入浴中に小さな昆虫に変身して入り込んでくるのはやめようね」

 和彦は優しく注意する。こういうことが度々あり、和彦はもはや驚く様子は無かった。

「生E・サクラコ、本当にかわいいね。ねえE・カズヒコ、今夜はE・サクラコとベッドの上でエッチなことするんでしょ?」

「……何言ってるんだよ。すっ、するわけないだろ、そんなこと」

 にやにや顔で質問してくるハロハロ。和彦は焦り顔で即否定した。

「E・カズヒコ、せっかくE・サクラコが民泊しに来てくれて絶好のチャンスなのにつれないなぁ。普通現実世界の男にとっての女の幼馴染っていうのは、お互い仲良いのは幼少期くらいのもので、思春期を迎える頃には敬遠疎遠されるのが普通なのだ。E・カズヒコは現実世界の住人のくせにラブコメマンガやエロゲー、ラノベの設定みたいに恵まれてるんだから、E・サクラコを大切にしてあげなきゃダメだぜ」

「大切にするってそういうことじゃないだろ」

 ハロハロの力説に、和彦が迷惑顔で反論していたその時、

「おじゃまするね、和彦くん」

 浴室扉がガラガラッと開かれた。

「うわぁっ!」

「ひゃぅっ!!」

 和彦とハロハロはびくーっと反応する。桜子が入って来たのだ。

「あれ? 女の子……」

 桜子はハロハロの方に視線を向けた。

 その瞬間にハロハロは何かの小さな昆虫に姿を変え、目にも留まらぬ速さで窓から外へ逃げていった。

「ねえ、和彦くん。さっき南国風の女の子がいなかった?」

 桜子はきょとんした表情で尋ねてくる。

「きっ、きっ、気のせい、気のせいだよ」

 和彦が慌てて説明すると、

「……そうだよね? まあ、いいや。和彦くん。お背中流すよ」

 桜子はあっという間に普段の表情へと戻った。何事も無かったかのように和彦に接する。

「あっ、あの、桜子ちゃん。せめて服を……」

 和彦は桜子から目を逸らそうとする。

 桜子はバスタオルを一枚、肩の辺りから膝の辺りにかけて巻いただけの姿だったのだ。

「昔はよくいっしょに入ってたんだし、そんなに気まずそうにしなくても。私、タオルでしっかり隠してるじゃない。和彦くんだって前しっかり隠してるでしょ。いっしょにプールに入ってるようなものだよ」

 桜子は和彦の下半身をちらっと見て、にこやかな表情で主張した。

「そういう問題じゃないって」

 それでも和彦は居た堪れなく感じていた。目のやり場にも非常に困ってしまう。

        *

「どうしよう。E・サクラコにテッポウウオが獲物を狙って捕えるくらいまでの短い間だけど姿見られちゃったよ」

 和彦の自室に戻ったハロハロは苦笑いで四人に報告した。

「あらら」

「ハロハロお姉ちゃん、間に合わなかったんだね」

 ムサカとパンナコッタはハハッと笑う。

「その後は、何事も無かったかのように普通に接してるけど」

 ブリトーはモニター画面に入浴中の桜子と和彦の様子を映した。

「幸いなことに桜子さんは、お部屋の様子を見る限りメルヘンチックなお方でしょうから、ミナ達の姿が見られても全く問題ないかもです」

 ボルシチは冷静に分析する。

「それじゃあさ……」

 ハロハロはあることを提案した。

 それから少し時間が経過した浴室内。

「和彦くん、男子の水泳は大変だよね。五〇メートル途中で足付かずに泳ぎ切らないと夏休み補習に呼ばれるみたいだし。女子の方はノルマないし、遊びみたいなものだよ。和彦くん、一学期最後の授業までに泳ぎ切れそう?」

 桜子は湯船に体育座りをしてくつろぎながら、嬉しそうに話しかけてくる。

「まあなんとか。じゃあ、俺、もう出るね」

「和彦くん、もう出るの? 早過ぎだよ」

 桜子は困惑顔で注意した。

 和彦はハロハロが姿を消してからすぐに逃げ出そうとしたのだが、桜子に捕まえられ、背中を洗われさらに湯船にも力ずくで入れられてしまったのだ。彼は嬉しいという気持ち以上に恥ずかしいという気持ちの方が遥かに凌駕していた。

「やっほー♪ 和彦。桜子ちゃんも来てるんでしょ?」

 そこへつい数分前に帰宅した雪乃もすっぽんぽんで乱入してくる。

「あのっ、雪乃ちゃん、素っ裸はダメです。気遣いが足りてないです。雪乃ちゃんにとっては幼く見えるかもしれませんが和彦くんは年頃の男の子なので、せめてタオルは巻いてあげて下さい」

「あぁんっ! もう、桜子ちゃん大胆ね」

 桜子は慌てて湯船から飛び出し、雪乃のおっぱいを両手でぎゅぅーっと押さえ付け壁際に押し込む。

「桜子ちゃんも気遣い足りてないと思うけど」

 和彦は困惑顔で主張しながら湯船から出て、桜子の背後を通り過ぎ脱衣場へと逃げて行った。

「桜子ちゃん、和彦見栄張って逃げてっちゃったし、タオル外しちゃいなよ」

「そうですね。外しちゃいます」

「おう、桜子ちゃん、いいヌード♪ めっちゃデッサンしたい。ますます成長したね」

「雪乃ちゃん、そんなに見つめられると恥ずかしいです」

「ごめん、ごめん。おっぱい、触っていいかな?」

「それは、ちょっと……でも、私も雪乃ちゃんのおっぱいしっかり触ってしまったので、ちょっとだけなら、いいです」

「サーンキュ♪」

「ひゃぅっ! 雪乃ちゃん、優し過ぎてかえってくすぐったいです」

「めっちゃ触り心地ええ♪ もっと欲を言えばお顔埋めて吸い付きたぁい」

「それは、さすがにダメです」

「冗談、冗談」

こんな会話が聞こえて来て、

姉ちゃん、桜子ちゃんに猥褻行為はやめろよ。

和彦はついつい耳をそばだててしまう。罪悪感に駆られた彼は籠に置かれてあった雪乃の薄ピンク系統の下着類はもちろん、桜子の白系統の下着類からも目を背けてバスタオルで体を拭き、急いでパジャマに着替え、リビングへやって来ると、

「あら和彦、十分くらいで出てくるなんて烏の行水ね」

母から微笑み顔で突っ込まれる。

「だって母さん、桜子ちゃんと姉ちゃんが……」

「和彦ったら、小学四年生頃までは雪乃や桜子ちゃんとよくいっしょに入ってたくせに」

 かなり気まずそうな和彦を眺め、母はくすくすと笑う。

「大昔の話だろ」

 和彦は当然のように不愉快になった。

「桜子ちゃんが昔みたいにいっしょに入りたいって言ってたから、入ったらって言ったのよ。そしたら桜子ちゃん嬉しそうに走っていって」

「母さん、その時引き止めてくれよぅ」

「どうして? べつにええやない。幼馴染同士なんだし」

 和彦と母とでそんな会話をしていた時、

「雪乃ちゃんともいっしょに入れて私のお風呂タイムはいつも以上に楽しめました♪」

「うちも久し振りに桜子ちゃんと裸の付き合い出来てめっちゃ嬉しかったわ~」

 桜子と雪乃も上がってリビングへやって来た。

「俺はとても疲れたよ」

 和彦はげんなりとした表情だ。

「それじゃ和彦くん、お部屋に戻ってテスト勉強の続きやろう」

「うっ、うん」

「二人とも頑張ってね」

 雪乃に見送られ、和彦が前、桜子が後ろを歩いて二階へ上がっていき、

「アロ~ハE・カズヒコ、E・サクラコ」

「うわぉっ!」

 部屋に入った瞬間、和彦は思わず仰け反った。

 和彦のベッド上に置かれた例のハンカチから、世界の料理キャラ達の住居が浮かび上がってハロハロを先頭に五人全員、飛び出て来たのだ。

「ちょっ、ちょっと、あっ、あの」

「あらまっ! 美味しそうな香りもしてる」

 慌てる和彦、桜子も目を丸める。

「和風でなまらめんこいお顔の桜子さん、ハウスカトゥトゥストゥア。ミナは、ロシア料理のボルシチです」 

「Ciao! 桜子お姉ちゃん。あたし、イタリアンスイーツのパンナコッタだよ」

「サクラコちゃん、アハラン ワ サハラン。アナイスミー、ムサカ。エジプト料理だよ」

「メ ジャモ ブリトー・サルサ・ベルデ。メキシコ風アメリカ料理、テクス・メクス料理よ。エンカンターダ」

「フィリピン発祥、ハワイ料理としても親しまれているハロハロなのだ」

 世界の料理キャラ達は陽気な声で、桜子にごく普通に自己紹介した。

「あっ、あっ、あの……」

 和彦はかなり焦る。

「はじめまして、世界各国の料理の皆さん。私、日本人の光久桜子です」

 桜子は爽やか笑顔で自己紹介して、ぺこんと頭を下げたのち、

「皆さんハンカチから飛び出したおウチから出て来て大きくなれるなんて、すごいですねぇ!」

 目をきらきら輝かせ、五人のすぐ側へぴょこぴょこ歩み寄る。

「さっ、桜子ちゃん、この子達のこと、不思議に、思わないの?」

 和彦は驚き顔で問いかけた。

「さすがにけっこうびっくりはしたよ。でも、飛び出す絵本や喋るお人形さんの進化版だって考えれば、そんなに不思議には思わなかったよ」

 桜子はとても嬉しそうに主張する。

「そっ、そう?」 

 和彦はかなりホッとした。

「ハロハロさん、桜子さんにあのことを謝っておきなさい」

 ボルシチは困惑顔で命令する。

「うっ、うん」

「えっ!? ハロハロちゃん私に何か悪いことしたっけ?」

 桜子はきょとんとなった。

「アタシ、E・サクラコんちのお部屋に無断で忍び込んで、下着を何枚か盗みましたのだ。エ カラ マイ」

 ハロハロは土下座姿勢になり、ハワイ語で謝罪の言葉を述べた。

「なぁんだ。そんなことか。いいの、いいの、私、全然気にしてないよ」

 桜子は爽やかな表情で言う。

「マハロ。E・サクラコ」

 桜子の寛容さに、ハロハロは再度深々と頭を下げ感謝の意を表した。

 その直後に、

「桜子ちゃん、和彦。勉強頑張ってるとこ悪いけどちょっとの時間失礼するね」

 ガチャリと扉が開かれ、雪乃が入り込んで来てしまった。ムサカ達は目にも留まらぬ速さでハンカチ内に戻って雪乃の目には一切映らず。

「姉ちゃん、いつも言ってるけどノックくらいしろよ」

 和彦は迷惑そうに注意する。

「まあいいじゃん。うち、和彦と桜子ちゃんのために、期末テストの主要科目予想問題集作ってあげたよ。これも活用してね」

 雪乃は期末テスト予想問題集と題された冊子を手渡してくる。

「ありがとうございます! 中間よりも良い点良い順位が取れるように頑張ります!」

 桜子は嬉しそうに受け取る。

「ありがとう。五教科九科目分あるんだな」

 和彦もちょっぴり躊躇うように受け取りつつも、感謝の気持ちは感じていた。

「ほな二人とも、テスト勉強頑張ってね。エッチはまだ高校生なんやからしちゃダメよ」

 雪乃はにやけ顔でそう言い残し、この部屋から出て行った。

「邪魔だから二度と入ってくるなよ」

 和彦は不愉快そうな顔でこう注意しておく。

「それじゃ、勉強再開しよっか?」

桜子はちょっぴり頬が赤らんでいた。

「そうだね」

 いつか絶対姉ちゃんにこの子達の姿見られそうだな。

 和彦が不安げにそう思っていると、

「一応戻っておいたぜ。べつに姿見られてもいいとは思ったけど」

「ミナも、雪乃さんにもミナ達の姿を見られてしまっても良かったのではないかとも思いました」

「あたしもそう思ったぁ」

「ワタシもだよ」

「わたくしも同意よ。途中で戻ろうかと思ったわ」

 ハロハロを先頭に、他の四名も次々と飛び出し人間サイズ化した。

「私も雪乃ちゃんにも見られてもいいと思う。むしろその方がいいんじゃないかな?」

「俺もそうも思うけど、とりあえず今はナイショにしておこう」

その後も世界の料理キャラ達の姿は雪乃に見られることなく、和彦と桜子はテスト勉強に励み、ムサカ達は迷惑にならないよう静かに和彦所有のマンガやラノベを読んだり、携帯型ゲームなどで遊んだりして過ごすことが出来、あっという間にまもなく日付が変わる頃になった。

「和彦お兄ちゃん、桜子お姉ちゃん、ブォナノッテ」

「アロハ ポE・カズヒコ、E・サクラコ。二人で最暖月のホノルルのように熱い夜を楽しんでね」

「ティスバフアラヘール! イラッリカー、サクラコちゃん」

「和彦君、桜子ちゃん、Buenas noches.」 

「スパコイナイノーチ。ヒュヴァーウオタ。グナット。お二人とも、寝冷えしないように気をつけて下さいね」

 世界の料理キャラ達は就寝前の挨拶をして、世界地図上に乗っかるような動作でハンカチ内に戻っていく。

「おやすみーっ。出会えて嬉しかったよ。和彦くん、とっても素敵で美味しそうな外国の女の子達だね」

 桜子は全く不思議がることなくその様子を眺めていた。

「あの、桜子ちゃん。あの子達の存在は、他のみんなには絶対ナイショにしてね」

「もちろんだよ。二人だけの秘密にしようね♪」

 桜子がこう言ってくれて、和彦はホッとする。

「桜子ちゃん、もう一つお願いがあるんだけど、俺と同じ布団で寝るのは、やめて欲しいなぁ。出来れば母さんの寝室で」

「それは嫌だよ。私、和彦くんと同じお布団で寝るぅ!」

 この要求は、桜子は受け入れてくれなかった。和彦は当然のように困惑してしまう。

「じゃあ俺は、床で」

「ダメだよ。そんな所で寝たら夏風邪引いちゃうよ。いっしょに寝るのは私と和彦くんだけじゃないよ。この子もいっしょだよ」

 桜子はほんわか顔でそう伝えると、

「じゃーん、これ見て。和彦くんにこの間取ってもらったナマちゃん。川の字に寝よう」

 トートバッグからそれを取り出し、敷き布団の上に置く。

「……」

 和彦は困惑顔を浮かべながらも、無いよりはマシかなっと思った。

「和彦くんも早く寝よう。夜更かしは体に毒だよ」

桜子はおかまいなく、いつも和彦が使っている夏蒲団に潜り込む。

「わっ、分かった」

 和彦はそれからすぐに電気を消して、ゆっくりとした動作で慎重に同じお布団に潜り込んだ。

「おやすみ和彦くん」

「……おやすみ」

 そんな会話を交わしてから二分も経たないうちに、桜子の寝息が聞こえて来た。

「……眠れない」

 和彦は極度の緊張で目が冴えてしまっていた。

 それから三〇分くらい経っても、状況は変わらず。

間にあのナマケモノのぬいぐるみがあったため、体が引っ付き合うことは避ける事が出来たのだが、それでもやはり気になってしまう。

「E・カズヒコ、今、E・サクラコと交尾する絶好のチャンスだぜ」

「うわっ!」

 ハロハロが突然目の前に現れ、和彦はびくーっと反応した。

「E・サクラコの寝顔、とってもかわいいでしょ?」

「たっ、確かにかわいいけど」

 和彦は桜子の寝顔をちらっと覗いてしまった。

「まず手始めに服を捲りあげて、ブラジャー外しておっぱいじかに触っちゃえ」

「そんなこと、出来るわけないだろ」 

「E・カズヒコの性格はムリキみたいだな。そんなんじゃ子孫残せないぜ」

「ハロハロちゃん、めっちゃ蒸し暑くなって来たから早く戻って」

「E・カズヒコ、見ろ。好都合だぜ。E・サクラコさっき寝返りながら布団退けて、おへそ丸出しになったぜ。アタシがもっと室温と湿度上げればE・サクラコはきっと無意識のうちにパジャマを脱いで下着だけに。もっと上手くいけば全裸になるぜ」

 ハロハロはわくわく気分で呟く。

「それ非常に困るから」

 和彦は迷惑していたが、ついつい桜子のおへそをちらっと見てしまった。

「ハロハロちゃん!」

「あいたぁ!」

 突然、ブリトーに背後からバンジョーでバコンッと頭を叩かれた。

「ペルドン和彦君。ハロハロちゃんがご迷惑かけて。すぐに引き戻すから」

「あーん、E・ブリトー。もう少しだけぇ~」

「No(ノ)! 和彦君困ってるでしょ」

「やっ、やめてぇぇぇ~」

 ブリトーは嫌がるハロハロを、ハンカチ内のメキシコ付近に押し込めた。室温は一気に5℃くらい下がる。

「それじゃ和彦君、Que duermas bien! ハロハロちゃんのことならもう心配ないわ。自分用の地域以外からは、自ら侵入も脱出も出来ないからね。望み通りにしてあげたわ♪」

 ブリトーはにこにこ顔で伝え、ハンカチ内に戻った。

「あっ、ど、どうも」

そんな仕様もあったのか。よかった。

 和彦はこれで一安心する。

 布団に潜り込もうとしたら、

「Hola、和彦君」

「うわっ!」

 再びブリトーが飛び出して来た。和彦はちょっとだけ驚く。

「早くともお互い高校卒業、出来れば結婚するまでは、桜子ちゃんのうずら豆に和彦君のチョリソを突っ込む行為はしないように、健全なお付き合いをしなきゃダメよ」

 ブリトーはそう伝えるとウィンクして、再びハンカチ内に戻った。

……姉ちゃんの変態思考そっくりだな。

 意味が分かってしまい、和彦は呆れ顔を浮かべる。彼は再び布団に潜り込んだが、やはり桜子がすぐ隣で眠っていることもあって、なかなか寝付けなかったのだった。

 

          ☆


朝、七時四〇分頃。

桜子ちゃん、いないな。

 和彦が目を覚ました頃には、すでに桜子の姿は無かった。和彦はいつも通り制服に着替え、一階ダイニングへと向かっていく。

雪乃は今日は一コマ目の講義がないため、まだ睡眠中だ。

「おはよう」

「おはよう和彦くん」

「おはよう和彦、今朝の朝食、桜子ちゃんも手伝ってくれたわよ」

「そうなんだ」

桜子もすでに制服に着替え終えていた。制服は持って来てなかったので、一旦家に戻ったらしい。

「私はイギリス料理のスコッチエッグを作ってみたよ。食べてみて」

「美味そうだ」

 和彦は椅子に座ると、最初にスコッチエッグに箸をつけた。

「桜子ちゃんの手料理、すごく美味しいよ」

 塩、コショウ、ナツメグ、トマトケチャップで味付けされた牛豚合い挽きと、うずらの半熟卵の味が、和彦の口いっぱいに広がる。

「ありがとう。嬉しいな♪」

桜子は満面の笑みを浮かべる。彼女はゆで卵は半熟派なのだ。

和彦も同じく、半熟派である。


今日以降も、桜子はあの子達といるとお料理の香りに癒されて、すごく幸せな気分になって頭が冴えて勉強が捗るからと、毎日のように和彦のお部屋を訪れて来て、さすがに毎日お世話になるのは悪いからと食事とお風呂は一旦おウチに帰って済ませて来て、夜も二時間程度、和彦といっしょにテスト勉強をして過ごしたのだった。 

息抜きにと、パンナコッタ達とテレビゲームなどで遊んであげる時間も少し作りつつ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る