第10話 衝撃の事実

「ここでお待ち下さい」

「ありがとうございます」


 俺はクレーフェ伯爵家の屋敷にある、応接間に通された。

 紹介状に記されているのは俺一人だけだったから、シアには宿で留守番してもらっている。


 クレーフェ伯爵家の屋敷は貴族というには質素で、かろうじて領主の体面を保っている程度のものだ。これは前世界のラドルの屋敷も変わらない。


『これでも一般の民からすれば贅沢極まりない。だが、貴族として立ち回るには最低限の箔をつけねばならん。まったく下らんものよ』


 初めて屋敷を訪ねたとき、戦争の激化でラドルの領地は大半が荒れ果てていたが、屋敷がある中心街ペイトンはさすがに無事だった。

 だからこそ、余計に情けなかったのだろう。ラドルが珍しく自嘲気味の苦笑いを浮かべていたのを思い出す。


 庶民感覚を持った貴族っていうのは貴重だけれど、本人は生きにくいだろうな。


 一般市民の上流階級なみといった感じの調度品を眺めながら、待つこと約10分。ドアが開き、初めてなのに馴染みの顔を見ることができた。

 立ち上がり、最上級の礼で頭を下げる。


「ロンディニム冒険者ギルドに所属しております。階梯3級のカズマと申します。本日はお忙しいところ、お時間をいただき心から感謝申し上げます」

「……ラドル・エル・クレーフェじゃ。教団の紹介状となれば、無下にできないからの。それから、あまりかしこまらんでもいいぞ? 儂はとっくに引退した身。ただの爺じゃからな」


 ラドルは変わっていなかった。

 いや、正確にはこの世界のラドルも、俺が知っているラドルと変わらなかった。


 ワイルドでありながら貴族として最低限の身だしなみを整えた装いも。礼儀正しくも豪快な歩き方も。気さくな人柄と野太い笑顔も。


 なんだろう。マーニャやコリーヌよりも、違和感がない。

 まるっきり前世界のラドルと同じ気配だ。


「さっそくですが、英雄が失踪したときに最初に現場にたどり着いたのはラドル様と聞き及んでおります。どんな小さなことでも構いません。何か気がついたことはございませんか?」


 これは、きっかけ。小手調べ。

 真正面から問いかけて、どんな反応をするのか確かめる。


「ふむ。教団から、というよりもコリーヌ嬢ちゃんからの紹介ならすでに知っておるはずじゃがの。儂から話すことは何もない」


 予想通りの答え。

 でも、どうもラドルの表情には覚えがある。

 あれは、そう。前世界でもよく見た顔だ。



 前世界のラドルは、時間があるときに戦術や戦略を教えてくれた。

 野営したときとか、移動の最中とか。細切れ時間を利用して、ラドルの思い出話を教材にした、ほとんど雑談に近い講義。


 そんな他愛もない昔話のような内容だったが、しっかりと試験があった。

 実戦という形で。

 戦いの後、ラドルはこんな表情で俺に問いかけてくるんだ。

 今の戦い、何が良くて何がダメだったか。どうすればもっと効率よく戦えたか。参考になる思い出話はなかったか。


 ラドルの経験を受け止めて、しっかり理解しているかどうか。

 まるで本物の教官のように、しかし、どこか楽しそうに、俺を覗き込んでいた。


 今、眼の前にいるこの世界のラドルも、冷静さを装いつつ片眉を僅かに上げて俺を見る。


 試してやがるな。この正義の狸親父め。


 俺は、前世界での記憶を引っ張り出す。

 ラドルの講義を思い出す。

 そのうえで、決断した。


「お尋ねします。英雄ティナは、『この世界』にはいないのではありませんか?」

「うん? 言っている意味がわからんぞ」

「貴方が現場についた時、英雄は真っ白な召喚陣に包まれて、目の前から忽然と消えた。そうではありませんか?」

「お主、自分が何を言っているのか、理解しておるか?」


 ラドルの様子に変化はない。

 変化がないことがすでにあやしい。


 俺は今、この世界の常識に当てはめると、相当いかれたことを言っている。

 普通なら嘲笑か失笑か。とにかくお話にならない、と追い返されてもしかたがない。

 にもかかわらず、ラドルの表情には驚きや呆れがない。

 

 変わらず、面白そうに俺を見ている。



 正直にいって、俺は交渉や騙しあい、搦め手が苦手だ。

 何度も死んでいろいろ経験してきたはずなのに、根が単純すぎるのか、どうしても相手の思考を読み、理詰めで追いつめるなんてうまくできない。


 この前のザルバ種や教団反乱分子の裏をかけたのは、相手がこちらを侮ってくれていたことと、場数だけは踏んできているからだ。俺が優秀なわけじゃない。

 106回も死に戻って、この程度。俺は基本的に脳筋タイプなのだと思う。


 まして、今俺の前にいるのは、知将と言われたラドル・エル・クレーフェ。

 どうしたって、小手先の技が通じる相手ではないんだ。


 そんな俺に、前世界のラドルは笑いながら言ったものだった。


『考えても分からない時は、素直にぶつけてみるのも手じゃぞ? 駆け引きするのではなく、相手の心にストレートに訴えかける。それもまた立派な交渉というものよ』


 そうだ。そうなんだ。

 俺にはラドルから情報を引き出すなんて芸当はできない。


 前世界でラドルからなんて評価された?

 俺の戦い方も、剣術も、ラドルはなんて言っていた?


 愚直に貫き通せ。

 千の技も万の謀も及ばない、絶対の壱を見つけ出せ。


 だから俺は、できることをとことん突き詰めて、やっと魔王を討ち取ったんだ。

 だから俺にできる交渉術は、最終的にはたった1つだけなんだ。


「理解していますよ。おそらく誰よりも理解できます」

「うむ? どういうことかの?」

「俺が『この世界』の人間ではないからです。俺自身、別の世界から来ました。だから、英雄が忽然と消えたと聞いた時、思いついたんです。俺と同じではないか、って」


 ラドルが大きく目を見開いた。


 馬鹿だろ? 馬鹿だよな?

 自分でも本当に愚かだと思う。

 だけど本物の策士を前にしたら、俺にできることは馬鹿正直に真正面からぶつかることだけなんだ。


 さて、どう出る? この世界のラドルは。


 内心、戦々恐々としていた俺が、次の瞬間に見たのは。


「うわっははは! カズマ殿! たしかに儂は以前、真っ正直にぶつかるのも手だと言ったがの! 流石にそれは馬鹿正直すぎるわ! しかし、だからこそカズマ殿に間違いないの!」


 大爆笑しながら、俺と同じくらいおかしいことを言い出したラドルの姿だった。


 へ?

 チョット待て。

 その記憶。その呼び方は!


「久しぶりじゃの。共に魔王ラシュギを討ち取ってから、もう1年がすぎてしまったわ。あまり年寄りを待たせるものではないぞ?」

「え、ちょっと。まさか?」


 本気であごが外れそうなほど大口を開けてしまった俺を見ながら、ラドルはいたずらが成功したガキ大将のような顔で名乗った。


「儂じゃよ。この世界とは違う世界で、共に戦った『ラドル・エル・クレーフェ』じゃ」


 なんと彼は、108回目にして初めて世界を飛び越えてきた仲間だった。


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