第8話 ラドルの謎

 何事もなくギルドでの用を終えて、街を散策する。


 去り際に、この街のギルド長から激励を受けた。

 各支部や出張所の長レベルになると、英雄についてある程度伝わっており、情報収集や探索、興味本位で近づこうとするものへの妨害が秘密裏に行われているということだ。

 王都のレティさんは長というわけではなかったけれど、ギルド本部のスタッフだし、窓口というもっとも冒険者たちの動向や情報を探れる役職だったことも関係して、知っていたのだろう。


 大陸全土の人族国家に張り巡らされたギルトの情報網はあなどれない。

 今後ともうまく連携していきたいな。


 しかし、逆にいうとそれだけの情報網を持ってしても。

 正確には、ギルドだけでなく、王国や教団のネットワークにすら、英雄の足跡はひっかかっていないってことになる。


 ただ闇雲に探すだけでは見つかりっこないよなぁ。


 コリーヌによれば、英雄は魔王との戦闘直後に消え去ったようだ。

 魔族の親衛隊をひきつけていた彼女たちは、魔力の消失とともに英雄の霊力が小さくなったことに驚き、急いで魔王の間に向かった。

 現場にもっとも早く到達したのは、ラドルだ。

 コリーヌとマーニャが遅れて到達したときには、英雄は痕跡すら残さず消えていた。

 ラドルに問い質しても、ただひたすら黙っていたという。


 結局ラドルは英雄について一切発言することなく、そのまま領地に引きこもった。

 あとはクレーフェ領の素晴らしい復旧スピードのみが世間に広がり、ラドルとその息子ギリアンの手腕と名声が轟いている、という状況だ。



「で、これからどうするの?」


 宿屋にある酒場兼定食屋で少し早めの夕食を摂りながら、シアと打ち合わせをする。


「まずはラドルに会って直接話を聞くつもり」

「簡単に会える方ではないでしょう?」

「コリーヌから紹介状を預かっているから、会うことはできると思う。ただ、問題はその後なんだよなぁ」


 今のところ、英雄の行方について唯一手がかりになりそうなものは、ラドルが語らない魔王討伐直後の現場情報だけだ。

 これだけはどうしても確認しなくてはならない。


 でも、なぁ。


 英雄殺害の嫌疑がかけられたときに、悪意すら感じられる一部の貴族や教団員に対して話さないのは分かる。ラドルらしくない対応ではあるけれど、理解はできる。

 しかし、なぜ苦楽を共にした仲間であるコリーヌやマーニャにまで黙る必要がある?


 そんな魔王討伐のメンバーにすらだんまり決め込んでいるラドルが、まったく面識がない俺に話すだろうか。

 いや、ない。ありえない。


 コリーヌたちを超えるほどの信頼なんて、そう簡単に得られるはずもないし、かと言って策を弄したとしても、相手は正義の狸親父、知将と謳われる歴戦の食わせ者だ。

 知恵比べで勝てるなんて、これっぽっちも思わない。


「あの元クレーフェ伯から情報を引き出す方法ねぇ……」

「……うーん。まずい。まるで思いつかない」


 手詰まり感が半端ない。

 何かないか。見落としていることは?


 前世界のラドルとの記憶を何度も反芻する。

 あのラドルの信頼を得るか、話すしかない方向へ誘導する方法。


 懸命に過去の記憶を探っていたせいか、久しぶりにある人物の言葉を思い出した。


『まず集められるだけ情報を集めろ。その上で俯瞰して見るんだ。すると、普段と違う小さな変化が浮かび上がる。小さいからって馬鹿にするなよ。大きな原因を隠そうとしているから、表面上は小さく見えるだけだ。そこから真実をたぐりよせろ』


 あいつと会ったのは、何回目の世界だったかな。

 ラドルと同じぐらい智謀を讃えられていた男が、そんなことを言っていたっけ。

 

 ……うん。まずこの1年間のラドルの情報を集めてみよう。

 そして俺の記憶と照合してみる。

 俺の知っている情報は、前世界のラドルのものだけど、基本は同じはずだ。


 もし何か違和感があったら、それはラドルに起こった変化であり、英雄失踪の際に見た何かが原因になっているかもしれない。

 推測でもなんでもいい。今の状況を覆すきっかけになるかもしれない。


「前言撤回。いきなりラドルを訪ねるのはやめて、情報を集めることから始めよう」

「ええ。その方が良さそうね。で、どんな情報を集めるの?」

「ラドル自身のことなら何でも。この領地に戻ってきてから何をしたのか、どういうふうに生活しているのか、何か変わってしまったことはないのか」

「戦前と戦後で変わったことを重点的に探せばいいのね。わかったわ。私が以前調べていた情報も役に立つかも」

「それはありがたいな」


 当座の方針は決まった。

 明日には領の中心街へ行くことにして、今は食事を楽しむことにする。


「これがラキットの煮ものかぁ。たしかに美味しいな」

「ええ、スパイスも効いていていいわね」


 地球で言えばポトフのような郷土料理に舌鼓をうちつつ、少しだけ酒も嗜む。

 今日は一晩、身体を休めて旅の疲れを取り、明日からの調査に備えよう。


 ……ん?


 少しの変化。違和感。大きな隠し事?

 あれ? これってもしかすると、すでにヒントが出ていないか?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る