第3章「英雄を探して」

第1話 旅は道連れ、世は情け

 2両編成の駅馬車は、精霊具を使った空調とサスペンションのおかげで、かなり快適だった。


 この世界の駅馬車は、例えるなら地球でいう電車のようなもので、ブリュート王国内の各都市を繋いでいる。

 野獣の馬は、地球の馬とは比べ物にならない体力とパワーを持っていて、4頭で10人乗り車両を3両まで引くことができた。

 クレーフェ伯領へ行く最速最短の移動手段だ。


 席に座って窓の外を眺めながら、俺は今後のことを考えている。


 まずはできる限り早くラドルに会って、どんな小さなことでもいいから、英雄『ティナ』に関する情報を聞き出すつもりだ。


 コリーヌは法術士として、ティナの霊力の喪失を感じたらしいけれど、もっとも優れた洞察力と判断力をもつラドルなら、また別の視点で何らかの痕跡を見つけているかもしれない。


 彼は、英雄暗殺の嫌疑をかけられたときに、黙秘権を貫いたという。

 それ自体に、違和感があるんだ。


 俺が知っているラドルなら正々堂々と無実を主張しつつ、別のルートで擁護者をつくり、後に尾を引かないように完璧に嫌疑を晴らすと思う。

 そのくらいのことができる思慮と手腕、人脈を持っている。


 伊達に歳を食ってはいない。老獪な正義の狸親父。それがラドルだ。


 ……前世界でついついこの表現を口にしてしまったら、思いっきり爆笑されて、その後自分から二つ名のように語っていた。

 豪快で器のでかい、それこそ英雄気質な爺さんなんだよな。

 

 そのラドルが、沈黙を貫いた。

 何か知っていて、話したくないのか。

 でも、それもおかしい。

 ラドルなら腹の底を見せずに証言するなど、朝飯前だろうに。


 何があった? 何を見た? 何を隠している?


 ……と、頭の片隅でシリアスに悩みつつも、隣に平然と座っている存在が気になってしかたがない。


 黒と紺を基調としたつば広帽から溢れ出る、赤みのかかったブロンド。

 彫り深く整った横顔は、まさに「美しい」の一言。


 ……俺は中身を知ってるからな。法術大好きっ子め。


「なぁ」

「なに?」


 すました表情で、視線を向けるシア。


「何度も言って悪いけれど、今回の依頼は一応、俺1人で受けることになってるんだけど」

「そうね。私も何度も言い返して悪いのだけど、個人的な用事があるだけよ。ちゃんとトリーシャたちにも話を通してあるわ。カズとはたまたま方向が同じみたいだけど、ね」

「嘘つきめ」

「人聞きの悪い。なにを根拠にそんなことを言うのかしら」

「……まぁ、言いたくないなら聞きはしないけどさ」

「……そう」


 シアは神妙に目を伏せた。


 なんかなぁ。

 やっぱり様子が変なんだよな。


 トリーシャたちは、シアが俺のことを異性として気にかけていると思っているみたいだけど、どうも違う気がする。

 もちろん一緒にいてシアも楽しそうだから、嫌われてはいないだろう。

 だけど、なんかこう、危機察知に近い感じで、アンテナに引っかかるんだよ。


 現状ではなんとも言えないし、特になにか不利益があるわけでもないから、今はそっとしておこうと思う。

 コリーヌも英雄についてさえ話さなければ、他のことに関してはあまり縛るつもりはないと言っていたから、一緒に行動しても構わないだろう。


 英雄に関する時だけ側にいなければ。


 実際問題、なにがきっかけになるか分からない英雄探索で、そんなピンポイントに別行動なんてできるはずもないから、結局どこかで別れるしかない。

 せいぜいクレーフェ伯領までだな。


 ……それまでに、話してくれるといいのだけど。


「なあ、シア」

「なに? 何度言っても同じよ」


 俺は少しだけ、らしくないな、と自嘲しつつも、言っておくべきことを告げた。


「あのさ。本当に助けが欲しい時は言ってくれよ?」

「あ……」

「シアだってそう言ってくれただろ? まだまだ短い付き合いだけどさ。俺も一応仲間だからな」


 シアは、目を大きく見開いたあと、何やら顔を真っ赤にしてうつむき、最後に小さく頷いた。


 まぁ、すぐさま顔を上げて、いたずらっ子のような満面笑顔で言い返してくるから、殊勝なシアなんて夢幻の如くなり、だ。


「カズ、カッコつけすぎよ?」

「なんだよ。先にそういうことを言ったのはシアだろ?」

「うーん。正確には……」

「そうだった。もともとは我らが熱血チャドのセリフでした」

「ふふふ、そういうことを言うのね! あとでチャドに教えちゃおうかしら」

「無駄だぞー。褒め言葉だと思ってるからなー」

「……え、本人に言ったの?」

「豪快に笑って、『俺のポリシーだ』って、おっしゃいましたよ?」

「本当にぶれないわね」

「確かに。そこがチャドのいいところだよな」

「まぁね」


 チャド、ごめん。でも、さすがチャドの兄貴だ。いや、オトンだ!

 変に沈みそうだった空気が、あっという間に入れ替わったよ。


 チャドの苦笑を思い描き、どちらからともなく笑いだす。

 俺とシアは、とりあえず一緒に旅をすることにした。


 旅は道連れ世は情け、だよな。


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