第15話 名なしの英雄
「消えた、ですか?」
名なしの英雄がキーマンであることは確実だと思っていた。
しかし、消えたというのは予想外だ。
「はい。あの、おそらくすでにご存知のことと思いますが、私とラドル様、マーニャさんは『彼』とともに魔王を倒しました」
やっぱりか。
国やギルドの反応から確信はしていた。
でも、他でもないコリーヌから直に聞くと、なんとも不思議な感じがする。
「激しい戦いののち、『彼』がその手で魔王ラシュギを討ち取りました。ところが、その場で『彼』は忽然と姿を消してしまったのです……」
「はい? その場で、といいますと、戦闘直後にですか?」
コリーヌは、まるでたった今目の前で「英雄」を見失ったかのように、眉根を寄せて悲痛な表情を浮かべた。
「……そうなのです。私たちは『彼』が魔王と一騎討ちをしている間、魔王の親衛隊を相手にしておりましたので、その現場は確認しておりません」
そこまで俺の状況と同じなのか。
たしかに、俺のときもコリーヌたちが親衛隊をひきつけてくれた。
「しかし『彼』の霊力が魔王の魔力を消し去ったのを最後に、『彼』の存在をまったく感知できなくなったのです」
……どういうことだろう。
俺は魔王との戦いを終えた後に、ヴァクーナによって召喚されて107回目の世界から消えた。
この世界の「名なしの英雄」もまた、魔王との戦闘直後に消息を絶った。
これは偶然か? それとも関連性があるのか?
ヴァクーナは何も言っていなかったけれど、何かを隠しているのか?
「……状況から見て、相打ちになった可能性もあります。しかし、それにしては痕跡すら残されていませんでした。あまりにも完全に姿を消したために、私たちにも疑いがかかりました。英雄を手にかけ、手柄を横取りしようとしているのではないのか、と」
「そんな! あなた達がそんなことするはずがありません!」
コリーヌも、ラドルも、マーニャもそんな卑劣なことをする人間ではない。
少なくとも、俺が知っている彼女らは絶対にそんなことはしない!
コリーヌは大きく目を見開いて俺を見つめると、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。初対面の方にそこまで無条件に信じていただけるとは思いませんでした」
あー。やっちまった感が半端ない。
でも、しょうがないじゃないか。流石に聞き逃せなかったんだ。
前世界でコリーヌやラドル、マーニャがどれほど俺を支えてくれたことか。
あれほど親身に命がけで、俺の背中を守り続けてくれた仲間は、108回の召喚転生の中でもほとんどいない。
そんな仲間が侮辱されれば、怒るに決まっている。
……いや、その。こっちのコリーヌたちは俺の仲間じゃないけどさ。
でも今のところ性格や人物が違う感じはしないんだよな。まだ噂しか知らないラドルにしても、少ししか話をしていないマーニャとコリーヌにしても。
「貴方のような方々のご尽力もあって疑いは晴れましたが、『彼』の失踪はますます謎となりました。現在も、裏では国と教団、ギルドも協力して捜索中なのです」
なるほど。
とすると「英雄」に関して、戦争後も情報が公開されないのも……。
「ですから、『救国の英雄』について公表しないのは、公式見解の通り、魔族の報復から私たちを守る意味もありますが、そもそも『彼』の消息が不明だからなのです」
……ってことだよなぁ。
うーん。ラドルたちと友人になれば、「英雄」ともすぐに会えるかもと期待していたけれど、どうやらそんな簡単な話ではなくなってしまった。
しかし、それこそ愚痴ってもしかたがない。
ヴァクーナがわざわざ夢通信でラーサ教団に手を回してお膳立てしたということは、第2のフラグと「名なしの英雄」は確実に関係しているということだ。
となれば、俺に拒否権はないし、流れ的にも探すしかないだろう。
うまくいけば第2フラグを立てるばかりではなく、ラーサ教団やブリュート王室、冒険者ギルドに太いパイプを作ることができる。
いくつフラグがあるのか分からない以上、後のことを考えて多くのツテを作っておくに越したことはない。
「カズマ様、いかがでしょう。英雄を探していただけるでしょうか」
俺も神託を受けていると言ったにもかかわらず、コリーヌはあくまでも俺の意思を尊重しようとする。
本当にコリーヌらしいな。
「もちろん謹んで承ります。ヴァクーナ神からのご依頼ですから、断る理由はございません」
「! ふふ、ありがとうございます。そのお言葉、大神官長にも必ず伝えます」
懐かしいコリーヌのはにかんだ笑顔を見てホッとした。
少しだけ心を許してくれたようだ。
たとえ俺の知っているコリーヌとは違う存在だとしても、コリーヌはコリーヌだからなぁ。
普通に友人になれるといいな。
「では、英雄について許されている範囲で構いませんから、情報をいただけますか?」
「はい。資料を用意しております。できればここで目を通していただき、お返し下さい。まだ公表できない情報ですので」
「分かりました」
控えていた神官戦士の1人がもっていた封筒を手渡してくれた。
丁寧に礼を述べて、さっそく書類をとりだす。
……って。おーい。
いきなり驚きの事実なんだけど。
「……申し訳ございません。ちょっとお尋ねしても?」
「ふふ、はい。なんでしょうか?」
その笑み。
懐かしい上に珍しい、コリーヌの可愛らしくもやんちゃな微笑み。
そういえば、数えるほどだったけれど、あったなぁ。
マーニャと一緒になって、いたずらとか仕掛けてきたことが。
「英雄の名前『ティナ』ってなっているんですけど、先程まで『彼』っておっしゃっていませんでしたか?」
「ええ。表向き男性としていたほうが、より完璧に隠蔽できると考えまして」
「ってことは……」
「はい。『名なしの英雄』は女性です」
前世界の俺と同じ役どころだから、男と思い込んでいたよ。
手元にある姿絵には、野性味と母性を兼ね備えたような美しい女戦士が描き出されていた。
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