第9話 違和感と奇妙な一致

 クレーフェ伯領の中心街ペイトンに到着してから5日ほど経った。


 その間、シアとともにラドルに関する情報を集めている。

 ペイトンのギルド長も手を貸してくれたおかげで、たった数日の割に手にした情報は多い。


「それにしても、息子のクレーフェ伯もすごいのね」

「行政手腕、特にインフラ整備の計画と実行力はラドルを上回る評価だな」

「ラドル翁の商業・工業ギルドへの交渉力も非凡よね。さすが知将って言われるだけのことはあるわ」

「なに、このスーパー親子」


 宿屋の一室でシアと一緒に情報を整理しながら、良い意味で呆れ果てている。

 クレーフェ親子の評価は、領の内外問わず非常に高い。


 現クレーフェ伯ギリアンは、戦闘力ではラドルに一歩も二歩も譲るものの、文官としては父親以上と噂され、実績も数多く残している。

 クレーフェ伯領が焦土状態から短期間で復旧したのも、大半は彼の指示によるものだ。


 ラドルもまた、人脈の広さと長年の経験から来る交渉力で、復旧のための経済支援や技術協力を各生産ギルドから引き出し、その後もうまく利害関係を調整している。


 すごい活躍だ。

 ……英雄について沈黙し続ける姿が想像できないほど。


 そうなんだよな。

 やっぱり、どう考えてもここに違和感がある。


 ラドルは人脈が豊かで、交渉術が巧みだ。

 戦場の機を捉える洞察力もさることながら、情報を操作して相手に手を出させる策を得意とする。

 以前のザルバ種討伐もしかり、前世界でも魔王討伐もそうだ。

 協力者によるゲリラ戦術を精緻に指示し、魔王の拠点から戦力の大半を引きずり出した。

 そのおかげで、俺たちは魔王と直接対決が可能になったんだ。おそらくこの世界のラドルも同じ方法をとっただろう。


 そんな情報戦や交渉術を得意とするはずのラドルが、なぜ頑なに黙秘する?

 領地の復旧作業では、衰えなんて微塵も感じさせない活躍をしているのに。


「何を考えているの?」

「うーん。たとえばさ、交渉すればいくらでも望む方向へと誘導できるような人間が、不利になるのが分かっていながら黙り込むって、どういうつもりだと思う?」

「それって、ラドル翁のことね。そうね……」


 シアは視線を落として、少しの間考え込んだ後、はっきりと言った。


「普通に考えれば、彼自身が混乱していたか。あるいは、どの方向へ誘導するのが適切なのか、判断がつかなかったためとも思えるけれど……」

「けれど?」

「ラドル翁は普通の策士ではないわ。で、魔王討伐後も調子を崩していなかったと仮定すると、むしろその無言の姿勢自体が、誘導だってこともありえるんじゃないかしら」

「え?」

「さすがに目的までは分からないけれど、あのラドル翁が無言を貫くのなら、それにふさわしい理由があるはず、って皆思うわよね。その理由があるはずって思うこと自体がラドル翁の誘導じゃないか、って」

「ああ、なるほど。っていうか、そのほうがあの正義の腹黒親父っぽい!」

「なによ、その不名誉なアダ名は?」


 シアが呆れているのを尻目に、俺は考え込んだ。


 そうか。

 あの知将ラドルが黙り込むとなれば、周りの人は英雄の身にラドルですら話すのをためらうような重大な事が起きたと憶測するだろう。

 だからこそ、ラドルたちが手柄目当てに英雄を殺したのではないか、という邪推も生まれた。


 同時に痕跡すらないと言うのに、未だ捜索は打ち切られていない。

 王国や教団、ギルドまでが1年以上も探索を続けているにもかかわらず、消息不明な人物なんて、本来ならとっくに失踪宣告されてもおかしくないだろう。


 なぜ、捜索が続けられているのか。

 それは、英雄には特殊な事情があるに違いない、と皆が想像しているからだ。

 ラドルが無言を貫くことによって生まれた憶測がもとになって。


 もし、今の状況がラドルにとって望ましい方向だとしたら。

 黙秘することで誘導したのだとしたら。


 ラドルは、英雄が1年程度では帰ってこられないことを知っている。

 それでも王国や教団が失踪宣告を出さずに、探し続けるように誘った、ということだろうか。


 探し続けるように?


 ラドルは英雄が生きていると確信しているが、その行方を探す方法が分からない。

 だからできる限り長く、王国と教団、冒険者ギルドという人族3大組織が、そのネットワークを使って探し続けるようにした、とか?


 ……それこそ憶測にすぎないけれど、ラドルの行動の違和感を突き詰めると、そんなイメージにたどり着く。


 生きているけれど探せない。

 いつ帰ってくるかも分からない。


 召喚転生じゃあるまいし、それって一体どういう状況なんだ?


 ……って、召喚転生?

 俺と同じ魔王を討ち取った人物。その場にいた同じメンバー。同じタイミングでの消失……。


「待て待て。うん、ちょっと待て。ありえるのか? そんなことがあるのか?」

「カズ? 一体どうしたの?」

「……いや。なんだか考えすぎて、思考が斜め上に吹っ飛んだ」

「なによ、それ。ちょっと休みましょうか?」

「賛成……」


 シアがサルティというジュースを持ってきてくれた。

 礼を言って、ありがたく喉を潤し、大きく深呼吸する。


 英雄が魔王との戦闘直後に召喚転生させられて、別の世界に飛ばされたとしたら。

 もしも、この推測が正しいとしたら。



 ……ヴァクーナ。一体どういうつもりなんだ?


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