エレベーター密室編(中編)

「私は底使ちゃん」

「おおう、そうかよ」

 また舌打ちをしてからケータイの画面を見るがどこに移動しても圏外のままだった。

「おまえのケータイはどうだ?」

 男は特に答えも期待せずに言ったのに対して底使ちゃんが答えた。

「私は、持っていないの」

「マジか、なんだよ。使えねえな」

「あなたは何だって使えないでしょう」

「あん?」

「いえ、いいわ」

 言った意味を理解できなかった男に、首を振って底使ちゃんは答えた。

「おい、わかってんか? ここは立ち入り禁止になった町の外れの建物の地下だ。もしかしたら誰も助けに来ないかもしれないんだぞ!」

 イライラとした口調で男が声を荒げた。

「知ってるわ」

 底使ちゃんの冷たく感情のない答えに、また男は顔を歪め、怒りで赤くした。

「そもそもおまえはこんなところで何をしてたんだよ」

「上に行きたかっただけよ」

「大方いたずらで入って来たんだろうけどな、こんなところに来るなよ」

「あなたは何をしていたの?」

「……別にどうでもいいだろう!」

 本当にどうでもいいことだったが、男は服を売る小さな店で店長をしていた。念願の自分の夢だったセレクトショップだった。

 友人や知人に頼み、町の角で広告のペーパーを配り、最初は順調だったがすぐに自分の考えが浅はかであったことに、選択がミスの連続であったことに気がつく。まずは立地の問題だった。あまりに目立たない建物地下にはそもそも人はこない。そして自分の周りで買ってくれると言っていた友人たちが本当は友人ではなかったことに気がついた。

 最初は物珍しさからも顔を見せていた人間たちが一人減り、二人減り、どんどんと店の維持を苦しくしていった。自分はどうにかなると安易に考えすぎていた。悪いこととは重なるもので、自分の店を有していた建物が建築法がどうとかの理由で監査が入り、安全性に問題が認められたとのことで立ち入り禁止となり、賃貸料金も滞納がちになっていた男の店は潰れた。

 立ち退き料や明確な説明はなかった。自分の頭の上でスーツを着た偉いとされる人間がぐるぐると自分の理解のできない言葉で言っていたが何も理解できていなかった。そもそもそこに店を出さないかと言ってきた人間ともすぐに連絡ができなくなった時点で、最初から騙されていたのかもしれないことに男はうすうす気がついていた。

 今日はその店と最後の別れをしてきたのだ。

 そんな日になんてことだ、悪いことは本当に重なる。男は自分の感情を隠そうともせず頭を激しく掻いた。

 他の店の人間たちは早々にどこかに移店していて、この地下に用がある人間はいないだろう。ビルの入り口から立ち入り禁止になっているので、入って来る人間もいない。

 今日は誰にも言わず黙って立ち入って自分の店を見に来ていた。

 特に理由はない、ただ自分の店の最後の姿をゆっくりと見たいと思っただけだった。

 それなのにこんなことになるなんて、本当にツイてない。でもここまでだ。これ以上悪いことは起きないだろう。そう思っていればきっと、いいことがある。

 男は一度心で呟いてから息を大きく吸って声を上げた。

「おーい! 誰かあ!!」

 エレベーターの中から声を大きくして外に一度呼びかけて見るが返事はなかった。

 当たり前だ。エレベーターが動いていたのが不思議なぐらいな、このビルには一人もいないだろう。

 それはわかっていた。頼みの綱である非常ボタンを押すが先ほどと同じく音沙汰はない。男は大きく息をついてエレベーター内に座りこんだ。

「どうしてこんなことに」

「ほんとにね」

 その言葉が他人事のような響きに男は頭に来たが、相手が小さな女の子だったことから口をつぐんだ。普通の男相手だったら怒鳴り散らしていただろう。

 どれほどの時が流れただろうか、男が突然に気がついた。

 少し息が苦しいのだ。

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