第11話 彼女だけがいない町11(終)

 ■彼女だけがいない町11




想像を超える痛さに、歯を食いしばり唇を噛み切った。

体の内側から火が燃え盛っているようだ。

思わず片膝を地面に付き、流れる汗が零れ落ちる。


鉄の味がする口を開くと刀に語りかける


「吸え………鮮血刀、己の中の血を吸ってしまえ………」


ガチガチと歯が鳴るのを必死に抑えて刀に意識を集中すると、

刀身は赤く光り輝き、自身の血が吸われているのを感じさせた。


「今、契約は結ばれた、己の血を呼び覚ませ………

 鬼の血をその身に宿せ………!」


刀身が眩しく真っ赤に光り輝く。

鞘に付いている目玉は嬉しそうに震え血の涙を流している。

凜紅は刀の柄を掴むと自分の心臓を貫いている刀身を一気に引き抜いた。

鍛え上げられ白銀に染まっていた刀身は今やどす黒い赤色に染まっている。


そして凜紅の姿も急激に変わりつつあった。

体には真っ赤な血管が浮かび上がり力強く脈動し、

細身だった腕は一回り大きくなり、筋肉が隆起している。


中でも目立つのは左目の上にこぶのように生えた白くとがった角だろう。

角の下の左目は赤色に染まり闇に浮かぶようにギラギラと光っている。

対照的に右目は変わらないままだったが、

左右非対称のアンバランスさが一層異質な空気を醸し出していた。


凜紅は真正面で蠢く赤く染まったもの………

未だ動きを止めていない血縄編みを睨みつけると、血縄編みの口が三ヶ月状にパックリ開き、

威嚇するように大きく広がり奇声を上げた。


それは初めて獲物ではなく、

同類の存在を目にした血縄編みの叫び声だった。


◆◆◆◆◆


――血縄編みは威嚇するように叫び声をあげると、

背中から無数の血縄を生み出し凜紅へ叩き付けた。


凜紅は迫りくる、無数の血縄を見上げると、

無造作に刀を振り上げ、鉄の高度を持つ血縄をまるで紙を斬るがごとく、

次々に切り裂いていく、


一息吐き、凜紅は強く地面を踏みしめると、

地面を蹴り付けた音を残して、血縄編みの懐へ突風の如く潜り込んだ。


「………ガァ!?」

急に懐へ現れた凜紅に血縄を振ろうとするが

「遅いよ………」

凜紅は血縄編みが振り上げた左手を切り上げ宙に飛ばす。

そして振り上げた刀を淀みない動作で振り下ろし、血縄編みの体を両断した。


「グッ………ガガガ………グルァ!!!」


だが、血縄編みは動きを止めるどころか両断された体の中から、

無数の血縄が飛び出し凜紅めがけて飛びかかる。

凜紅は後方に飛びながら迫りくる血縄を断ち切っていった。


ばしゃりと血の水たまりに着地した凜紅の元に続けて血縄が襲い掛かる。

凜紅は薙ぎ払うように迫りくる縄を叩き切ると、

赤く染まった左目で血縄編みを睨みつけ言葉を吐いた。


「来いよ、どれだけの血縄を出そうがすべて斬ってやる」


「グルァッ!!!」


それを聞いてか聞かずか、凜紅の言葉に合わせて、

上下左右と同時に血縄が襲い掛かってきた。

後ろに下がり、こちらを追いかけようとしてきた縄をまとめて叩き切る。


しかし、断ち切られても権限なく血縄は湧き出てくる。

前後左右と凜紅を包み込むように赤い縄は襲い掛かる。

凜紅はカチンッと刀身を収めると鞘から刀身を抜き放ち、

神速の斬撃で迫り来る縄を全て叩き落とす。


だが、まだ血縄は血縄編みの体から無限に湧き出てくる。


凜紅は切り上げ 振り下ろし 薙ぎ払い 突き上げ

攻めり来る赤色を切り裂いていく。


ただ、刀を振るい、斬る、

切り裂き、引き千切り、引き裂き、斬るのだ


右手を幾度となく振るい、血縄を切り裂き。

地面に落ち、生き物の様にのた打ち回る百足の様なソレを踏みつぶす。


まだだ、まだ、足りない


左手を振るい血縄を掴むと、渾身の力で引き千切り。

それでも動こうとするソレを引き裂いた。


まだだ、まだ、こんなものでは満たされない


左目を細めると未だ向かってくる血縄を確認し、口を歪める。

相手の攻撃など怖くはない。

赤く輝く左目は普段見ている世界が別物の様に良く見えた。

自分を刺し貫こうと迫ってくる血縄はまるでミミズが這うように遅い。

斬り飛ばすと血のしぶきの一つ一つが良く見える。

宙に舞うしぶきが眩しく感じられた。


夢中になって刀を振るった。

刀はいつも以上に手に馴染み、斬れば斬るほど切れ味を増すようだった。


切り裂き、引き裂き、切り刻む

次々に躍り出てくる血縄に血沸き肉躍る。


斬って斬って斬って斬り続けた。


どれくらいの数を斬っただろうか………。

数えるのもばかばかしいほどの数を斬り捨て、

ふと、血縄編みの方を見れば、

相手は身動きもせず、血縄を出す様子もない。

周りを見渡せば、そこは辺り一面が血だまり、いや血の池となった光景が目に映った。

斬り飛ばした血縄も地面で蠢いているがその力は弱弱しく、やがて力尽きるだろう。


なんだこれは と小さくつぶやいた

己の中に燃える血は未だ沸き立っている、刀を持つ手はまだ斬るものを探している。


なんだこれは と言葉を放ち血縄編みの方にばしゃりばしゃりと歩いて行く。


もはや、人の原型を留めていないソレを掴みあげると、

こんなものではないだろう と吐き捨てた。

左手を振りかぶると、顔面があったと思う場所に叩き付ける。

ぐちゃりと心地よい音が鳴った。


防衛本能か、小さくうぞうぞと出てきた血縄を掴むと、

力任せに引き千切る。

本体から離れた血縄は小さくぶるりと震えると、すぐに息絶えた。


唾を吐き捨て血縄編みの体を蹴飛ばす、

宙を舞ったソレは何の動きもせずべちゃりと地面に落ちる。


何の動きも見せない相手に苛立ち、転がっているそれに近づき、

地面に転がっているソレを鞠の様に蹴飛ばす、

赤色の人形はべちゃりと血の海に沈んだ。


再び、足を進めようと一歩二歩進んだ所で、

ガクッと急に足に力が入らなくなり血溜まりに片膝を付く。

見れば、力いっぱい蹴り上げた足は不自然な方向に曲がっていた。


舌打ちをつき、刀を杖代わりに立ち上がろうとした時。

ソレは右目に映った。


口からは涎を垂らし血管が至る所に浮かび、

酷くゆがんだ顔をしている化け物は信じられないものを見る表情で、

こちらを血だまりの中から覗いていた。


◆◆◆◆◆


――左手を顔に持っていくと血だまりから覗いている化け物も同じように左手を上げた。


腕は丸太の様に巨大で指の一本一本が人間よりも二倍くらい大きい。

血管が浮き出て脈動している様子は腕自体が一つの生き物であるかのようだった。


刀を持っている右手を見れば、それは普通の人間の手だ。

いったいこの生き物は誰だ、なぜ自分を見上げているのだ。

ふいに血が沸き立ち怒りが湧き出ると、

勢いよく刀を血だまりの中に突き刺した。

ばしゃりと、血だまりから覗いていた化け物は消える。


違う、そうじゃない、これは、俺は誰だ。

右手に持っている刀を取り落とすとソレは頭をかきむしった。

折れ曲がった足は既に治っている。

立ち上がりよろめき再び転んで血の中にばしゃりと突っ伏した。


血だまりの中からは相変わらず化け物がこちらを覗いている。


私の、名前は………凜紅だ。

でも、違う、この化け物は自分じゃない。

一体、自分はどこに行ったんだ。


混乱する思考の中

胃の中に入っていたものが急に込み上げてきて外に吐き出す。


震える右手と化け物の様に大きくなった左を目の前に出すと、

息をゆっくり吐き、吸って気持ちを静めていく。


俺、いや私は………違う、僕は人間だ。


ゆっくりと深呼吸すると、

高ぶっていた気持ちと吐き気は徐々に静まってきた。

震える手で、腰の鞘を目の前に持ってくる。

鞘に付いていた目玉は凜紅を見るとパチクリと瞬きをした。


凜紅には鬼の血が流れている。

しかし、それは何十分の一にも満たないわずかな量だ。

凜紅に残っている人間の血を限界まで吸い上げ

怪奇の血を高める、それが奥の手と呼ばれる禁じ手だった。


命の危険がある禁じ手。

だが、命の危険以上に危ういことがあったのだ。


(自分自身が怪奇になってしまい人間に戻れなくなる………

 それが禁じ手と言われる所以か………)


(思えば九十九は、このことを危険視していたから反対したのかもしれない)


九十九のことを思うと胸が熱くなり血が沸騰しそうになる。

凜紅は落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら、

刀を拾うと立ち上がった。


(怒りに身を任せるな、この力をうまく扱うんだ)


一歩二歩と踏み出し、倒れているはずの血縄編みの元に進む。


(油断するな、冷静になれ

 血縄編みは「血」の怪奇だ、両断しても効果は薄い

 鮮血刀の力を使い血を吸うんだ)


気を静めながら、前へ進むと、

血縄編みがずるりと這いずり、こちらを見て不敵に笑った、

凜紅が自身の中の化け物と戦っている間に辺りの血を集めて回復したらしい。

血縄編みの体の至る所から無数の血縄が這いずり出てくる。


「………回復が早くて恐れ入るよ」


凜紅は苦笑いしながら刀を構えると、

それを見てか、血縄編みが血縄を飛ばした。


「………ふっ!」


凜紅は小さく息を吐き、精神を集中させ、

向かってくる血縄をなぞる様に剣先で切りつけると、

空気に溶けるように血縄が消える。


再び血縄が襲い掛かってくるのを

咄嗟に左手で守ると無数の血縄が手に突き刺さり穴を開ける。


「………~~~ッ!」


痛みをこらえ、血縄を刀で消し去ると、

穴が開いた傷は見る見る間に驚異的な再生力で塞がれた。

と同時に、右目に鈍い痛みが走る。

どうやら、傷は塞いではくれるらしいが、

凜紅に流れている人間の血を代償に直してくれているらしい。


左半身は未だに鬼の血を強く残した鬼の体のままだ、

不恰好に大きい左手と足は体のバランスを狂わせている。

正直、邪魔でしかない。


新たに迫りくる血縄を凜紅は消し飛ばす、

何度、消そうが襲い掛かってくる血縄は一体どこから来るのか。


何度目かの斬りあい、いや、消し飛ばし合いの後、

お互いにジリ貧だと思ったのか凜紅は刀身を収め抜刀術の構えを取ったのと

複数の血縄が集まり一つの巨大な楔となったのはほぼ同時だった。


ねじり集まり、巨大な塊となった血縄が打ち出される。


対する凜紅はその血縄を見て咄嗟に

くるりとその場で回転し鞘の力と回転の力を借りた斜め上段からの一撃を放った。


「抜刀術:煉獄一閃………ッ!!!」


持ちうる力を集約し相手に叩き付ける力任せの技だ。

鬼の力が加わった一撃は、巨大な血縄にぶつかると甲高い音を発した後、

鉄が削れるように細長くちぎれ飛んでいく。


どうにか耐えきった、ここで飛び込まずして勝機はない!


凜紅が足を踏み込むと、

突然、凜紅の腹に血縄が食い込んだ。


どこから飛んできた?

と疑問に思う凜紅に答えるかのように、

ズルズルと地面の中、凜紅の足元から血縄が続けて飛び出すと、

複数の縄が凜紅の腹を食い破っていく。


身体が宙に舞い、右手から刀が滑り落ちていく

口からごぽりと血の塊が出た。


血縄編みが笑みを浮かべる、自分の手中通りに裏を掻き仕留めたと思ったのだろう。


しかし、凜紅は諦めていなかった。

零れ落ちていく刀を必死に分厚く巨大な鬼の左手で掴むと、

体を弓の様にしならせ、渾身の力で刀を血縄編みに投げつけた。

鬼の力を宿した刀は弾丸の如く真っ直ぐに飛ぶと


ざくりと血縄編みの顔だと思われる場所に刀が突き刺さった。


「吸えっ!!! 鮮血刀ッ!!!

 すべての「怪奇」を吸ってしまえ!!!!!」


鮮血刀は赤く光り輝き、血縄編みの体を光に変えていく、

やがて、赤色の刀身は、白く光り輝く刀身にゆっくりと戻っていくと、

音をたてて地面に突き刺さった。


同時に宙に浮かんでいた凜紅も地面に落ちる。


凜紅は荒い息をしながら

仰向けに寝転ぶと空を見上げた。

見上げた空には丸い月が光り輝いていた。


◆◆◆◆◆


――酷く喉が渇く


血縄編みとの戦いを終えた凜紅は九十九の体を広い両腕で抱えた後

おぼつかない足取りでふらりふらりと町を歩いていた。

翡翠を探してもう大丈夫だと言うことを伝えなければならない。


歩を一歩一歩と進めるとじわりと血がにじむ。

最後に血縄編みに腹に開けられた傷は完全には塞がらず

布を巻き応急処置した後も血が垂れている。


凜紅が一歩一歩と歩いていると

突然声を掛けられた。


「凜紅………?」


声が聞こえた方を振り向くと

声を掛けた人物はひっと小さく悲鳴を上げた。

まだ、凜紅の半身は戻っておらず歪な姿のままだ。

血管は浮かび上がり、半身だけを見ると地獄から来た化け物だと言っても納得する見た目だろう。


「あぁ、翡翠もう大丈夫だ………

 血縄編みは倒したよ」


凜紅が口を開くとポタリと涎が零れ落ちた。

なぜだが酷く喉が渇いている。

翡翠に一歩近づき歪な笑顔を返す。


翡翠は未だ凍りついた表情のまま動かない。


「凜紅………大丈夫?」


あぁ、大丈夫だと言って左手を翡翠の肩に触れた。

翡翠の肩は小さく力を入れれば取れてしまいそうだ。

少し斜めに捻れば、ねじ切れるだろう。

そうすれば、温かい血をたらふく飲め………。


「ガアアァァァァァァァァァアァァァァッ!!!!!!」


翡翠が悲鳴を上げる。


凜紅は翡翠の肩から手を離すと、自身の手を思い切り地面に叩き付けた。

地面がひび割れ亀裂が出来る。

抱えていた九十九の体がぽとりと地面に落ちた。


凜紅は未だ人間の面影が残る右手で鬼の左手を握りしめる。


血だ、血が足りない、血を飲みたい。


だが、翡翠の血は駄目だ、せっかく守ったのだ。

誰か別の人間を捕まえて………。

もう一度雄たけびを上げ頭を地面に叩き付けると、額がパックリ割れた。

パックリ割れた傷から血は………流れてこない。


まるで凜紅の体の内側から少しずつ別のナニカに変わっていっているようだった。

その原因は半身を覆っている鬼の体と凜紅に流れる鬼の血だ。

人間の血を限界まで薄めて、鬼の血の密度を上げた凜紅の体は

今や鬼の血の方が多く流れている。


少しずつ、自身の体が「怪奇」に近づいているのが分かる。


九十九の言うとおりだった。

こんな「奥の手」など使うべきではなかった。

血縄編みを倒した後のことなど考えていなかった自分に反吐が出る。


ガリガリと爪で地面を引っ掻く、

私は、俺は、僕は、人間だ人間のままでいたい、

しかし、血が足りない、このままでは死んでしまう。


凜紅は涙を流しながら

巨大な手で目の前に居る翡翠を掴んだ。


それは意思とは関係ない逃れることはできない怪奇としての欲求だった。

人間が食物を食べるように

怪奇が怪奇を食べるように

もはやそれは逃れることができない種族としての欲求だ。


だが、だけど、僕は………。


凜紅は掴んでいた翡翠の体を離すと、

右手で刀の柄を握り刀身を抜き放ち逆手に持った。

簡単なことだったのだ、誰も犠牲を出さずに解決する方法があった。



これを心臓に突き刺せば全てが終わる。この苦しみから解放される。



翡翠を見つめる、今度はちゃんと笑えた気がした

凜紅は刀を振り上げ自身の心臓に突き刺そうと………………。



「なにを、バカなことをしとるんじゃお前は」



凜紅の耳に聞きなれた声が響き渡った。


声が聞こえた方を振り向くと

赤く汚れた黄金色の生物がこちらを見上げていた。


「さっさと、翡翠から血を分けてもらえ

 なにっ、翡翠を殺してしまうのが怖い?

 ふんっ、わらわが見守っておるから大丈夫じゃ」


九十九は翡翠に駆け寄ると、翡翠は九十九を持ち上げた。


「ほらっ、早くせぬか死んでしまうぞ

 翡翠………少しで良い、凜紅に血を分けてくれんか?」


「………うん、凜紅が助かるなら私は良いよ」


凜紅は翡翠の手を取る。

目の前にはこちらを見据える黄金色の狐が居た。

九十九の姿を見つめると不思議と心が安らいだ。



◆◆◆◆◆



――後日談


凜紅と九十九は町に一軒しかない宿に数日泊まっていた。


血縄編みの戦いが終わり朝の日差しが差しこんだ翌日、町は大混乱となっていた

無理もないと思う、屋根や地面にはべったりと血が残り、

所々、屋根や柱が砕けていたのだ。

一体、何があったのかと町の人々はてんやわんやの大騒ぎ。

血まみれになった凜紅と九十九は

夜道を突然襲われたと言うことで話を通していた。

それ以上のことは話していない

本当のことを言っても誰も信じないだろうからその方が楽だ。


凜紅の体だが、結論から言うと元に戻った。

奥の手を使ったことがバレて九十九に数日怒られたが、

正直に謝ると、反省しているのを見てかすぐに元の態度に戻った。


………そして、生き返ったと思われる九十九だが

九十九の言い分はこうだ


「わらわはちゃんと息をしておったぞ?

 いや、少し黄泉の国に尻尾まで浸かっていたかもしれんが………

 ちゃんと戻ってきたのじゃ」


応急処置もせずにわらわを置き去りにするとは信じられん

お前のことなど知らん!


と、その時のことを話すと九十九はへそを曲げて屋根に登って行った。


九十九が凜紅の血を飲み力を使った九十九だが、

血縄編みを倒した後の凜紅の血は限りなく濃く怪奇の血に近づいており

九十九を拾い、懐にいれた時に、腹の傷から流れ出た怪奇の血が

偶然、九十九の体に入り込み黄泉の国から戻ってこれたのだが

凜紅と一匹は知らないことである。



――傷は治った。破れた着物はまた新調した

凜紅と九十九は宿の入り口に立ち別れの挨拶をする。


「黒目さん、この度はお世話になりました」


「いえいえ、快適に過ごせてもらえた様で何よりです

 また立ち寄ったときはよろしくお願いしますね」


猫耳が生えた女性はペコリと完璧な姿勢でお辞儀をする。

実際、この数日彼女には助けられた。

怪我を負った凜紅を不憫に思い、宿に泊まる料金を半分以下にまで下げてくれたのだ。

彼女には頭が上がらない凜紅である。


そして、黒目の着物を掴んでこちらの様子をうかがう黒髪の少女が一人。


「凜紅、九十九、また来てね」


凜紅の命の恩人である翡翠だ


「二人とも、気を付けてね

 ………あっ、おにぎりは腐らないうちに食べてね!

 私が握ったんだよ!!」


嬉しそうに翡翠が言うのを見て

ほほえましいものを見守る様に黒目が笑う。


………そう、翡翠は他の人間にも見えるようになったのだ。

凜紅が翡翠の血を飲む際、怪奇の力も一緒に流れ込んだらしい。


凜紅の懐から九十九が顔を出すと、

黒目に聞こえないよう、元気でなと呟いた。


翡翠は九十九を撫でて、にっこりと笑うと、

凜紅たちが見えなくなるまで手を振った。


◆◆◆◆◆


汗を流しながら、山を登ると、

ふぅ、と一息付き、風見鶏の町を見下ろした。

町を染めた赤色はすっかり洗い流されており

綺麗な街並みは見る者を圧倒するだろう。


凜紅はそのまま木の根元に腰を掛けると

おにぎりが包まれた笹の葉を取り出した。


それを見て、ひょっこりと顔を出した九十九が声を掛ける。


「まだ、晩ごはんにはほど遠いじゃろう?」


「いや、町を見ながら食べるのもいいかなと思ってね」


そう言って、おにぎりをパクリと一口食べると

凜紅は渋い顔をして呟いた。


「………しょっぱい」


「次に会うときは上達しとるじゃろうて」


九十九の声に渋い顔をしながら、凜紅はそれは楽しみだなと答えると

平均のサイズよりひときわ大きいおにぎりを口に放り込み

さらに渋い顔をしながら、再び歩き出した………。





















――後書き、謝礼。

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被り笠とお稲荷様 雨乃ジャク @AMANOZYUNN

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