どこでもないここで(2/8)

最初のうちは「はいはい」って流して、好きに言わせといたけど、「せっかくの出会いのチャンスにあんな態度じゃ、ヒロコは一生ひとりもんね」と鼻で笑われ、さすがにカチンときた。

そこまで言うか?って感じ。

イライラを鎮めるつもりで、わたしは目の前の失礼千万な友人を観察した。合コンの大量ワインで目の周りと耳たぶがピンクに染まり、もともと色白の童顔だから、外国の絵本に出てくるピエロみたいだった。

花の散り際というか、旬の過ぎた果実というか……同い年のわたしも三十路女なわけで、リアルに加齢した顔を鏡で覗き見る哀しさ。

「何か反論ないの?」って、ノリコがハンカチで鼻の汗を拭くと、ファンデーションがかたちを崩し、頬骨近くのホクロを浮き立たせた。

わたしたちは大学時代から社会人二年目までボディボードに夢中で、いつも一緒にビーチにいた。めいっぱい浴びた紫外線がソバカスとホクロを作ってしまい、いまはそれを必死にメイクで隠している。

……そう、当時、わたしはノリコのことを「ノン」て呼んでいたけど、些細な男絡みの事件で半年くらい絶縁状態になって、それから[ノリコ]と言うようにした。


店員の威勢の良さに急かされる調子で、彼女は「駆け込み二杯」のビールを飲み干し、間髪入れずに自慢話を始めた。別れた旦那から未練たらしいメールが来たとか、ヘアサロンで大学生に勘違いされたとか……要するにバツイチ「モテ自慢」のトークショー。

「ヒロコはあたしと違って美人だから、とっとと結婚しちゃうんだろうね」――昔々、そんなふうに言った謙虚さはもうどこにもなく、友情が破綻していくのが手に取るようにわかった。

そして、スマホで終電チェックするわたしに「なんでシラケてんのよ!」って悪態ついて、赤ワインのデキャンタをオーダー。しかたなく、わたしは電車帰りを諦め、[牧枝典子]という女が、どれだけ身勝手で想像力に欠けているかを説明してやった。

金曜日のせいか、日付が変わっても店内は騒がしく、半個室のテーブルなのに広いホールで飲んでいるみたいで、最後は罵り合いになった。

そうして、結局、わたしたちはタクシー乗り場に離れて並ぶという絶望的な別れ方をしたのだ。



週末のラッキーカラーを意識して、収納ボックスにしまっていた古着にアニマルパターンのスカートを併せ、二週間前と同じ電車に乗る。

JRの柏駅から私鉄電車へ。

目的の駅に着いた頃には、胃のもたつきも消え、ロータリーの花壇に咲く孔雀草に季節の移ろいを感じた。

「ヒライ珈琲館」はここからが遠い。駅前の商店街ではなく、住宅街にぽっかり浮かんでいる。いや、ひっそりって表現の方が正しいかな。

路地を何度も曲がってたどり着くロケーションだから、一見さんの来店は困難だろう。辺り一帯は似たり寄ったりの一軒家が並び、わたしもしばらくは地図を見ながら訪れていた。

店主であり、朗読会の幹事である平井さんは元商社マンで、定年退職後に、カウンター席とテーブル席3つの小さな空間を作った。それがヒライ珈琲館。モカ、マンデリン、コロンビア――コーヒー豆の焙煎が唯一の趣味だそうで、「読書は趣味というより生活の一部だよ」と、目を細めて笑う。

毎月第二第四土曜日に行われる[朗読会]のメンバーは、わたしの他に、そんな平井さんと、ひとつ年上の奥さんを含めた5人で、多すぎず少なすぎずの規模が心地いい。ミクシィの小説好きコミュニティから発生した集まりは、何人かの入れ替えがあって、現メンバーに落ち着いた。ちょうど一年前の初回は12人が参加し、スターバックス顔負けの満席モードになったけど、最近はテーブル席ひとつだけ。週末の午後4時スタートという稼ぎ時でも、平井さんはわざわざ[休憩中]の札を扉に下げて、わたしたちを迎え入れてくれるのだ。

今日もヒライ珈琲館に一番乗りしたわたしに、平井さんと奥さんは「おかえりなさい!」と声を揃えた。そう、ここは帰るべき場所。扉を開けたときのコーヒーの香りと二人の笑顔に癒される。

「ハセガワが急な出張で来られないんだ。だから、今日は4人だよ」



(3/8へ続く)

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