第7話 クレーフェ伯領
クレーフェ伯領の外れに位置する小さな街にたどり着いた。
途中からギルドの早馬を使わせてもらったおかげで、1日分行程が短縮できたのは、怪我の功名というべきだろうか。
そうそう、きっかけになったラーサ教団の跳ねっ返りお兄さんたちのことを、ギルドに報告しておかないと。
あのままにしておいて魔獣とかに襲われたら、やっぱり目覚めが悪くなりそうだからなぁ。
完全な自業自得だと思うし、あの暴走ぶりでは余罪も多そうだから、なおさら助ける義理もないのだけど。
まぁ、正式な法の裁きを受けてもらったほうが、こっちもスッキリするよな。
「すごい。もうこんなに復旧しているなんて……」
シアがため息を漏らすようにつぶやいた。
ん? もしかして。
「シアは、クレーフェ領に来たことがあるのか?」
「ええ。前クレーフェ伯のことを調べていたって言ったでしょう」
ああ、なるほど。
だとすると、戦後の状態も直接見て知っているのか。
馬をひき、歩きながら問いかけてみる。
「どんな様子だったか聞いてもいいか?」
「……ええ。戦後、30日ほど経ったぐらいだったわ。今回とまったく同じルートで訪ねてみたのだけど」
シアが言うには、まさに焦土という言葉がそのまま当てはまる惨状だったそうだ。
見渡す限りの焼け野原。
この街も瓦礫の山も同然だったらしく、住人もほとんどいなかったらしい。
「それから一年未満で、これかぁ」
「ね、驚くでしょう?」
今、目の前に広がる光景は、平和そのものだった。
往来を行き交う人々の身なりは素朴だが、老若男女問わず小奇麗でさっぱりしている。
なかにはトッキーという犬のようなペットを散歩させている人もいた。
町並みは簡易的な建物がほとんどだけれど、売店や飲食店もあり、往来にまでいい匂いが漂ってくる。
そもそも、人々の表情が明るい。
何の不安も感じていないことが伝わってくる。
たしかにまだまだ復旧途中なのだろう。でも十分すぎるほど充実した人の営みが感じられた。
……ラドル、よくやったなぁ。
前世界で魔王と戦う前に、仲間たちで語り合った夜を思い出す。
『この戦いが終わって命があるなら、もうひと頑張りせにゃならんからのう』
『領の立て直し?』
『ああ、老いぼれの手でも少しは役に立つだろうて。第一、儂が手塩にかけて治めてきた領だ。最後まで責任を果たさねば。それに……』
『それに?』
『お主らを招くなら、今度こそ美しい領の姿を見せてやりたいからの』
この世界のラドルが、これだけの結果を出したということは、きっと前世界のラドルだって復旧に成果を上げているだろう。
もう見ることは叶わないかもしれないけれど、なんか安心した。
もし再び会えたとしたら、あの爺さん、きっと男くさい笑顔満面でドヤ顔するに違いない。
「カズ? 嬉しそうね」
「ん? ああ。やっぱり戦争の傷跡が癒やされていくのは嬉しいよな」
「うーん。それはそうなんだけど、さっきのあなたの顔、まるで故郷でも見るような感じだったわ」
「故郷かぁ。なんとも懐かしい響きだなー」
「なによ。そんなに帰っていないの?」
「ああ。旅立ってから結構経つから」
106回ほど死んだし、108回も世界を飛び越えてきたからな。
本当、あまりにも離れすぎて、もしかしたら日本なんて夢や妄想ではないかと思うときすらある。
両親も、妹も、友人も、何もかも遠くて。遠すぎて。
ああ、イヤだな。この感じ。
なんだか久しぶりに、ネガティブに落ち込みそうだ。
「シア、ギルドの出張所に馬を返したら、ちょっと食事でもしよう」
「ええ、いいわね。ここらへんの名物は……」
「ラキットの煮ものだったっけ?」
「なんでそんなピンポイントなローカル情報知ってるのよ」
「……この前、レティさんが用意してくれたクレーフェ領の資料に、戦前の観光案内が混ざってて」
「……レティって、本当に当たり障りのない情報を選んでたのね」
2人揃って頬を引きつらせる。
シアも俺も、個人的な英雄探索については、何度もギルドの妨害工作を受けた身だ。
特にレティさんの完璧にまで役に立たない資料の山は、なかなかの精神攻撃だった。
まずい。今度は別の方向にむかって、気持ちが落ち込んだ。
気分転換のために話をしたのに、なんでこうなる。
レティさんか? レティさんの呪いなのか!?
「と、とにかく情報集めも含めて、どこかで一休みしよう」
「そうね。なんだか少し疲れたわ……」
俺たちは気持ち肩を落としつつ、まずはギルドの出張所を目指した。
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