おしゃべりな箱(前編)

 底使ちゃんは地の底からやってくる。

 絹のように真っ白なおかっぱに、夜の森の向こうのように黒い外套に身を包んでやってくる。


 地方の田舎のそのまた端、もはや何を行なっていたのかも不明になった廃れた工場があった。トタンで作られた外壁や屋根は穴だらけで、中も広大だったが伽藍堂でぽっかりと空間が空いている。

 平野の中にボツンと立っているその廃工場に普通なら近づく者はいない。

 普通の人間であれば用事があるわけがない。

 だからこの工場の中を歩いている底使ちゃんは普通の人間ではないのだ。

 少女の絹のように真っ白な髪が歩くたびに揺れており、黒い外套に身を包んでいる。鎌は持っていない。手ぶらで工場の中をコツコツと靴で音を立てながら歩いている。

 そして、ある地点で足を止めた。

 彼女の前には縦長の箱があった。

 学校の掃除用具入れやロッカーのようでちょうど人が一人はいることができるような鉄製の箱だ。そしてそれは大きなプレス機械にがっちりと挟まれていた。

 広い廃工場のそれだけが真ん中にポツンとある。


「こんにちは」

 底使ちゃんが鉄の箱に挨拶すると、箱が返事をした。


  こんにちは?今そう聞こえた気がするのだけ

  れど気のせいかな?いいや違う。誰かいるん

  だね。ああ、こんにちは、と言われたのだか

  ら、答えないとね。こんにちは。いや、たぶ

  ん外はもう夜なんじゃないかな。中から外は

  見えないけどね。だからこんばんはが正しい

  はずだよ。こんな中に人がいるなんて普通は

  思わないから驚いたんじゃないかな。どうし

  てこんな状態であるか聞いてくれよ。僕はあ

  る団体の秘密を偶然にも知ってしまった。そ

  の秘密は断罪されるべきであったと今でも思

  っている。その秘密をマスコミに伝えようと

  行動したことは良かったはずだ。悪だと思う

  秘密を知ってしまって黙っていることはでき

  ない。僕はそれをすることはできなかった。

  後悔はない。それは僕の性分と言ってもいい

  からだ。ただ僕の誤算だったのは僕の発言が

  拡散される前にすぐに団体の手が僕に伸びた

  ことだ。やはり秘密は隠しておきたいらしい

  ね。まさか自分の親友までも団体に所属して

  るなんて思いもしないだろう?僕が思うより

  もあの団体は信奉者が多いらしいよ。こうや

  って自分たちの邪魔になる人間を、人知れず

  に団体が密かに買い取ったこの誰もこないよ

  うな廃工場の中に、真新しいプレス機で殺せ

  るほどに。本当に用意が良いことだよ。とに

  かく何が言いたいかと言うとね、つまり僕は

  正義を行おうとした人間なんだ。さあ次は君

  の番だ。そこで僕の話を聞いてくれる君は誰

  なんだい?どうしてそこにいるんだい?ねえ

  、僕ばかり喋ってるのはなんだか変な感じだ

  よ。何か言っておくれよ。お願いだよ。君。


「私は底使ちゃんよ」

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