第16話 一時の別れ
「こんなものかな?」
俺はチャド宅の自室で、旅の準備をしていた。
革鎧をベースに、胸部を保護する鋼のチェストアーマー。
手甲、すね当て。腹部から腰、太ももを防御する垂。普段はつけていないけれど鉢金のような兜も用意する。
マントも必需品だ。厚手の布1枚の存在で致命傷を免れることがあるから馬鹿にできない。野宿となれば立派な毛布代わりにもなる。
名剣アダマスと、サブのショートソード。
このショートソードもアダマス監修の一品で、サブとは思えない攻撃力が備わっている。いざという時には頼りになる、相棒その2だ。
あとは、投擲用のスリング。……これが野外では結構重宝するんだよなぁ。持ち運びも楽だし。
携帯食料3日分と水袋。
ロープ、ナイフ、松明に着火装置、簡易浄水器、その他、野営できる最低限の道具を、コンパクトに纏めてバックパックにしまう。
足りない分は現地調達だ。
前世界とこの世界は精霊具が発達していて、荷物の量が少なく済むからありがたい。
この世界で一般に言われている精霊力っていうのは、魂の格としての精霊とは意味が違う。自然に存在する法則やエネルギーのことをさしている言葉だ。
だから地球でいう科学と同じように、物理や化学、工学みたいな学問があって、精霊力を利用した道具も日々研究されている。
……まぁ、魂の力でイメージを具現化する法術があるためか、現代地球のようにまでは発達していない。
時と場合によるけれど、法術のほうが便利なことも多いから。
「これでよし。って、どうぞ。開いてるよ」
旅の装備をまとめてベッド脇においたと同時に、扉がノックされた。
俺の返事に、チャドが顔を出す。
「おう。準備は済んだか?」
「ああ。これでいつでも出立できる」
「しかし、急な話だな」
「とはいっても、神のお告げで指名された身としては、粛々と従うしかないからなぁ」
「だな。違いない」
チャドが苦笑いして、俺の肩を叩いた。
2人で居間に行くと、なかなか豪華な料理と酒が所狭しとテーブルに並び、皆が揃って待っていた。
いつもの席に座った俺を見て、トリーシャがジョッキを掲げる。
「じゃあ、主役もきたことだし。カズマの成功を祈って!」
「冒険と旅と成功の守護神、リュナスの加護があらんことを!」
「乾杯!」
皆でジョッキを打ち鳴らす。
今回、1人で依頼を受けることになった俺への激励会が始まった。
教団からの依頼についてはコリーヌと打ち合わせた上で、英雄に関する事柄以外はトリーシャたちにも伝えてある。
ラーサ教団のヴァクーナ神殿で神託が降り、俺に名指しで依頼が来た、と。
……皆の反応は、深く大きなため息と、同情に満ちた慰めの言葉だった。
冒険者としては、神託というのは建前で、神の名のもとに断れない依頼するための教団の方便だ、という認識らしい。
トリーシャたちによると、実際、教団からギルドを通した秘密の依頼は意外と多く、大抵はギルドからの情報をもとに、実力はあるがまだあまり名が知れ渡っていない冒険者を選ぶんだそうだ。
「なにかあった場合はあと腐れないように、ってこと。私はあんまりいい気がしないわね」
「とは言っても、今回は大した内容じゃないんだ。ちょっとしたお使いみたいなものだから、そんなに心配しなくても」
「まぁ、カズマの実力は知っているから、大概のことはどうにでもできるだろうけど、さ。でもねぇ……」
相変わらずオカンのように、仲間を心配するトリーシャ。
……言わないよ? なにも言ってないよ?
なのに、なんで睨んでくるんだよ! トリーシャって読心術でもつかえるのか?
「まぁ、物は考えようだ。どんな依頼なのかは知らないが、達成できれば教団の覚えも良くなるし、おそらくギルドの階梯も2級に上がるぞ」
一気にジョッキを空けたチャドが、そう言ってとりなす。
「……まったく貴族とか教団とか、上流階級のヤツラはオレたちの都合なんて考えやしないからな。断れないのがさらに忌々しい。だからな、カズマ。遠慮なく名を上げるために利用してやれ」
「そうだな。せいぜい高く買ってもらうことにするよ」
「もう。イネスはいつもそんなことばかり言うんだから。カズマさんも合わせないでくださいよー!」
ニヤリと笑って焚き付けるイネスと応じる俺に、料理を取り分けつつ文句を言うハリエット。
相変わらず貴族に対して毒舌なイネスだけれど、言っていることは間違っていない。
俺も今回の件を利用して、パイプ作りするつもりだし。
それよりも、ハリエットさん? さり気なくイネスのジョッキにエールを継ぎ足しているね?
取り分けるのもイネスの好物ばかりのようだね?
さすが幼馴染。仲がいいな。
うらやまけしからんよ、ホントに。
覚悟を決めてさっさとくっつけ、イネス!
やっかむ俺に、ブラムは静かに酒を飲みながら、呟くように語りかけてきた。
「……カズマにはいい機会ではないか? 帰りにでもクレーフェ伯領に寄ってみるといい」
「ああ、ちょっと楽しみにしてる。とは言っても相当戦争の傷跡がひどいようだから、観光気分にはなれそうもないけど」
「そう気を使わないほうがいい。皆、早く忘れたいと願っているはずだ。はしゃぐのは場違いだが、普通に見物するにはかえって歓迎されるだろう」
そういうものかな?
……うん。そういうものかもな。
たしかに、来領する旅人があまりにも同情的な態度ばかりしていたら、受ける側も気が滅入るだろう。
ラドルのことだ。きっと復興に全力を注いでいるはず。
実際、コリーヌの話では他領の貴族が驚くほどの復旧スピードだそうだ。
前世界では見ることができなかった、ラドル自慢の領地を楽しみにしておこう。
もともと当面の目的地は、そのクレーフェ伯領になっている。
ラドルからも直接、英雄『ティナ』の話を聞くつもりだ。
コリーヌから紹介状を預かっているから、スムーズにラドルと会えるはず。
「……」
「ねえ、シア。どうしたの?」
「え? あ、なんでもないわよ、トリーシャ」
「いや、アンタらしくないじゃない。そんなに黙り込んじゃって」
「そう? そうかしら……」
「なにもカズマがいなくなるってわけじゃないでしょ? ちょっと10日ほど留守にするだけなのに、大げさよ?」
「わ、分かってるわよ?」
「……ふーん。ほー。へぇ……」
「な、なによ」
「いやいや、なるほど。シアがねぇ……」
「なんなのよー! なんだか変な言い方ね!」
……トリーシャとシアがじゃれている。
でも、たしかに最近、シアの様子がちょっとおかしいんだよな。
法術法術! って言わないどころか、いつも考え込んでいて静かだし。
そう。あの元マシンガントーカーが、ブラム並みに無口なんだよ!
そりゃ、トリーシャでなくても気になるよなぁ。
ちょっと控えめに酒を飲みながら、俺はシアの様子を伺った。
うん。普通に笑ってるな。トリーシャとハリエットに挟まれて、ずいぶんからかわれているみたいだ。
そのまま観察していると、シアと目があってしまった。
「な、なぁに? カズ。さっきからじっと見ていて」
「いや、その。……シア」
「……なに?」
「飲みすぎるなよー。俺は明日の朝早く出発だから、面倒みれないぞー」
その言葉に、女性陣全員が同時に肩を落とした。
……なんで?
「……」
「ホントにちょっとどうかと思うわ。カズマは」
「ううむ。カズマのあれはもう芸術の域だからなぁ」
「ちょっとチャドさん! 肯定しちゃダメですよ!」
「いいじゃねぇか。見てる分には面白いぜ?」
「……イネスは自分のことをどうにかしろ」
「ブラム! てめぇ!」
「はいはいはい、喧嘩酒は禁止よ!」
なんか言いたい放題だな。
……トリーシャもハリエットも、妙に生暖かい目で俺を見てくるけれど。
シアはなぁ……。
おそらく、そういうつもりじゃないぞ。きっと。
ほら。見ていたら顔を背かれた。
宴は続く。
騒がしくも、楽しそうな仲間たちを見る。
40日程度だったけれど、結構のんびり楽しめたな。
そろそろ、第2のフラグに向けて動きださないといけないと感じる。
皆には悪いけれど、10日で帰れるわけがない。
あとで、ギルドを使って仕事が長引くと伝えるつもりだ。
もちろん、帰ってくる気は満々だけどね。
フラグが2つ目で終わりだ、なんて思えないから。
今後、教団や王国とうまくパイプができたとしたら、やはり王都を拠点にするほうが動きやすいだろう。
トリーシャたちとは少しの間、距離を置くだけだ。
今まで世話になった恩もある。
前世界での魔王討伐直後みたいに、いつどんな形でこの世界から消えるか分からない。
貰った恩は、返せるときに返しておかないとなぁ。
それはさておき、明日からどうするかな。
英雄『ティナ』をどうやって探すべきか。
兎にも角にも、まずはラドルに会おう。話はそれから。
俺は朝早い出発を意識してアルコール分の低い酒を少しだけ飲みながら、しばらくお目にかかれないだろう、仲間たちとの宴を楽しんだ。
で、翌朝。
王都ロンディニムの正門が開くのを待ちながら、俺は猛烈な脱力感に襲われていた。
「……なんでここにいるのかな?」
「別にー? 私は私の用事があるだけよ」
眩しい朝日が差し込むなか、旅装束に身を包んだシアが、それはもうとっても素晴らしい笑顔で立っていた。
【第2章 終了】
『*****』解除フラグリスト
フラグ1:ティンべへ世界への召喚転生
フラグ2:???(名なしの英雄と関係あり?)
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