どこでもないここで(4/8)
「ヒロコちゃんには長谷川さんが合うと思うけどね」
閉会の時間を心得たマユミさんが本をバッグにしまい、目線を下にしたまま呟いた。誰かの反応を見るのではなく、自分の考えを何気なく口にした感じ。
ヒライ珈琲館はわたしの帰る場所で、ここに集まる「家族」は、[佐々木寛子]への関心を惜しみなく言葉にしていく。世間は、それをコミュニケーションって容易に括るけど、早くに父親を亡くしたわたしには嬉しくもあり、お腹をくすぐられるみたいにこそばゆくもある。
[準備中]の札を回収がてら、平井さんは店の外でわたしたちを見送り、「恋愛はタイミングとスキミング……相手の心を盗んだもん勝ちだよ」と快活に笑った。
まだ陽の落ちない住宅街をマユミさんと一緒に歩く。いつもは長谷川さんと3人なのに、今日は二人きり。
そうして、駅のホームに並んだとき、前回もその前も「買い物して帰るわ」と、ロータリーで別れたマユミさんの意図に気づいた。わたしと長谷川さんをカップルにしたかったのだ。
「ねぇ、ヒロコちゃんって占い好きでしょ?」
電車の進行状況を電光表示が知らせると、マユミさんは携帯電話を操作した。しかし、目的のものが見つからないらしく、画面を閉じてしまう。
「よく当たるって評判の占い師がいてね……あとでアドレスを送るわ」
その晩、約束どおりにマユミさんが送ってきたメールには、サイトのURLが貼られ、「無料部分だけで楽しめるわよ」と書かれていた。
教師という職業に占いのイメージは結びつかないけど、そう言えば、マユミさんはニューエイジとかスピリチュアルの世界にも詳しくて、旦那さんがそのジャンルの本を作ったと前に聞いたことがある。
早速、サイトにアクセスしてみると、黒を基調にした画面に[光の部屋]という赤いタイトルが仰々しく表れた。数秒で映像が切り替わり、教会のミサを連想させるロウソクが炎を揺らして[あなたをお待ちしていました]という文字を浮かび上がらせた。
マユミさんの携帯はスマホじゃないから、これとは違う見た目かな?と思いながら、[無料コーナー]ボタンを押す。すると、ロールプレイングゲームの始まりみたいに、[カンバラ麗(うらら)]という女性が肖像画ふうのイラストで登場し、プロフィールとメッセージを披露した。
アラブの女性みたいにニカーブを纏(まと)い、目元だけを見せた姿はいかにも胡散臭いけど、サイト創りにお金をかけているのが分かった。
広告代理店にいるわたしはそういうところに価値を感じるが、肝心なのはコンテンツであり、占いが「当たるか当たらないか」だ。
[初めての方はこちら]と案内された入り口から、名前・性別・生年月日を入力し、[次に進む]を押す。[鑑定項目]のメニューがプルダウンで明示され、金運・健康運・恋愛運・仕事運・全体運の中から、少し迷った末に恋愛運を選び、[期間]の[3ヵ月以内]を選択して送信した。
すると、[しばらくお待ちください]が1分ほど続き、サイトからメールが送られてきた。
[佐々木寛子さんは会員登録されました]の一文とともに鑑定内容が結構なボリュームで書かれ、結論は「積極的に動けば、出会いに進展があります」というありきたりのものだった。驚いたのは、わたしの性格分析が怖いくらいに当たっていたこと。それと、「あなたには気になる男性がいて、いまはたまにしか会えませんが……」というフレーズ。
わたしがブックマークしている[毎日の占い]は、ワイドショーの占いコーナー程度のものだけど、このサイトにはリアリティがある。
好奇心に任せ、別のウィンドウで[カンバラ麗]をヤフー検索したら、「当たる」「凄い」「ホンモノ」といったユーザーの賛辞があり、知恵袋に「メディアの出演をいっさい拒否していますが、かなりの実力です」という回答を見つけた。
再び[光の部屋]に戻り、彼女のプロフィールとメッセージを改めて読んでみる。
ユーザーの評価が肖像のいかがわしさを薄め、今度は仕事運を見ようとして、はたと手を止めた。会員登録後なので、ここから先は課金されるのでは?……有料モードに臨むにはそれなりの心の準備が必要だ。マユミさんに訊いてみようと考えたが、ふとした思いつきで[初めての方はこちら]をもう一度選んだ。
そうして、名前欄に[牧枝典子]、生年月日欄にノリコの誕生日を入れて、[全体運][1ヵ月以内]を送信してみる。
(5/8へ続く)
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