第7話 彼女だけがいない町7

 ■彼女だけがいない町7




男の右腕を切り飛ばした凜紅は続けて、

腹に強烈な蹴りをお見舞いする。

浮浪者の男は息を詰まらせながら後退するとギロリと凜紅を睨んだ。


「お前はこの町を出て行った奴だな………どうして戻ってきた」


男は右腕の先が無くなったというのも気にせず凜紅に話しかける。


「出て行った………と言っても夜の帳が落ちる直前でね

 まだ町が見下ろせる場所に居て、お前がその羽でびゅんびゅん空を飛びまわれば馬鹿でも気付くさ」


「怪奇は怪奇にしか見えない………お前………」


「察しが良くて、助かる」


凜紅は刀を収める、鞘(さや)に巻き付けていたボロボロの汚れた布を引き剥がすと、

隠されていた鞘の全貌が露わになる。それは赤と黒に彩られ、

でこぼことへこみが目立つ歪な鞘。


しかし、それが歪なのは形ではない、

鞘のへこみには一つの「目玉」がぎょろりと男を睨んでおり、

禍々しい雰囲気を醸し出していた。


「お前が「怪奇殺し」かっ!!!」


「本当、察しが良くて助かるよ」


カチンッと音を立てて凜紅が刀を構えると、

凜紅の着物がもぞりと動いて中から黄金色の狐が飛び出した。


「すまんな翡翠!来るのが遅れた!!」


ぴょんと飛び出した九十九(つくも)は翡翠の元に着地すると、

体を摺り寄せる。


「もう大丈夫じゃ、わらわが来たからなっ!!」


「あぁ、九十九………」


翡翠は九十九の体に触れると弱弱しく言葉を紡ぐ


「九十九、私のこと忘れてない?」


きょとんとした顔をすると九十九は笑う


「何を言っておるか!翡翠は友達じゃろう!!」


「そう………そうだよね」


目に涙を浮かべながら、

ありがとう、と小さな声で翡翠は言った。


◆◆◆◆◆


――浮浪者の男の懐へ臆することなく凜紅は踏み込む。

そして左下から斜めへと稲妻の如く逆袈裟へ切り上げる。


男は刀の軌跡を*目で追うと*

小さく舌打ちした後、逃げるように体を回転し刀を躱す。


ならば、と凜紅は切り上げた手首をくるりと返し、

前方へ大きく飛び込みながら渾身の突きを放つ。

だが渾身の突きは男が布の下に隠し持っていた刃に弾かれる。


弾かれた時に出来た一瞬の隙を見逃すような男ではない、

すかさず凜紅の手に刃を振り下ろす。

しかし、凜紅はすぐに手を引っ込めるような真似はせず、

突き出した左手を半歩前に突き出し、

左手の籠手に当てる形で男の刃を弾く。

手を引っ込めようとすれば数本の指を失うことになっていただろう。



そこまでの攻防をした後、両者は間合いを広げ

じりじりとお互いの出方をうかがう。



凜紅は先の攻防で得た情報を必死に分析する。

まず、男は相当場数を踏んでいる手練れだということ。

右腕を失っているというのに大した技量だ。


凜紅としては最初の逆袈裟からの突きで仕留めきるつもりだったのだ。

渾身の突きを止められた時には冷や汗が止まらなかった。

男の反撃を手傷を負わずに受け止めれたのは運が良いとしか言えない。


そして、もう一つ凜紅が手早く決めたい理由があった。


それは男の得体の知れなさだ。


姿が怪しいという意味ではない。

凜紅は「男が武器を手に持っている」のをまだ見ていなかった。

何かナイフのようなものを隠し持っているとは思うのだが、

実際に男が武器を手に持っている瞬間を確認できてはいない。


相手の獲物が分からないというのは対峙するにあたり不利なことこの上ない、暗器使いなら、安全だと判断した場所から突然やられることもあるのだ。

最初の一撃が止められたのは思った以上に痛い。


お互いに牽制しながらジリジリと距離を詰める。

浮浪者の男は無理に詰めようとせず、なるべく距離を離そうとする。

手傷を負っているのだから当然だろう。


やはり、一気に仕掛けるべきだ。

と凜紅が踏み込もうとした時、思いもよらぬことが起こった。


突然、凜紅の喉が万力の力で締め上げられたのである。


「……がっ、は!」


刀を持っていない左手で自分の喉を絞めている「何か」に対処しようとする。

生暖かく、形状に見覚えがあるこれは………。


切り飛ばしたはずの「男の右腕」だ。


どういうわけか男の腕が凜紅の喉に取り付いている。

必死に引き剥がそうとするが、喉首を握り潰そうとする手を引きはがせない。


(駄目だ………やられるっ)


薄れていく意識に飛び込んできたのは、九十九の声


「凜紅っ!!! 空中に刀を振れぇっ!!!」


それは反射的な行動だった。

何故? だとか考えもせず力の限り刀を振る。

ズブリッ っと何かを断ち切る音が聞こえた。


っと同時に喉首を掴んでいた、右手が地面に落ちる。


激しくせき込みながら、

凜紅は正面に立つ浮浪者の男を見る。

男は右手を抱え込むように抑えていた。


先がないはずの手首の先からは、

真っ赤な荒縄(あらなわ)のようなものがズルズルと一つの生き物のように這いずりまわっている。

その姿は巨大な赤い百足(むかで)の様だった。


九十九は凜紅に近寄ると言い放った。


「あれは「血縄編み」と言われる怪奇じゃ、

 血を縄のように操るらしいぞ、心してかかれ」


「………言われなくとも、気を抜いたらお陀仏してしまうからね」


凜紅はカチリッと刀を握りなおす。


浮浪者の男……改め、血縄編みは真っ赤な目で凜紅を睨みつけると、

吐き捨てるように言う。


「種が割れちゃあ、しょうがねぇ、

 相当切れる業物のようだな、そいつは」


ぺっと唾を吐き捨てると、

血縄編みは、先が無くなった右手からズルリと赤く染まった縄の様なモノをもう一本出す。


「そらぁっ!!!!!」


そして一呼吸おいてから、鞭のようにしなる

血縄を凜紅に真上から叩き付ける。

その攻撃を凜紅は横っ飛びに避けると、

凜紅が居た地面に深く抉れた爪痕が残される。


「どらぁっ!!!!!!」


血縄編みはすかさず鎖鎌の分銅を扱うかのように、

叩き付けた血縄を真横に方向転換させる。

凜紅が大きく後方に飛びぬくと、

血縄はその勢いのまま木の柱を叩き割り破片が当たりに飛び散った。


(………強度は鉄以上と考えた方が良さそうだ。

 どうりで最初の突きが弾かれたわけだ)


血縄の破壊力を見て、凜紅は瞬時に判断する。


鉄の強度を持つ縄なら確かに脅威だ。

しかし、鉄の強度を持つ「血」ならいくらでもやり様はある!!!


後方に飛び抜いた凜紅は地面に着地すると、

迷うことなく、前方、血縄編みへ突進する。

いずれにしろ、自分の攻撃が届かない場所に居ても手傷は負わせられないのだ。


だが、血縄編みはその行動を予測していたかの様にニヤリと笑う。


「鞭のようにリーチが長いなら、

 懐に潜り込めば、塩梅って?」


「安直なんだよ、考えがよぉ!!!」


血縄編みの左手から新しい一本の血縄がズルリと形成されると、

そのまま、凜紅に渾身の力で真横から叩き付ける。


真っ直ぐ突進する凜紅にはその攻撃は避けられない。

刀で防ごうにも鞭の様にしなる血縄は刀に当たると巻き付くか、

凜紅の体に当たって致命傷を与えられる。


血縄編みの攻撃は完璧だ。

普通の武士なら間違いなく仕留められるはずだ。そう、これが普通の戦いならこれで終わりのはずだった。


突進する、凜紅に真横の鞭が振るわれる。

凜紅は血縄編みの動作を目で追うと真横から迫る血縄に、

「剣先を軽く当てた」


すると、血縄は糸がほどけるように空気に溶け形を無くした。


「なっ!?」


血縄編みが驚く頃には、もう遅い。

凜紅が懐に潜り込み、刀を振るっていた。

横一文字に切り裂かれた血縄編みの体が上下に分かれる。


「………て、めぇ、そ、の、刀は………」


「………妖刀「鮮血刀」

 血吸い鬼とも呼ばれる、文字通り血を吸う刀だ。

 相性が悪かったと思って成仏してくれ」


凜紅が刀身をカチリッと鞘に収めると同時に、

どさりと上下に分かれた血縄編みの体が地面に倒れた。


その姿を見下ろすと、やっと一息を付く。

間違いなく強敵だった、刀の相性がなければ勝てたか分からなかったほどに。


「怪我はないか凜紅よ」


戦いが終わったことを見据えて九十九が凜紅の肩に乗ると、

凜紅の耳元で口を開いた。


「あぁ、よほど運が良かったのか怪我はないよ」


喉を軽く抑えながら凜紅は言う。

軽い咳が出るものの、喉の方も時間が経てば大丈夫だと思える。


「それより、翡翠は大丈夫かい?」


「うむ、傷は残るじゃろうが、命にかかわる傷はないぞ。

 ほら、あちらの柱の影に隠れておる」


九十九が示す場所を見れば、確かに翡翠の姿が見えた。

ほっと凜紅は息を付く。

九十九が町の異常さに気付いてから大急ぎで戻ったものの、

実際、翡翠が助かるかどうかは良くて半々………

現実的に考えれば既に亡くなっている可能性もやぶさかではなかった。


翡翠が助かったのは純粋に嬉しかった。


そもそも、凜紅と九十九が一早く旅に出たのは、

これ以上翡翠に情が湧いてしまうと、自分の判断が鈍ると思ったからだ。

旅に出るのを早めた結果、血縄編みと遭遇できずに、

不幸な結末になっていれば凜紅は自分を責め続けただろう。


柱に隠れている翡翠を怖がらせないように笑顔で凜紅は近づく。


翡翠と目が合った、そして翡翠の口を見る。

翡翠の口が動いている、四文字の言葉を確かに言っていた。



(あ ぶ な い!)と



「………ッ!!!」


振り向きざま凜紅は腰の刀に手を回し、腰の回転と合わせてそのまま刀身を抜き去る。

鉄と鉄がぶつかり合う音と、凜紅の肌が裂け、被り笠が宙に舞った。

頭の皮が裂け、左目に血が垂れる。


「お前………まだっ!」


振り向き、凜紅が目にしたのは上下に分かれたはずの血縄編みの姿だった。


いや、正確にはまだ体は上下に分かれている。

だが、裂かれた場所から赤い紐のようなものがもぞもぞと意思のある生き物のように動き、

下半身と上半身の紐のようなものがお互いに接触すると、

ぐちゃりと嫌な音をたてて、一気に上半身と下半身が繋がった。

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