第6話 襲撃と撃退
問題です。
あなたは、狙っていた標的を見失ってしまいました。
さて、どうやって探し出しますか?
答え。
その標的が向かっていた目標地点に網を張る。
「まんまと一杯食わされましたが、今度はそうはいきませんよ」
「悪いようにはせん。神の名のもとに、我らに従え」
頭巾付きローブの男たちが、俺の行く手を遮っている。
クレーフェ伯領の境に近い、まだ戦争の爪痕が残ったままの廃村で、俺はついに教団の反動一派と思われる集団に見つかってしまった。
霊力探査も利用してざっと総数をさぐってみると、なんと8名。
俺の目の前に4名。左右の斜め後ろに2名ずつ。全員騎乗し、3方向から包囲されている。
3級冒険者を拘束するだけにしては、数が多いな。
そんなに評価されているとは思えないのだけれど。
「あの、人違いではないのですか? 私はギルドの連絡員に過ぎません。それともギルドの内部情報をお望みですか?」
「……芝居はやめろ。もうバレているぞ」
そりゃ、そうだよな。
いくらなんでも、最後まで騙し通せるとまでは思っていない。
でも素直に、はい、そうですねと言ってやるほど、お人好しでもないんだよ。
「そんなことを言われても、なにがなんだかわからないのですけれど。そもそも貴方がたはどちら様でしょうか」
「まだとぼける気ですか? 貴方がカズマという3級冒険者であることは分かっているのですよ」
「いえ、知りませんね、そんな名前。私はイッシンと申しまして、ギルドの連絡員をもう3年も勤めております。……本当に人違いされていませんか?」
あまりにも平然としている俺の態度に、4人に動揺が走るのを感じた。
やっぱりな。
ヴァクーナの夢通信を受けることができるのは、魂の格が高いか、ヴァクーナへの信仰が厚いなど縁が強い人物に限られる。
俺の情報をヴァクーナから直接受け取れるような人物だったら、神託を無下にするようなことはまずないだろう。
反逆するあいつらは、ヴァクーナのお告げを受けていないはず。
つまり俺の情報も間接的にしか聞いていない。
確認はしているだろうが、確信を得ていないんだ。
「人違いなら通していただけませんか? 幸いにも貴方がたはまだなにもしていない。今なら、お互いに損をしませんよ」
男たちの迷いを見定めつつ、柔らかい口調で脅す。
人違いして本物のギルド連絡員を拘束したりすれば、言い訳はいっさい通用しない。
ギルドの追求。教団からは永久追放。もちろん誘拐罪で王国の法に則った裁きを受けることになるだろう。
英雄捜索の中断という目的を達成できるなら、そんな犯罪歴も誉れになるのかもしれない。
しかし、人違いしてしまったらただの犯罪者だ。それは彼らにとって無駄死に等しい。
それでも、確信もなく誘拐を実行するだけの覚悟があるか?
ゆっくりと馬を進めて、ヤツラの精神を緩やかに押しつぶすように威圧する。
4人が乗っている馬のほうが、俺の放つ霊力圧に負けて硬直していた。
……ゴメンな。馬さんには罪はないのだけど。
「う、うるさいうるさい! ここまでくれば1人誘拐しようが10人誘拐しようが同じことだ! 崇高なる目的が達成できれば、人界の法による罪など取るに足らん!」
あ、気づきやがった。
同時に8名全員の霊力が高まる。
今、吠えた男がリーダーだな。あいつが決断した途端に、他のやつらの迷いが消えた。
統率力なのか、信仰心なのか。とにかくチームとしてかなり強固にまとまっているらしい。
でも、1歩遅かったな。俺たちの準備が完了するほうが先だった。
俺を取り囲む8名のさらに外から、法術によって編まれた拘束ワイヤーが飛び交う。
俺もまた、悟られないように小さく秘法術のキーワードを呟いた。
「禁固縛」
禁じ、固め、縛る。
拘束術が8人を襲い、彼らの法術を阻害し、その身を固め、思考を縛った。
3つのイメージワードを、脳裏にイメージを描かずに、霊力と詠唱のみで具現化する。
それが俺の秘法術。言ってみればワンセンテンスの詠唱法術だ。
ここまで強力な拘束術の効果は、けして長くは続かないけれど、戦いのさなかには絶大な力になる。
その硬直の一瞬に、法術ワイヤーが彼らを襲い、物理的にも縛りつけた。
おそらく睡眠の効果が付与されているのだろう。リーダーらしき男は、驚きに目を見開いた直後、だらしなくよだれを垂らして馬上に突っ伏す。
深く眠り込んだ主たちを背負い、馬が戸惑ったように立ち尽くすなか、頼もしいパートナーが赤みがかかったブロンドをたなびかせて現れた。
「……なんとかなったわね。ホッとしたわ」
「シア、お疲れ様」
シアにはわざと距離を開けて、後に続いてもらっていたんだ。
そろそろ襲撃されるだろうな、と考えて2人で打ち合わせしておいた。
やつらの標的である俺が囮になり、ひきつける。
そして、シアは後から戦場を把握して、襲撃者全員を捕縛する。
簡単なタイムラグ戦術なのだけれど、単純だからこそ効果的でもある。
特に今回のように、上から目線で相手を見くびっているような敵は、自分たちが策にはめられるなんて考えもしていないから、びっくりするほどうまくいくことが多い。
そもそも俺にパートナーができたことすら把握していなかったようだから、もうどうしようもないよな。
まぁ、実際はかなり無謀な作戦だったという自覚はある。
これはシアがいてくれたからこそ実行できたんだ。
1人で8人全員を捕縛し、しかも睡眠の付与まで行う。
5ワード超えの大法術をいとも簡単にこなせる、シアがパートナーだからこそ可能な作戦だった。
「さすが、シアの拘束術は見事だなぁ」
「このぐらいは役に立たないとね」
「謙遜するなよ。本気でシアぐらいだと思うぞ。こんな無茶な法術を無理なく使えるのは」
「ま、まぁね。これでも法術に関してはそこら辺の冒険者に負けるつもりはないから。でもね……」
「ん? どうした?」
シアが首を傾げている。
なんだろう。何か見落としたか?
気になることでもあるのだろうか。
「遠目だからよく分からなかったのだけど、拘束する瞬間、彼らの行動が少し不自然だったような気がして」
「……へぇ。俺は気がつかなかったけど、なんだろうな」
「ほんの僅かだけど、カズのほうから霊力を感じたのよね」
「いざという時のために身体強化したからね」
「……あやしい。カズ、なにかしたでしょ」
雲行きが怪しくなってまいりました。
こういう時は昔から、三十六計逃げるに如かず、と申します。
先人の教えには従うべきだよな。
「よし。まずはあいつらを本格的に捕縛して、万が一に備えて睡眠薬を含ませておこうか。あとでギルドに連絡をいれて回収してもらおう」
「あの霊力量で効果を具現化できるとしたら秘法術。秘法術でしょう! もう! なんで私がいないところで使うのよ! なに? どんな効果の術なの?」
ひさびさに顕現した法術大好きっ子をかわしつつ、眠りこける教団の連中を崩れかけた家屋の柱に縛り直す。
睡眠薬をたっぷりとかがしておくことは忘れない。意識が戻れば法術で脱出されてしまうから。
冷たいようだけど、眠っている間になにが起きてもそこまで面倒はみきれないな。
運を天に任せるのみ、だ。
そして、馬に飛び乗り、まっしぐらに街道を進む。
シアがなにか言っているけれど、スルースキルをフル稼働中。
「シア。クレーフェ伯領はもう目と鼻の先だ。やっと着いたな!」
「カズ! もう、本当にいけずなんだから!」
軽快に駆ける馬上から、遠く町並みが見えてきた。
もうすぐ、この世界のラドルに会える。
爺さんは何か知っているだろうか。
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